第19話

「こいつは10秒以内に、5本、全部の首を落とさないと、つぎつぎに首が再生していくので注意」

 少年は、律子たちに背を向けたまま、まるで、まな板の魚をさばくように、ひょいひょいと、剣をふるった。たちまち、ヒドラ・ゾンビの首4本が落ちていた。


 残ったヒドラ・ゾンビの首が、とつぜん、強酸性の強力な溶解液を吐き出した。


 溶解液が、莉子りこへと、一直線に飛んでいく。


「おっと、危ない」


 少年が自分の身をさしだして、莉子りこをかばう。


 溶解液が、少年の背中に、もろに命中した。


 ジュウウウ……っと、音を立てて、少年の肌が溶ける音がした。少年の背中から白い煙があがる。


「うぉー、ててて……」


 少年が、ゾンビ・ヒドラに向きなおる。

「痛えな、おまえ!」

 少年は、最後の首も、あっさりと剣で斬って、落としてしまった。ヒドラの胴体が、どうと地面に倒れて動かなくなる。


「えっと、あのー……、大丈夫です?」

 律子を意識しているのか、こっちを見ずに、少年が言った。「……あと、ヒドラ・ゾンビに出会ったら、すぐに逃げるといい。アクティブ・モンスターだけど、アクティブになる前は遅いし、アクティブになる範囲も狭いから」


「ありがとー。怖かったよぉー。えーん……」

 莉子りこは、子供のように、まだ泣いている。


「ほんとうに、助かったわ。感謝してもしきれない」

 看護師の、のぞみが涙を浮かべながら言った。「でも、背中、ひどいヤケドしてるわよ。その怪我は、わたしの治癒魔法じゃ治らない。すぐに大量の水で十分な時間をかけて洗い流さないと。その後で、3%の炭酸水素ナトリウム水溶液で、さらに洗う必要もあるわ」


「のぞみに応急処置してもらって、すぐに病院に。……って、わかってるの? 神崎くん!」

 少年の反応が薄いことに気づいて、律子が声をあげる。


 名前を呼ばれて、少年が反応した。

「神崎くんって、誰のことかなぁ……?」


「なに言ってるの、神崎くん。素人のわたしが見ても、ひどい怪我けがよ。はやく、処置しないと」


「じゃあ、俺は行くから!」

 少年が突然、走り出した。


「待ちなさい、神崎くん!」

 律子が呼び止めようとした。


「あー……、そっちのダンジョンのくぼんでるとこ。そこ、なぜか、魔物が侵入してこない安全地帯なので、そこで休憩してMPとか回復するといいかもよーっ!」

 少年は、声をあげて、走り去っていった。



 律子は、少しの間、少年の走り去った方を見て、呆然となっていたが……


「そうだ。2人とも、はやく、こっちに移動して」


 少年が、安全地帯だと言った場所へと身体を移した。


 3人は、安全地帯で、息をととのえる。




 しばらくして……、


「ふうー、マジで、死ぬかと思ったぁー」

 莉子りこが地面に手をついて、声をあげた。


「本当に、危なかったわよねぇー」

 のぞみは、地面に腰を下ろして、疲れ切ったように、天井をあおいでいる。


「でも、さっきの子なに? 高校生くらい?」

 莉子りこが顔をあげる。


「すっごく、強かったよねえー」

 のぞみが、感心したように声をだした。


「うん、超強かった。規格外の強さだったよー。あたしら3人でも全然勝てない魔物を一人で、あんなにも簡単に……。まるでスライムかゴブリンのように倒しちゃったあー。あんな子がいるんだねえー」

 莉子りこが、頬を赤らめながら言う。


「かっこよかったわよねぇ」

「うん。すっごくかっこよかったよぉー。それに、表情がカワイかったぁー」

 ぷるんと胸を揺らすのぞみに、莉子が答える。


「戦うの見て、ちょっと、キュンときちゃった。お礼にお姉さんが、戦闘以外のこと、いろいろ教えてあげたいかも」


「アニメ『SOS』にでてくる、主人公のギリット君にそっくりー」


 3人は、クラス替えのない中高一貫の女子校卒で、ずっと同じクラスだった。何年も前から莉子りこのことを知っていたが、アニメキャラでなく、現実の男に興味をしめしているところを見たのは初めてだった。


 のぞみだってそうだ。大学に入ってから、あまりにも多くの男から言い寄られすぎて、軽いノイローゼのようになり、男嫌いになってしまっていたはずだった。ストーカーの被害にあったことさえ、何度かあった。


 2人の態度は、今までと全く違っていた。


「超カワイかったよぉー。えるぅー。尊いわぁー」

 莉子りこは自分の頬に両手をあて、身をくねらせながら、身悶みもだえまでしている。「あたし、ファンになっちゃったかもぉー。でも、3次元の男の子なんて、どう対応したらいいのか、わからないよぅ」


「そういえば、大丈夫なの? あの子、背中、ひどいヤケドしてたみたいだけど」


「すごく、心配」


「誰だかわかったら、看護師のわたしが、つきっきりで、一晩中抱きしめながら看病してあげるのに……」

 終始しゅうし、フェロモンを撒き散らしているような、のぞみのスタイルのいい身体が、くねくねと揺れる。


「あ、そういえば、律子、あの子、知ってるみたいだったけど?」

 のぞみが、律子のほうを振りむいた。


「え、あ……。今、よく考えてみたら、別人だったわ。戦闘中で気が動転してたみたい」

 とっさに、律子は嘘をついた。なぜ嘘をついたのか、自分でもわからなかった。

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