第45話

 菊地と人質たちは、ずっと、ダンジョン内の大部屋にとどまっていた。


 ふと、山田が、狂気じみた声でわめいた。

「今、ここにいる菊地くんの兵隊は約100人。200人を倒した神崎が、もしも、ここに現れたら、俺達みんな、狩られちまうよー。ううう……」


 菊地が、びくっと背中を震わせた。


 山田は、あきらかに錯乱していた。が、言ってることは真実に思われた。


 菊地をはじめ、菊地の兵隊たちが、自分の置かれた状況を確認して、背筋を寒くする。


 菊地の前に、実行部隊の3番隊隊長が進み出た。

「菊地くん、とりあえず、戦いは倉井さんにまかせて、俺たちは、地上にでたほうがいいんじゃないか? 地上では、さすがに神崎も襲ってこないだろ」


「そ、そうだな……」

 菊地は、言葉たらずに答えた。


「あはははは……」

 シンナー中毒の山田は、さっきからずっと、狂人のように、突然、笑ったり泣いたりしてる。「はたして、逃げられるかな? 神崎が襲ってくるよう。怖いよう……。お母さん、神崎が殺しにくるよぅ……。うわあああんっ」


 神崎という言葉を聞いて、菊地がふたたび、ビクッとなる。すでに、名前を聞くだけで、反射的に、恐怖を感じるようになっていた。


 しかし、そのことを認めたくない菊地は、いつも以上につよがる。

「だっ、だまりやがれ! 神崎のヤロウは倉井さんが始末してくれるんだ。あの人の強さは、尋常じゃねえ!」

 再び、菊地が山田の尻を蹴りつけた。


 山田が、ぶざまに地面に倒れこむ。


「とにかく、菊地くん、急ごう」

 3番隊隊長が言う。


「おお……」


「あとは、こいつら人質をどうするかだ」

 3番隊隊長が、人質に聞こえないように声をひそめた。


「たしかに、こいつらも地上に一緒にでたら、目撃者として警察にタレこむからな。俺が人を殺してるところも見てる」

 菊地は、少し考えてから、ささやいた。「やっぱり、全員始末するしかないな。ここでやるか?」


「この場所は、神崎も確認してる。いつ神崎が現れるかわからない」


「たしかに。別の場所に移動して、人質全員を始末するとしよう」


 菊地と、三番隊隊長が、目配めくばせでうなずきあった。


「ほら、おまえら、移動だ!」

 菊地が兵隊に命じて、人質とともに移動をはじめた。


 湧いてくる魔物を菊地の部隊が倒しながら、ダンジョンを進んでいく。


「はやくいけ!」

 菊地の兵隊たちが、人質たちをうながしながら先へすすむ。


 しばらく進むと、細い道にはいった。その通路の真ん中に、ぽつんとポーチ大の箱が落ちていた。


「これはっ! 実行部隊2番隊に所属していたはずの、二宮にわたした献上箱……」

 山田が、狂気じみた声をあげる。「なにか、入ってる!」


「あ……、あけてみろ」

 菊地が、緊張した声で命じた。


「水晶?」

 中に入っていたのは、青白く輝く小さな、八面体の水晶だった。


「それは、そこそこレアドロップな使い捨ての水晶だったはず」

 3番隊隊長が言った。


 水晶は、使い捨て型のアイテムボックスだった。使用できるのは一回限りだが、大型スーツケース2つ分程度の容量があり、さまざまな物を入れることができる。


「中になにか入っているようだ」


「中のものを出してみろ!」


 菊地に言われるままに、3番隊隊長が、『使い捨てアイテムボックス水晶』を地面に投げつける。


 水晶が、地面にぶつかって、煙をたてて消えた。


 そして、中に入っていたものが、地面に横たわる。


「「「ぎゃあああああっ!」」」

 菊地をはじめ、菊地グループの全員が、恐怖の叫びをあげて震え上がった。


 『使い捨てアイテムボックス水晶』の中からでてきたのは、ヒットマン倉井の死体だった。

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