第60話

 ふわー……。目覚めた。


 日曜日だった。


 昨晩は、花凛の家に泊まった。朝起きて、ダイニングキッチンまでくる。トントン……と、花凛が使う包丁の音が聞こえてきた。


「あ、なおくんおはよー」


「おはよう」


 花凛は、超ミニのワンピースだ。なかなか似合っててかわいい。すらりと伸びた白い足。スカートが短すぎて、ちょっと動くとパンツが見えそうだ。が、俺しかいないので問題はない。


 うん。とてもよい。


 ダイニングテーブルに座って、朝食をつくる花凛の姿を眺めながら、しばらくすると、


あに、おはよう……」

 寝ぼけまなこの目をこすって、三女、小学2年生の鈴凛すずりが、やってきた。


「どうした? 日曜なのに、起きるの早いな」


「ブリギュア見るの」


「ああ、ブリギュアか……」


 鈴凛すずりが、俺の膝の上にのる。座るのそこか……。まあいいけど。


 鈴凛すずりが小さな手をのばして、テーブルの上のリモコンをとる。テレビをつけた。



あにィ、はじまったぁ……」


「おう……」


《……トーンコネ◯ト! ひろがるチ◯ンジ!……》


 見てると、俺まで画面にひきこまれてしまう。


「ブリギュアがんばえー!」

「がんばえー!」

 鈴凛すずりの声に、俺の声が重なる。


「まけるなぁー!」

「まけるなぁー!」


「もう、なおくんまで、一緒になって……」

 花凛が、こっちを向いてクスクス笑ってる。


 ブリギュアが終わった。


あにぃー。ゲームやっていい?」

 鈴凛すずりが、俺の携帯ゲーム機を見ながら言う。


「いいぞ」

「わーい」


 鈴凛すずりは、『あつまれ魔物の森』の新作の続きをやりはじめた。小学校低学年で、ゲームがどこまで理解できるか気になったが、全部の漢字にフリガナがふられてるし、わからないとこだけ説明してやれば普通にゲームを楽しめるようだ。



 花凛が、テレビのチャンネルを変えた。ニュース番組になった。


「現在、『単純労働ダンジョン探索者』というのが問題になっているようですね」

「なんですか、それは?」

 論説委員の言葉に、ニュースキャスターがたずねた。


「派遣労働のダンジョン版といえばいいでしょうか」


「へー、そんなのがあるんですね」


「ダンジョン探索は、非常に利益があがる一方、とても危険です」


「毎日、多くの人がダンジョンの中で行方不明になってますね」


「だから、特別な【加護】や能力、経験をもった専門のダンジョン・ハンターが探索するのが通例です。ところが、優秀なダンジョン・ハンターは少ない」


「ダンジョン探索業界も、人手不足というわけですか」


「考えられたのが、特別な能力を持たない一般人を雇って、ダンジョン探索をさせるというやり方です」


「一般人にやらせるのは、危険ではないですか?」


「もちろん、きわめて危険です。一般人を多く集めて、数の力で強力な魔物を倒そうという命がけの仕事です。政府は、大手企業がダンジョン探索をしてもらう人を雇うために、1人1日あたり4万円の助成金を出しています」


「危険とはいっても、1日で4万円稼げるんですか?」


「いえ。実際は、雇用主や中間業者にピンハネされます。現実の『単純労働ダンジョン探索者』の収入は、コンビニなどで働いてるアルバイトと、大して変わりません」


「そんな仕事、誰もやりたがらないんじゃないですか?」


「そこにでてくるのが、反社会的勢力です。もっと、わかりやすく言えば、ヤクザ、暴力団と呼ばれてる人たちなんですね。彼らが、さまざまな手段をつかって労働者を集めてくるんですよ。こういうヤクザの仕事は、口入れ屋くちいれやと呼ばれ、20世紀の炭鉱夫だけでなく、江戸時代からありました」


「暴力団が、ダンジョン探索の指揮をしているんですか?」


 そのとき、たまたま呼ばれていたゲストコメンテーターが口をはさんだ。

「いえ、暴力団をつかって、かわいそうな労働者を集めているのは、誰もが名前を知る大手大企業です」

 

「…………」


「B市のダンジョンでも、指定暴力団菊地組を使って、非常に悪どいことをやっている企業があります」


「ちょっ、ちょっと、その名前を出すのはまずいですよ!」

 司会担当のニュースキャスターが顔をこわばらせて、ゲストコメンテーターの発言をとめようとする。


 しかし、ゲストコメンテーターは、止まらなかった。義憤にかられて興奮したように、両手でどんと机を叩いた。

「悪どいことをしてるのは、大宮司商事です! それも悪の元締めは、あの白髪しらがの男、西ノ宮総一朗です!」


「おい、そいつを黙らせろ!」

 テレビ・スタッフの怒鳴り声が、テレビから聞こえた。

 テレビ局のスタジオが、にわかに怒声と騒がしい物音につつまれる。



 すぐに、テレビの画面がきりかわった。


『おそれいりますが

 しばらくそのまま

 お待ちください』

 

 動かない画面になった。


 テレビが静かになる。




 ややあって、テレビ画面にアナウンサーの顔が映しだされた。ゲストコメンテーターが座ってた椅子には、テレビ局のゆるキャラの人形が置かれていた。


「大変、お見苦しい場面がありましたことをおび申し上げます」


 しばらくして、画面は提供クレジットに変わった。

「この番組は、人の未来とダンジョンのパイオニア、『大宮司商事』の提供でお送りしました」

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