第57話 主人公が圧倒する
【三人称、袴田の視点】
ダンジョンから戻ってきた袴田が、受験生たちの前に立った。
「受験者の1人が死亡した」
地上に残っていたものたちの間で、ざわめきがおきる。
「そんなに魔物って強いんですか?」
受験生の1人がたずねた。
「その受験生は崖から落ちた」
話を聞いて、受験生たちがひそひそ声で言った。
『ひょっとして、自分から飛び降りた? 自殺願望があったのか?』
『あいつ鉄の剣とジャージだったからな』
『さすがに、それだけで自殺しないだろ』
「われわれは、受験生が落ちた場所まで行って、現場を確認した。あったのは、これだ」
袴田が手にもっていたのは受験票だった。受験票には、神崎直也という名前。そして替え玉受験防止のための直也の写真が貼られていた。
「死体は確認したんですか?」
「ダンジョンの中では、人の死体は魔物に食われたりして、すぐに無くなることが、ほとんどだ。落下した地面は、とても高いところからで、常識的に考えて生き残れたとは思えない」
『…………』
受験生たちは、沈黙した。
「君たちも知っていると思うが、B市のように、周囲の町がほとんどが廃墟となるようなスタンピードをおこしたダンジョンも存在する。そのような大災害を防ぐことができる人材の育成が急務だ。ダンジョンハンターに死亡事故はつきものだ。君たちが目指しているのは、そういう人材だ。もしも、死者がでたとしても、続けられるようなら試験を続けるようにと、我々には上からの指示がでている」
袴田は、かたい表情で言った。
「もちろん、君たちの身の安全はわれわれが保証する。繰り返すが、死んだ受験生は、魔物に殺されたんじゃない。崖から落ちたんだ」
選抜試験が続けられた。
☆☆☆
【一人称、主人公の視点】
よーし、地下第10階層ボス、攻略終わり。
まだ、さらに下の階層があるが、これで地下一階から地下十階までなら、好きな階に移動できるエレベーターの使用が可能になる。
休憩がてら、選抜試験がどんなふうになってるのか、ちょっと確認してみるかな。
地下第4階層でエレベーターを降りた。地上への出口に向かって、ダンジョンの通路を登っていく。
地下第3階層の半ばまでもどると、地上で見た8人のダンジョンハンターのパーティがいた。物陰に隠れて見ていると、狩りをするというよりは、魔物を排除している感じだ。まだ余裕があるのに、すぐに先にいこうとはしない。まるで後続を待つように時間をかけてから、8人が奥の通路へ消える。
少しすると新たに人影があらわれた。西ノ宮千代だ。思ったとおりだ。
西ノ宮千代の不正行為は単純だ。
8人のダンジョンハンターに先行させて、魔物を狩らせる。それから、魔物が再び湧くまでには少しの時間がかかる。だから、後続の西ノ宮千代が、簡単にダンジョンの奥まで進めるというわけだ。
このままいけば、不正行為をしている西ノ宮千代が、選抜試験を一位で合格してしまうだろう。
まあ、俺は記念受験なんだけどさ。でも、なんだか納得いかないよな。
よーし。
先行してる8人を邪魔してやろう。俺は有料DLCのネタ装備、『吸血鬼の黒い衣装』を購入した。防御力は紙装甲も同然だが、あんな8人を撃退するのなら十分だ。黒い仮面もつける。
ただし、あの8人は、西ノ宮千代の魔法【魅了】で操られてる可能性がある。命まで奪うのは気が引ける。今回は、追い返す程度にとどめよう……。
全身黒ずくめとなった俺は、別ルートから回り込んで先行し、8人パーティの前にでた。
8人に立ちふさがるように、対峙する。
☆☆☆
【三人称、西ノ宮千代の配下、8人パーティリーダーの視点】
8人パーティのリーダーは、
立浦の任務は、
地下第3階層の半ばまで来ようとしていた。立浦が率いるのは、日本でも選りすぐりの猛者を集めた8人パーティだ。8人全員がA級ダンジョンハンターだ。まだまだ、この階層くらいは余裕だった。
と……、
前方に黒ずくめの男が現れた。仮面をしていて、その顔を見ることはできない。
「なんだ?」
「あんな奴、魔物データになかったぞ」
「格好からして吸血鬼か?」
「そもそも魔物なのか? それとも人間?」
パーティメンバーが口々に、声をあげる。
パーティメンバーが、立浦の顔を見る。パーティの進退は、リーダーの立浦の決断にまかされていた。
「まだ、地下第3階層だぞ。こんなところで俺達が撤退するなんて、千代様は望んでいない」
立浦は言って、パーティメンバーに黒づくめの男への攻撃を命じた。
8人で、一斉におそいかかった。
が、全ての攻撃を弾かれる。
なんだ、この謎の黒服は?!
「ひるむな、戦え!」
立浦が叫ぶ。
猛者だったはずの、パーティメンバー8人がかりで攻撃しまくっても、全くかなわない。すべての攻撃が撃退される。
ありえないほどの力量差だ。
黒服の男は、おそらく人間ではない。これほどまで、異次元の強さを持つ人間など、存在するはずがないからだ。
超大物の魔物だ。いまだ、確認されてない、非常な高レベルの強さをもつ魔物に違いない。。
C市のダンジョンは、民間の最先端攻略組でさえ、それほど探索が進んでいない。地下第3階層でさえ、低確率で、まだ確認されていない
立浦は、配下に戦うことを命令して、自分が後ろで控えてるタイプではない。自分からまっさきに黒服に突撃していく。
渾身の一撃をパリィされて、立浦がたたらをふむ。バランスを崩したところに、反撃が……、こない。
なぜだ?
まさか、生かされている……?
圧倒的な力量差。黒服の男にとって、8人を殺すのは、あまりにもたやすい。
黒服の意図は、なんとなくわかった。
立浦たちが、後退すると攻撃してこない。しかし、立ち止まると、どこかしらを攻撃される。
しかし、その攻撃は致命的なものではない。
それどころか、血を流すものでさえなかった。
命まではとらないから、後退しろと言っているのだ。
立ち止まったパーティーメンバーの1人は、アゴを殴られてふらふらになり、他の1人は蹴り飛ばされ、立浦自身は剣の柄で人体の急所である、みぞおちを撃たれた。
立浦たちは黒服を殺すつもりなのに、黒服は傷つけずに撃退しようとしている。そんなことは、ものすごい力量の差があってこそ可能だ。目の前の黒服の男は、民間では名のしれた8人のダンジョンハンターの猛者を、血のでるような傷をつけず、たやすく撃退している。
立浦自身も必死になって戦う。しかし、ダンジョン・ハンターとしては、非常に優秀だったはずの立浦でさえ、これまで努力で積み上げてきたものが、まったく通用しない。
どうしようもないほどの圧倒的な敗北感。
黒服の男に攻撃されて、パーティメンバーに痛みはあるが、血が流れることは一切ない。完全に見切られ、見下され、手加減されているのだ。
そこにあるのは、強者の哀れみ。対等には程遠い。それは、強者が弱者にのみ抱く感情。
「なんだ? その、人間を超えた強さは?!」
遊ばれている。手も足もでない。8人全員の命は、完全にこの男の手の内に握られていた。黒服の男がほんの少し気まぐれをおこせば、8人の命はたちまちに奪われる。一切の希望を断ち切られた絶望感。
勝てる見こみは、全くない。たとえ、どんな偶然が重なっても、一切ない。
立浦は、なまじ優秀であるだけに、相手との力量差を感じ取ることができる。超えられない圧倒的な差を、いやというほどに思い知らされる。
強者の前に、自分が虫けら以下の存在であるという、まぎれもない事実を叩きつけられる。
ノーチャンス。決して超えることができない、あまりにも巨大すぎる壁がそこにあった。
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