第56話

 俺の試験がはじまった。


 さあ……、適当にやって撤退するか。



『あいつ、鉄の剣持ってるぞ』

 護衛の中の数人が、ひそひそと、俺の悪口を言っている。おまえらもかよ。こいつら、ただの臨時の試験官で、普段はダンジョン・ハンターしてるんだっけ?


『なんで、ジャージなの? なんで、防具一切ないの?』

『この試験って、ダンジョン探索のエリート高校生を、全国から選び出すものなんでしょ?』

『ハンターの昇格試験でも、たまにこういう奴いるよな。なんで、この試験受けに来たの、って思えるようなクソ雑魚が』


 だから、聞こえてるんだって。


 なんか、むかついてきたな。


 こいつらの護衛なんかいらないし、どうしよう……。



 俺が考えてると、袴田が言った。


「そこから先を左にいくと、断崖絶壁になってるから注意するように」


 試験官が地形をわざわざ教えてくれるのか。俺には、このダンジョンの全地形マップが、頭の中にはいってるけどね。


 まあ、試験中に受験生が断崖絶壁から落ちて命を落としたら、護衛の試験官としては面目丸つぶれだってわけだ。


 ってことは……



 突然、俺は高速で走り出した。


「おい、君、そっちは危ないって言っただろ!」

 静止する袴田の言葉も聞かず、俺は断崖絶壁へと突進する。


「断崖絶壁から大ジャーンプ! ヒャッホーッ!!」


 だいたい、下まで30mくらいの高さはあるかな?


 俺の身体が、下の地面に向かって、急落下していく。


 落ちていくにつれ、ダンジョンの両壁の壁がせまって、狭くなっていく。俺は、両壁をつぎつぎに何度も蹴って、ジグザグに落ちていった。壁を蹴ることで、落下速度を遅くし、着地のダメージを最小限におさえるためだ。


 そして、地面に着地。


 ものすごい衝撃が、両足から身体、そして頭へとのぼっていく。


「うおーっ……ててて……」

 俺でさえ、多少はダメージが入る。HPが少し減った。でも、これくらいなら、ほっときゃパッシブスキルの自動回復で治るだろ。


 もちろん、こんなことは、超絶プレイヤースキルのある俺だからできることだ。並のダンジョンハンターなら、あの断崖絶壁から飛び降りたら、即死はまぬがれない。



「おーい、生きてるか?」

「おーい!」

「生きてたら、答えてーっ!」

 崖の上から、護衛の臨時試験官たちが俺を呼ぶ声が、聞こえてくる。


 もちろん、俺は呼びかけには答えない。

 これで、俺の記念受験は終了。当然、合格はしない。計画通りだ。



 それよりも、俺は、このダンジョンに心を奪われていた。


 ゲーム内ならともかく、リアル世界で中級ダンジョンにくるのは初めてだ。もちろん、ゲームではさんざん攻略したので、すべてのトラップ、宝箱の位置は頭に入っている。



 いつもの装備をアイテムボックスから取り出して装備する。

 

 うーん……。次の上級者用DLCを装備できるまでには、まだまだレベリングに時間がかかる。

 この中級者用の装備も、さまざまな効果を付与エンチャントをして強化したいところだ。でもそれをするには、専属の錬金術師がいる。


 俺の秘密を守ってくれて信頼できる錬金術師が必要だ。どうするかなあ……



 考えながら、俺は、さらにダンジョンの深い階層で狩りをするために走りだした。


 久しぶりの中級ダンジョンだ。


 しばらくすると、ワクワクしてきた。狩りとレベリングを楽しみましょうかね。



「ンギャアアアアアッ!!」

 俺のレベルの高さを感知した魔物たちが叫びながら群れをなして、奥へと逃げていく。


「イヤホーッ!!」

 逃げる魔物を、叫びながら追いかける俺。


  ☆☆☆


【三人称、試験官袴田視点】


「受験生が、断崖絶壁から落ちたぞ!」

「なんてこった」

「まさか、死人がでるなんて」

 受験生を護衛するはずの、ほとんどの臨時試験官たちの顔が青ざめていた。


 12人の臨時試験官の中で、1人だけ、受験生が死んだという主張に猛反対する少女がいた。


「彼は死んでないよおーっ!」

 強い声をだしたのは、いかにもオタクといった小柄な瓶底びんぞこメガネの少女だった。それまで、ずっと、おどおどした感じで、空気のように陰が薄かったので存在を忘れていた。


 たしか、職は錬金術師だったか? 袴田がメガネ少女の職を思いだす。試験のために臨時に集められたパーティなので、パーティ仲間には、それほど詳しくなかった。たしか、中西莉子りこという名前だったはずだ。


「彼は、アニメ『SOS』にでてくる、主人公のギリット君くらいに、超強いんだよ! そんな人が、簡単に死ぬわけないでしょーっ!」

 莉子りこが、顔を真っ赤にしながら強く主張する。


 それまで、陰キャと思われていた小柄のメガネ少女が、突然、大声で熱弁ねつべんしだしたので、周囲のみんなは引き気味だ。

「彼はギリット君のように、すごく強くて、すごくやさしくて、すごくカッコイイんだからーっ!」

 しかも、アニメキャラらしき人物の解説まではじめてる。完全に痛い子である。どう対応すればいいのかわからず、パーティメンバーは固まっていた。



 12人の臨時パーティをまとめるために、袴田が叫ぶ莉子りこを制して、前に出た。

「たしかに、まだ死んだとは限らない。とにかく救出に向かうぞ」

 袴田が指示を出した。12人のパーティの先頭に立ち、断崖絶壁の下に到達する通路となっている坂を、おりはじめた。

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