第20話

【三人称 春木総理の視点】


 首相官邸の一室。応接セットのテーブルを挟んで、2人の男が向かいあって座っていた。


 一人は、現職の総理大臣、春木邦男だ。


 もう一人は、豊菱重工・防衛部門の営業マン、福崎だった。


 テーブルの上には、2本の長剣が並べられていた。


「そんなに違うものかねえ」

 春木総理が、2本の黒い剣を見比べて、首をかしげる。


 カーボン素材でつくられた、2本の黒い剣は、一見、ほとんど違いはなかった。


「外見は、同じように見えますが、実際の性能は驚くほど違います」


「こっちが、今、自衛隊のダンジョン特別攻略部隊がつかっているほうだよねえ」


「はい。そのとおりでございます、総理。そして、こちらの剣が、最先端技術がもりこまれた、弊社の新製品でございまして……」

 福崎が、もう一本の剣を持ち上げながら言った。「ダンジョンから取れるミスリルを、なんと、2.1パーセントも使用しております」


「カーボンブレードって、炭素カーボンだけでつくられてないの?」


「実際には、カーボンだけでなく、アルミニウムやケブラーなどの複合素材でつくられております。現在、世界各国の軍事産業部門では、さらにミスリルを含める割合にシノギをけずっているところでして」


「ミスリルだけでは、つくれないの?」


「まだ、人類には、ミスリルだけで刀身をつくる技術はございません」


「ふむ。で、その剣が、一本、30億円?」


「はい。100本程度が量産できれば、1本、10億円くらいまでには価格を落とせると思います」


「外見からは、違いがわからないんだが」


「では、わたしが今、自衛隊のダンジョン攻略部隊が使用している旧製品の剣を持ちますので、そちらの新製品で刃の部分を叩いてみてください。かるい力でかまいません」


「こうかね?」

 言われたとおりに、春木総理が2本の剣の刃と刃を打ち合わせた。


 パキーン……。


 するどい音がなって、旧製品の剣が、あっさりと折れてしまった。


「ほおー」

 春木は、驚いて眉をうごめかせた。「これは、すごいね。旧製品のほうだって、結構な値段がしたはずだが」


「現在、弊社では、1本、2500万円ほどで納入させていただいております」


「うーん。防衛費がかさむねえ」


「しかし、今や、ダンジョン攻略は、我が国が最優先するべきことの一つです。自衛隊の攻略部隊に、少しでもいい装備を持たせてやるべきではないでしょうか?」


「謎の爆発で倒壊した自衛隊基地や警察署の修理にも、金がかかっているからねえ。予算をどこからもってくるか……」


「そこは、増税をしてはいかがでしょうか?」

 福崎が、ちらっと総理を見て、ニヤリとあくどく笑った。


 春木は、これまで何度も増税を繰り返していた。


「増税も大変なんだよ、君」


「はい。わかっております。しかし、総理のご威光なら、さらに増税することも可能かと……」

 福崎が、もみ手をしながら、ぺこぺこと頭をさげる。


「君、この剣が採用された暁には、わかってるんだろうね」


「わかっております。パーティ券の購入、指定口座への入金は、弊社が責任をもってやらせていただきます」


「ふふふ……」

 春木が、腹黒く微笑む。「そちも悪よのう……」


「いえいえ……、総理には、かないません」


 言って、二人が一瞬、目をあわせる。


 そして……、


「「わはははっ」」

 と、二人して、黒い笑い声をあげた。



 ……と、ドアをノックする者があった。


「どうした?」

 春木が声をだすと、秘書官が入ってきた。


「自衛隊のダンジョン攻略部隊の方がお越しになっております」


「ちょうどよかった。通せ」


「承知いたしました」



 少しして、二人の男が入ってきた。直立し、敬礼する。

 一人は、自衛隊で、ダンジョン攻略部門の総指揮をとっている高松一佐。もう一人は、現場の隊長である西澤一尉だった。


 いまや、ダンジョン攻略は、非常に大きな国益に直結することが予想された。なにかあれば、できるだけ急いで、直接、総理に説明にくるように命じられていたのだ。


「なにか?」

 と、春木総理。


「信じられない剣が、ダンジョンで発見されました。これです」

 高松一佐が言って、一本の剣を春木にさしだした。


「これは?」

 春木総理がたずねる。


「ダンジョンの通路に落ちていました」

 西澤一尉が答えた。「私自身がダンジョン内で、少し使用してみましたが、今まで持っていた剣がオモチャに思えてくるほど、とてつもなく高性能です。それまで苦労していた厚いうろこの魔物が、嘘のように、さくさく切れました」


「そんなわけがない!」

 福崎が、怒り顔で立ちあがる。「君は、わが社が防衛省に納入している剣がオモチャだとでもいうのかね!」


「はい。実際に、そう言わざるをえません。この剣を分析部門に持ち込みましたが、ミスリルが5パーセントも含有されているとのことです」


「はっ? そんなことはありえない。世界の大手メーカーでも、今のところ、2パーセント前後を使用するのが限界だ。5パーセントなんて、なにかの間違いだ!」


「しかし、……」

「わかった」

 福崎は、西澤の言葉をさえぎって、立ちあがった。「では、こうしよう。わが社がほこる新製品のこの剣を、わたしが持っている。この剣の刃に、その剣をぶつけてみるがいい」


「よろしいですか、総理?」

 西澤一尉が総理にたずねる。


「かまわん。やってみたまえ」


「はっ」


 西澤が持つ剣の刃が、新製品の剣の刃に、軽い力でぶつけられた。


 次の瞬間、福崎の持っていた新製品の剣が、こなごなに砕けていた。


「ぎゃああああっ。30億円があああああ!」

 福崎は、青ざめた顔で絶叫ぜっきょうした。


 西澤が手にしていたのは、直也がガチャで出してゴミあつかいした、『ちょびっとミスリルな剣』だった。

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