第43話 敵ヤンキーボスの誤算 その2

【三人称視点】


 神崎たちが戦いをはじめた場所は、菊地がいるところから近かった。


 高台の奥の穴から、菊地たちのところに、剣戟けんげきの音が聞こえてきた。


「どうやら、戦いが、はじまったようだぞ」

「神崎が、戦ってるんだ!」

 菊地の人質になってる生徒たちが、つぶやく。


「はははは……。いくら神崎でもあの人数にはかなわねえよ!」

 勝ちほこったように、菊地が高笑いをあげた。


 菊地の手下の一人も、人質たちに目を向けた。

「フヒヒ……。おまえらが、菊地くんの奴隷になる日も、近いってわけだ」



 剣の音はそれほど長く続かなかった。


 人質たちが、それぞれに、しゃべりだす

「あれ? 剣の音が、もうやんだぞ」

「どうなってるんだ?」

「終わるの早すぎない?」

「いくら神崎だって、200人を倒すには、もう少し時間かかるだろ」


「あはははっ!」

 菊地が、おかしそうに大笑いした。「つまり、倒されたのは神崎のほうだってことよ!」


 菊地は、近くにあった岩にとびのる。人質たちを見おろすように、ながめまわした。

「ほら、今に見てろ。俺の兵隊たちが、すぐに神崎の身柄みがらか、首をもってくるぞ。おまえらの唯一の希望、神崎は終わったんだ。おまえたちに希望はない。奴隷ども! おまえたちにあるのは、恐怖と絶望だけだ! アハハハハーッ!」


「「「…………」」」




 時間がたった。


「……遅いな。神崎をつかまえるのに送りだした兵隊たちが、もうそろそろ、帰ってきてもいいはずだが」

 菊地が、まゆをひそめる。


「おい、山田。ちょっと見てこい」

 菊地が言った。


「俺、一人じゃ、ダンジョンにく魔物に対処できないよ、菊地くん」


「だったら兵隊を10人ほどつれてけ」


「うん」

 山田が10人の兵隊とともに、ダンジョンの部屋をでていった。




 しばらくして、山田たちが菊地の元に戻ってきた。しかし、帰ってきたのは、山田と10人の兵隊だけだ。


「山田、どうしたんだ? 神崎はどこだ?」

 菊地が言った。


「菊地くん、それが……、誰もいなかった」


「まさか、そんなわけあるか! 俺の兵隊たちはどうした? 200人から、いたんだぞ!」


「それが……、誰もいなくなってたんだよ。戦闘があったと思われるダンジョンの部屋は、もぬけのカラだった」


「いったい、どういうことだ? なにが起こったってんだよ?!」


「わからないよ。戦いがあったと思われる部屋には、ただ、これだけが、ぽつんと置かれてたんだ」


「なに?」


 山田が、さし出したのは、ポーチ・サイズの化粧箱だった。


「これは、山田おまえ一見かずみにわたした、献上箱けんじょうばこじゃねえか」


「そのとおりだよ。箱のうえに、このメモ書きがあった」


「なんて書いてるんだ。読んでみろ」


「『菊地へ』」


「いったい、何が入ってるってんだよ? あけてみろ」


「う、うん」

 言われるまま、山田が箱のフタをあける。


 あけた瞬間、山田の顔が恐怖に、カタまった。「ひっ、ひええーーーーっ!」


 山田の顔は、真っ青になっていた。


「いったい、何が入ってたってんだ?!」

 菊地が山田の手から、らんぼうに箱をひったくろうとした。その勢いで、箱が空中に舞いあがる。中のものが周囲に飛び散った。


 それは、ボタボタと、地面に落ちていった。


「「「こっ、これはっ!」」」

 周囲にいた、みんなが一斉いっせいに、カタまる。


 箱から落ちて、地面にばらまかれたのは、『ドラゴン菊池連合』の構成員であることをあらわず、金バッジ・銀バッジの数々だった。


 菊地の兵隊たちの顔が、青ざめはじめる。多くが、恐怖にカラダを震わせながら叫んだ。

「ひゃあっ。バッジは、全部で200個は、あるぞ!」

「神崎だ。神崎のヤロウがったんだ!」

「神崎のやつ、たった一人で、兵隊200人全員、りやがった!」

「ヤバイよ。神崎はバケモノだ! 俺達が敵にまわしていい相手じゃなかったんだ!」


「もうだめだあーっ」

 中でも一番、大声をあげたのは、菊地の腰巾着こしぎんちゃくのはずだった山田だ。山田はシンナー遊びの常習者で、心がんでいた。シンナーで脳がこわれ、情緒不安定なところがあったのだ。


「山田、どうしたんだよっ!」

 菊地がイラだつように、声をあげた。


「ああーっ。俺達は、もう終わりなんだぁーっ! うっ、ううーっ」

 山田が、大声で泣きはじめる。


「黙れ、山田っ!」


 山田は、幼稚園児のように、泣きつづけた。「やっぱり、恐怖で神崎に追い込まれるのは、俺たちの方だったんだ」


「黙れって言ってんだろがっ、山田っ!」


「ひいーっ。もうおしまいだあーっ! 俺たちは、追いたてられる獲物えものだ。最後は、狩人かりゅうどの神崎に狩られちまう……。神崎のいうとおりだった。恐怖に震えて逃げつづけるのは、俺たちのほうだったんだぁーっ!」


「うるせーんだよっ、山田ぁーっ! 人質たちも見てるんだぞっ!」

 うしろから、菊地が山田の尻を蹴った。


「ぎゃっ!」

 山田が、もろに顔面から、地面に倒れこむ。


 口の中を大きく切ったのか、山田が地面から顔をあげると、口のまわりが血まみれになっていた。

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