第52話

 俺はふたたび走り出す。


 しばらく走ると、廃墟になったビル群の向こうから、ひときわ巨大な魔物が見えてきた。


 ライオンの頭とヤギの胴体、蛇の尻尾を持つキマイラだ。かなりの強敵だ。


 さっきの金髪ツインテール少女が、キマイラと戦っていた。


 あきらかに苦戦している。


 金髪ツインテールがかなり強いといっても、キマイラはさすがに相手がわるい。



「あんた……、こんなところまで、どうやってきたのよっ?」

 金髪ツインテールが戦いながら、視界のはしで俺の姿をみとめた。


 俺の走る速度を知らないと、さすがにそう思うだろうな。


「走ってきたんだよ」


「嘘言うんじゃないわよ!」


 嘘はついてないつもりなんだが……



 金髪ツインテールは、かなりの劣勢だ。


「おい、押されてるぞ……」


「うっさいわねーっ!」

 少女が眉毛を逆立てて、叫ぶ。


 金髪ツインテールは、市場価格で数百万もする回復ポーションを、何十本とがぶ飲みしていた。


 金持ちで、アイテムボックス水晶持ちだからこそやれる戦い方だろう。とはいえ、もってるポーションは無限ではないはずだ。いつか尽きる……。


「おまえ、このままいけば、確実に死ぬぞ」


「あんた本当に馬鹿ね! ペラペラジャージ! あんたこそ、はやく逃げなさいよ! あたしが魔物をふせいでるうちに。早くしないと、間にあわなくなるわよっ!」


 どうやら、自らを犠牲にしてでも、俺を助けようとしてくれてるらしい。


 キマイラの突進攻撃。前足のひづめ攻撃が、金髪ツインテールをおそった。


「きゃあーっ!」

 悲鳴をあげた金髪ツインテールの身体が、はね飛んだ。数メートルほど、ふっとばされて地面に落ちる。


「くっ……」

 金髪ツインテールが地面に仰向けに倒れる。立ち上がらない。

 回復ポーションも尽きて、動けなくなったようだ。


 俺が近づく。


「なんで、逃げなかったのよ……。逃げれば、あんただけでも助かったのに……」

 地面に仰向けに倒れ込んだままの金髪ツインテールが、かすれた声で言った。


「おまえは、よく戦ったよ……。偉いぞ」


「勝手に人の頭なでんなっ! セクハラ!」

 少女は怒こるように言ったが、なぜか頬が赤らんだ。



 さて、俺の装備は、あんまり他人には見せたくないんだが……

 自分の命を犠牲にしても、俺を助けようとしてくれた少女を、ここで見殺しにするのは、後味がわるい。


 しかたない。


「あのー。今から、することは見なかったことにしてくれる?」

「なにわけのわからないこと行ってるのよ」

「一応、秘密なんで……」


 俺が、『イレブンナイン・ミスリル・シリーズ』の武器と防具を身にまとう。


「なっ……」

 少女が絶句した。


 ともかく、できるだけ俺の実力はごまかす方向でいこう。


 適当にキマイラと戦って、タイミングをみはからって、金髪ツインテールをかついで逃げることにしよう。


 キマイラはHPを減らして、第二段階になると、ジャンプ攻撃が増えて複雑な地形にひっかかりやすくなる。そうすれば、逃げるチャンスがあるはずだ。



 キマイラと戦うのは、久しぶりだった。


 キマイラは強い。


 中盤ちゅうばんにでてくるボス級キャラとしては、一番プレイヤーを挫折させた魔物だったはずだ。中・上級プレイヤーでも、ここでゲームを投げ出した人は多い。



 俺にタゲが向いたキマイラが、突進してきた。


 そういや、こいつはタゲとった最初は、突進と決まってたな。


 右に回避。


 キマイラの前足のひづめが、さっきまで俺がいたところを踏みつける。


 ここですきができるので、三連撃の攻撃。


 続けて、キマイラのジャンプ攻撃がきた。このモーションはすきが少ないので、回避したあとに一回しか攻撃が入らない。


 キマイラって、こんなモーションだったなあ……


 戦っているうちに、だんだん、以前、ゲームでキマイラを攻略したときのことを思いだしていく。ゲームでは、一年以上も前に攻略した魔物なので、記憶があいまいなところもある。でも、なんか身体が覚えてる。


 バックステップ、バックステップ、1拍おいてから左に回避。そしたら、隙ができるので三連撃の反撃……。


 ほい、ほい、ほーい、……っと。


 しばらく戦うと、キマイラのHPが半分ほどになった。キマイラは、ここからの動きが、特に鬼畜だ。


 HPが半分になった後、攻撃モーションが変化するのだ。それまで7パターンだった攻撃が、13パターンに増える。パターンを複合させて攻撃してくるので、実際の攻撃はさらに多彩になる。適正レベルまでキャラを育てた上級プレイヤーでも、かなり苦戦したといわれる敵だ。


 だが、俺には超絶なプレイヤースキルがある。


 視覚で得られるモーションを見るだけでなく、攻撃の音を意識してタイミングを合わせるのが非常に重要だ。


 キマイラのライオンの頭の噛みつき、ヤギ身体の前足の踏み降ろし、ヘビの尻尾の攻撃。大技の三連撃がくる。


 こいつは攻撃範囲がとても広い。


 ステップバックで避けるにしても、ポジション取りをうまくやって、壁際に追い詰められないように注意が必要だ。


 たん、たんっ、たーん……と、タイミングを合わせて回避。そして、すかさず反撃。


 キマイラが咆哮ほうこうしてからの、ため攻撃がくる。


 ステップバックしてからの、突っこんで攻撃。


 キマイラの多彩な攻撃パターンも、超絶プレイヤースキルを持つ俺には通用しない。


 キマイラが、大きく前足を振りあげてからの、振りおろし。


 サイドステップで左に避ける。




 5分とたたず、キマイラが断末魔の声をあげて倒れた。



 ほら、ノーダメでクリア。


 俺SUGEEE! ドヤ顔してもいい?


『うわっ…私のプレイヤースキル、高すぎ…?』

 有名ネット広告のように、思わず両手を口に当てて、叫びたくなる。


「うははは……」

 自分のプレイヤースキルに満足し、意図せず口から高笑いが漏れた。



 ……ふと、視線を感じた。


 金髪ツインテールが、唇をかみしめながら、くやしそうに俺をにらみつけていた。


「あんた、何者なのーっ?! なんなの? その規格外の強さ。強すぎでしょー!」


 しまったぁー!


 適当にキマイラを攻撃して、どさくさにまぎれて、金髪ツインテールをかついで逃げだすつもりだった。が、バトルが楽しすぎた。思わずプレイにのめりこんで、キマイラを倒してしまっていた……。

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