第44話
「俺たちは、まだ負けちゃいねえ。俺たちには倉井さんがいる」
菊地が言った。
横手から、のっそりと一人の男が前に歩みでた。
倉井龍一、20歳。本職のヤクザのヒットマンである。加護は、『
「菊地さんとこのぼっちゃん。俺は高くつくぜ」
「わかってますよ。ところで、貸してる刀の使い心地はどうですか?」
「これか? この日本刀はすばらしい。ダンジョンでの狩りがサクサク進む。こんなのは今まで見たことがない」
倉井が持っていたのは、もともと
「神崎の
「おう……。それは悪くない話だ」
倉井は、
道場主だった父親は狂気じみたところがあり、過度なまでの修行を息子にほどこした。
あまりもの厳しい修行に耐えきれず、倉井が家をとびだしたのが15歳のときだ。生きるすべを探しているうちに、倉井はヤクザにまで身をおとしていた。敵対組事務所へのカチコミなど、これまで殺した人間は数しれず。警察に指名手配されており、捕まれば死刑は確実だった。
菊地の家に
そのため、倉井は警察の力がおよばないダンジョン内で、暮らすようになっていた。
☆☆☆
……倉井の足音がつづく。
神崎の姿をもとめて、ダンジョンをすすんでいく。
魔物が襲ってくるが、この階層の魔物は倉井の敵ではなかった。簡単に処分して、先へと歩みをすすめた。
倉井が、ダンジョン内の一室に入ったときだった。
「おっ……」
部屋の中央に、見慣れない高レベルそうな装備をした高校生が立っていた。
「おまえが、神崎ってやつだな」
「あんたは、菊地んとこの用心棒ってやつか」
直也が答えた。
「まあ、そんなところだ。おまえに
倉井が、装備していた日本刀を鞘から抜きはなった。
直也も背中に背負った剣を抜きはなつ。
倉井は唇をゆがめ、直也を
「おまえ、菊地さんとこのぼっちゃんの子分を、すこしばかり狩ったようだな。だが、素人を
言った瞬間、倉井が踏みこんだ。
日本刀が、鋭い音をたてて振られた。
しかし……、
倉井の刀は、空を切っていた。
「消えただとっ!」
驚いた倉井が、直也の姿を求めて、キョロキョロと周囲をさぐる。
倉井の背後に、直也が立っていた。
「なっ」
驚いた倉井が、さっと退く。そして、刀を一閃する。
しかし、刀は、またもや、なにもない空間を、通過しただけだった。
直也は、少し退いただけだ。刀が届かない、間合いぎりぎりのところで平然と立っている。
一息はいてから、倉井が言った。
「なかなか速いじゃないか……」
「今のが速く見えるようじゃ、おまえも大した事ないな」
「なんだと?!」
倉井の眉間がぴくぴくと震えた。「……たしかに、高校生のガキにすぎないと思って、少しばかり見くびっていたようだ」
倉井が刀を構えなおした。
「スキル【超加速】!」
倉井が言った。
「ほう……。スキルが使えるのか」
超加速は、段階的にどんどん動作が速くなっていくスキルだ。20秒ほどで、最大速度に到達する。
倉井が踏みだし、剣を振り続ける。
「おまえの動きは、遅い! 遅いぞ! こっちはどんどん速くなっていくんだ!」
倉井の身体が
倉井の攻撃がつづく。
「スキル【巻き上げ】!」
倉井が叫んだ。
相手の剣を、自らの剣で巻き上げるようにして跳ね上げ、相手のバランスをくずす技だ。通常なら、バランスが崩れた瞬間、攻撃を入れる
(決まった!)
倉井は確信し、口元がゆるんだ。
しかし……、
倉井の口元はすぐに硬直した。直也の身体のバランスが崩れていない。
「俺のスキルが、
倉井とて、ダンジョンの中でずっと遊んでいたわけではない。ソロではあったが、一日のほとんどを、狩りについやし、レベルアップに努めていたのだ。
「ちぃ……」
倉井が舌打ちした。「このワザは、あんまり見せたくなかったが……」
倉井が刀を、
「スキル【奥義 極流乱撃】!」
倉井の決め技だった。直也を襲う。
直也は、ただ、無造作に持っていた剣をだして、倉井が持つ『妖刀ムラマサ』を真っ向から受け止めた。
パリーン!
剣が折れる音がした。
「バカな……、『妖刀ムラマサ』が折れただと?! ありえない……」
驚きに、倉井が身体を震わせる。「おまえが持ってる、その装備はいったいなんなんだぁーっ?!」
「この剣は、イレブンナイン・ミスリルソード……。パリィのような受け流しならともかく、真っ向から撃ち合えば、まあ……、『妖刀ムラマサ』でも折れるだろうな」
「くそがっ!」
倉井が感じていたのは、圧倒的な敗北感。絶対的な強者を前にして、どうしようもない絶望的な気持ちに打ち震える。
しかし、倉井に逃げる道はなかった。菊地にも捨てられれば、もはや、倉井の居場所はない。
悪党の世間は、思った以上に狭い。
倉井をねらっているのは、警察だけではない。倉井は敵対ヤクザの組員も、多くを殺していた。そのような数多くのヤクザの組からも、命を狙われているような状況だったのだ。
倉井が『妖刀ムラマサ』の折れた柄を投げ捨てる。腹から取り出したのは、やくざがよく持つ、白鞘の
「装備もそうだが、剣を扱う技術もおかしい。どうやって、それほどの技術を身につけた? てめえ、いったい何者だ?」
「俺は、ただのゲーム好きの高校生さ」
「嘘をつくなっ! 俺は、サディストの親父から仕込まれて、血の
「プレイヤースキルを磨くのに苦労だと? 愚かだな……」
直也は、フッと笑って、やれやれと肩を落とす。「プレイヤースキルを磨くために、時間を忘れ、寝食も忘れ、ときには学校に行くことさえ忘れる。1日中プレイをつづけ、そうすることに、なんの苦労も感じない……」
「なっ……?!」
「スキルを磨くことに、苦労なんてものを感じている時点で、おまえはすでに戦う前から俺に負けていた」
「くっ……。くそがぁーっ!」
倉井が踏み込んだ。
「おまえのスキルを見せてもらった礼に、せめて、現在、俺が持つ最強のスキルで葬ってやろう」
直也が静かに言った。
「スキル【奥義 明鏡止水】!」
直也が叫ぶと同時に、2人の陰がかさなった。
戦いは一瞬できまった。
第三者が、それを見ていたとしても、何が起こったのか理解することはできなかっただろう。
動きは、あまりにも早すぎた。
そして……、
一つの絶命した陰が、ゆっくりと地面にくずれおちた。
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