第22話

【三人称 国語教師、吉川律子の視点】


 朝、学校の廊下。国語教師、吉川律子は、副担任を受け持つクラスの生徒、神崎直也を見つけて、思わず駆け寄った。


「神崎くん、大丈夫なの?」


「なんのことですか?」

 直也は、振り返った。


 直也を目の前にして、律子はとまどった。

(こんなに背が高かったかしら?)


「とぼけても無駄よ。昨日、ダンジョンで魔物の溶解液を背中に受けたでしょ。あの傷は何百万円もする回復ポーションを飲んでも治らないのよ。看護師のも言ってたわ。ちゃんと病院で見てもらったの?」


「だから、なんのことだかわからない」


「ヤケドを甘く見ちゃダメよ。放っておくと、大変なことになりかねないのよ」

 両親が海外で事業をやっており、直也が自宅で一人暮らしなのは、律子も聞かされていた。この年代の少年にありがちなことだが、親がいないのをいいことに、無茶な生活をやりかねない。


「俺は、先生がなにを言ってるのか、全然わからないんですが」


「あくまで、しらをきるつもりね。じゃあ、こっちにいらっしゃい」

 律子は、会議室の一室に直也をつれこんだ。


 入り口の戸を閉めてから、直也に言う。

「上着を脱いでみなさい。先生が見てあげるから。ヤケドがひどかったら、すぐに病院に行くのよ」


「え、ここで脱ぐんですか?」


「そうよ」


「仕方ないなあ」


 直也は、おもむろに制服の上着とシャツを脱いでいった。


「ほら、先生。俺の背中にヤケドとやらがありますか?」


 直也が筋肉質の引き締まった背中を見せた。


 一瞬、律子は自分の目を疑った。


(ない……)


 ヤケドのあとがまったくなかった。ありえないことだった。あれは横で見ていてもかなりひどいヤケドだった。絶対に、なんらかのあとが残ってるはずだ。


 律子は、直也の上半身を、入念にゅうねんに見つめる。


 しかし、精悍せいかんな体つきだった。発達した筋肉。割れた腹筋。古代ギリシャ・ローマ彫刻のように、バランスのとれた、引き締まった身体だ。顔つきも、以前より、ずっとイケメンになっていた。


 律子は、自分の教え子である生徒の身体に、性的な魅力を感じていることに気づいて、顔をあからめた。教師として、あってはいけないことだ。



「あーら、何してんの?」

 不意に、廊下の方で声がした。


 振り向くと、割れたすりガラスの穴から、少女の顔がのぞいていた。1年生の生徒、織田結菜ゆいなだ。


 結菜ゆいなは、扉をあけて、会議室の中に入ってきた。甘栗色に染めた、ゆるふわロングの髪。顔は、薄く化粧をしていた。目鼻立ちも整っており、普通の高校生に比べて、はるかに垢抜あかぬけて見えた。


「学校で、若い美人教師と、男子生徒が2人きりでお医者さんごっこ? とっても、イヤラシイ響きだわ。うふふ……」

 結菜ゆいなが意味ありげに、くすくす笑う。


「織田さん、教師をからかうのはおよしなさい!」

 律子の口調は、思った以上に強いものになった。


 結菜ゆいなは、律子の言葉を無視して、直也に近づいた。上半身はだかの直也の身体をじろじろとながめながら、一周する。

「神崎って、すごい筋肉してるじゃん。着痩きやせするタイプなのね。元からこんなだったっけ?」


「さあ……、自分では、よくわからないんだ。最近なんか体つきが変わってきたっぽいけど」


「それに背も、急に伸びたよね。高校入学したての頃は、あたしより背が低いくらいだったのに。今は180cm近くある?」

 結菜ゆいなは、女子の中では背が高く、167cmほどある。


「身長伸びたっぽいけど、最近、測ってないから、よくわからないな」


「ほんと……。腹筋すごいね」


 結菜ゆいなが、校則違反のブレスレットをはめた右手を、直也の腹部へと伸ばした。指の先で、そっと腹筋にふれる。胸のすぐしたから、ズボンのベルトのところまで、ゆっくりと、結菜ゆいなは直也の腹をなでおろした。


「筋肉がついていると言っても、ボディービルダーみたいなムキムキの身体じゃない。細いのに、ついてるとこにはついてる。とってもカタチのいい筋肉……。それに、やわらかい。お肌、すべすべ。すっごく、キレイ」


 結菜ゆいなの手つきは、イヤラシかった。


 律子は、結菜ゆいなの手つきに強い嫌悪感を覚えた。

「織田さん、およしなさい。はしたないわよ。女の子でしょ!」


 結菜ゆいなは、うふふ、と笑って、直也の腹筋をなでてた指先をペロッとめた。


「だって、カッコイイんだもん。すっごくセクシーじゃん。神崎って、なにか、武道でもやってるの?」


「そんなことない。俺はただのゲーマーさ」


「それにしては、均整きんせいのとれた、すごく引き締まった筋肉。とっても、ステキ。子宮がうずいちゃうかも……」


「織田さん、学校でそういうこと言うのは、やめなさいって、いつも言ってるでしょ!」


「あら、先生だって、さわりたそうな顔してるわよ。いいじゃん、神崎に、さわらせてもらえば?」


「教師をからかうのはやめなさい! 許しませんよ!」

 律子の口調がさらに強いものとなる。


「あら、こわい」

 結菜ゆいなは、口に手をあてたが、それでもおかしそうにニヤけている。


 結菜ゆいなの仕草は、いちいちなまめかしい。天性の男たらしの素質があるのかもしれない。


「織田さん、課題はもう提出したの? それに、この前も授業サボったでしょ。あまりにひどいと、またお父さまに学校に来ていただくことになりますよ」


「あー、また、そういうこと言う。わかりましたぁー。問題児は、さっさと退散しまーす」

 言ってから、結菜ゆいなは直也の方を振り向いた。「神崎、またあとでね。2人きりで、ゆっくりお話しましょ」


 結菜ゆいなは去りぎわに、直也に手を降ってから出ていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る