第23話 ヤンキーをボコボコにする

【一人称 主人公の視点】


 夕方。学校が終わる。


 帰宅する花凛はなりを家まで送るために、最寄りの駅の近くまできた。


 【ボクシング】の加護をもつ上川の姿を見かけた。昨晩、出会った、あのパンチパーマも一緒にいる。こちらに気づかずに道の角をまがっていく。


 角まできて横を見てみると、少し離れたところに公園があった。公園には、ヤンキーが100人近くも集まっている。ダンジョン攻略用の装備を身につけているのを見ると、約100人でダンジョンに繰り出すつもりらしい。さすがに大人数すぎる。経験値の効率は絶望的に悪そうだ。


 いったん、家に帰って、俺もダンジョン攻略の準備をした。すぐに出発する。




 地下第8階層でソロで狩りをしていると、あっという間に時間が経つ。すでに、夜の11時を過ぎていた。


「そろそろ、帰るかあー」


 地下第3階層まで上がってきて、安全地帯に腰をおろし、持ってきていたジュースのペットボトルを開ける。


 しばらく休んでいると、逃げるように必死で走ってくる人たちがいた。大学生くらいの男女5人パーティだ。


 俺のいる安全地帯までくると、5人は乱れた息を整えるように立ち止まった。


 『トレイン』かとも思ったが、後から魔物がついてこない。


「もう追ってこないようだな」

 メガネをかけた男が、来たほうを振りかえりながら言った。

「よかった。殺されるかと思った」

「連れて行かれたあの人たち、大丈夫かしら?」

「たぶんダメと思う。かわいそうに……」


 どうやら、対人トラブルのようだ。まあ、俺には関係ない。立ち上がって行こうとすると、メガネの男に呼び止められた。

「君、今、そっちに行かないほうがいい」


「なにがあったんだ?」

 振り返って、俺がたずねた。


「高校生のヤンキーグループの集団だ。100人くらいいる」


 おそらく、上川たちのグループだろう。

「そいつらがなにか?」


「ダンジョンの中が無法地帯であるのをいいことに、人狩りをしてる」


「人間を殺してる?」

 俺の眉がぴくりと動く。


「おそらく、そのとおりだ。ただ、他に目撃者がいることを嫌っているのか、人前ではやらない。狩りをしてるパーティを多人数で取り囲んで、おどしながらダンジョンの奥へと連れていく。連れて行かれた人間は、二度とダンジョンから戻ってこないという話だ」


「あいつら、ここ数日、このダンジョンでずっとそれを続けてるという噂よ。さっきも、知り合いの別大学のダンジョン攻略サークルの人たちが、無理やりつれて行かれたわ。男2人、女2人のパーティよ」

 メガネ男の仲間らしい女が言った。


「なるほど。よくわかった」

 俺が、ふたたび歩きだした。


「おい君、だから、そっちには行かないほうがいいって言っただろ」


「俺なら、大丈夫。ちょっと行ってくる」


「なにをするつもりだ?」


「ちょっと、ダンジョンの汚物を掃除しに……」




 上川たちがたむろしてる場所は、想像がついた。

 このダンジョンの地下第3階層となると、あの部屋しかない。あの部屋は、魔物が一切かない。多人数のヤンキーたちが長時間たむろするのに便利なのだ。


 その部屋は、途中から脇へと入って、かなり進んだところにある。


 部屋に近づくと、やかましく叫ぶ声が聞こえてきた。


「もっとやれー。殺し合えー」


「ゴラッ。真剣にやらんかい。斬り殺すぞ!」


 俺はだまって、部屋に入りこんだ。


 部屋の出入口は、俺が入ってきたひとつだけ。出入口には観音開きの扉がついている。扉が、これまで動いた様子はない。


 部屋の中は、100人入っても、かなり余裕がある広い場所だった。


 二人の男が、剣を持って命がけで戦わされていた。古代ローマ時代の剣闘士のようにだ。


 逃げられないように、二人の周囲を100人ほどのヤンキーたちが遠巻きに取り囲んで、さかんに歓声かんせいをあげている。


「ほら、もっとがんばれよ。俺はおまえに賭けてんだぞ!」


「もうへばったのー? 本気でやらないと、マジで2人とも殺しちゃうからねー。あはははは……」


 俺が止める間もなく、2人の男は、お互いに剣で相手の身体を突き刺した。抱き合うように二人が地面に倒れこんで動かなくなる。どちらも致命傷だったようだ。


 男たちを助けるのを諦め、俺は、だまって出入り口の脇に立つ。そこには、コンソールが備えられた台があった。


 俺の眼前にウインドウが開いた。

☆――――――――――――――――――――☆

      対戦をはじめますか?

        YES/NO

☆――――――――――――――――――――☆

 YESを押す。


 空中から、いつもの謎の声が聞こえてきた。

《対戦開始まで、あと3分……》


 出入り口の扉が使用された様子もなく、ヤンキーたちに、空中の声が聞こえてる様子もない。


 どうやら、ゲーム『ファースト・ファイナル』の加護がある俺だけが、謎の声を聞くことができ、部屋のギミックを操作できるらしい。


 俺が振り返ると、ヤンキーたちが死んだ男たちを、足蹴にし仰向あおむけにしていた。


「ちぇっ。つまらん戦いだったぜ。命張るなら、もうちょっと頑張らんかい」

 言ったのは、昨晩会ったパンチパーマだった。


「こいつらの装備、俺がもらっていい? 今回は俺の番だよね」

 まだ声変わり前のチビのヤンキーが、女みたいな声で言った。


「いい装備もってやがるぜ」

 ヤンキーたちは、男たちの死体から装備をはぎとり、ポケットの財布などをあさっている。


「うおっ。7万も入ってるぞ。ラッキー!」

 財布を取り上げたヤンキーが嬉しそうに叫んだ。


《対戦開始まで、あと2分……》


 そこで、ヤンキーの一人が俺に気づいた。


 昨晩、ナイフで俺を脅そうとした、あの小太りでライン坊主頭の男だった。


「てめえ、なにしに来やがった!」

 ライン坊主が、叫びながら俺の方へと早足で歩みよってくる。


「掃除だよ」


「掃除? なんの掃除だっ?!」


「ダンジョンの掃除だ。たまに掃除をしないと、汚物の臭いがくさすぎて、鼻をつまんでも耐えられなくなるからな」

 俺はニヤリと笑う。


「ダンジョンのゴミや死体は勝手に消える。てめえ、そんな知識もなしにダンジョンに来てやがるのか?!」

 ライン坊主は、いまにも飛びかかって来そうな様子だ。今日は背中に長剣を装備しており、剣の柄に手をかける。


《対戦開始まで、あと1分……》


「おい、ちょっと待て」

 横から割って入ったのは、例のパンチパーマだった。


 パンチパーマが俺のほうを向いて言う。

「てめえ、のこのこと、よくこんなところまで来やがったな」


 男2人の死体から、少し離れたところに女2人の死体があった。素っ裸にされ、身体は切り刻まれていた。何十人という人数に輪姦まわされたのだろう、女の股間から大量の血と精液が流れ、地面にたれ落ちていた。


「あの女2人も、おまえらがったのか?」


「当然だ!」

 ライン坊主が、ドヤ顔で悪党の顔つきになる。「2人ともヤッたが、なかなか具合がよかったぜ」


「おまえは、すぐに女殺しちまうからな。この女だって、ダンジョンの中に監禁しとけば、まだ使えたのによお……」

 パンチパーマが、あきれたように言う。


「しょうがねえだろ。身体を切り刻んで、女が泣き叫ぶのを聞きながら犯すのが気持ち良すぎるんだから」

 ライン坊主が、抜いた長剣の刃をぺろりとめた。


「神埼、よくきたな」

 いつのまにか、上川がパンチパーマの横に立っていた。「とにかく、おまえは、今日、ここで終わりだ。ぶっ殺してやる」


「お前らが、俺を倒すだと? 笑っちゃうね。わははは……」

 俺は声をあげた。


「ここには100人からいるんだぞ。勝てるとでも思ってるのか?」

 と、上川。


「上川、おまえはレベリング型のゲームってもんがわかってない。初心者の低レベルが100人いたら、レベルがはるかに上の上級者一人を倒せるとでも思ってるのか?」


「なんだと?」

 上川が、俺をにらみつけ身構えたときだった。


《ピィーッ!》

 空中から謎のホイッスルのような音が鳴った。

《対戦開始です!》

 声がして、出入り口の扉が自動で閉まっていく。


「おい、扉が閉まったぞ?」


「どうしたんだ?」


 ヤンキーたちの一部に動揺が走る。


「この扉、開かねえぞ」


「体当たりしても、メイスで殴ってもびくともしねえ。いったいどうなってんだ?!」

 閉まった扉に走りよった数人のヤンキーが、顔をこわばらせ、不安そうな声をあげた。


「わはははは……」

 俺は爆笑していた。「おまえら、この部屋がなんの部屋なのか、まだわかってないだろ。まったく魔物がかないことに、なんの疑問ももたなかったのかよ」


「なんの部屋だっていうんだ?」

 パンチパーマの表情にひるみが浮かんだ。


「ここは、バトルロイヤルPvP(プレイヤー対プレイヤー)のための部屋だよ。部屋の中の人間が、一人を残して全員死なないかぎり、出入り口の扉は絶対に開かない」

 俺は大声で笑い声をあげつづけた。「あはははは……。さあ、汚物掃除の時間だ。おまえら、全員で殺し合えー!」

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