第3話

 ダンジョンに入るには、政府が運営しているハンター協会への登録が必要になる。


 ハンター協会への登録は簡単なものだ。犯罪歴を調べられ、そして1時間ほど、座学での講習を受ける。ハンターになれば、刃物や銃を所持できる許可証がもらえる。もちろん、武器は魔物以外に使用するのは禁止だ。


 それだけで終われば登録できる。あっけない。


 一定以上の強さをもつ人間は,ハンターになることが政府から推奨されていた。狩らないと、ダンジョンから出てくる魔物が増える傾向にあったからだ。


 しかし、かなり危険だし、実際すでに何人もの死者がでていた。命をかけるわけだから、一部の人間しか、ハンターになりたがらない。


 ハンターはランク付けされていて、S級からF級まである。とうぜん、今日はじめての俺は、一番下のF級だ。


  ☆☆☆


 俺たちの学校から最寄りのダンジョンは、バスで30分ほど行ったところにあった。バスを降りて、田んぼが点々としているところを3分ほど歩くと、山の麓にトンネルのような大きな穴が開いているのが見えてきた。それがダンジョンの入り口だ。



・俺

・加護【釘バット】の横田

・加護【ボクシング】の上川

・加護【喧嘩】の菊池

で、町のハズレにできたダンジョンに、入り口から入っていく。


 ダンジョンの中は、ちょうど鍾乳洞のようになって、ずっと奥へと続いている。途中で、いくつもの分かれ道があって、文字通り迷路のようになっていた。


「こらっ。のろのろしないで、はやく歩けよ!」

 加護【釘バット】の横田が後ろから俺の尻を蹴る。


 俺は、前のめりに転倒しそうになったが、なんとか踏みとどまった。


 背中のリュックが重い。俺は荷物持ちとして、大きなリュックを背負わされていた。


 中に入っているのは、水や食料、そして3本ほどの回復ポーションだ。回復ポーションは、ダンジョンのモンスターが落とすもので、かなり貴重なものだった。





「なあ、聞いたか? こいつの加護はゲームらしいぞ」

 横田が俺を馬鹿にしたように言う。


「うははは……、なんだよ、それ」

 上川が腹をかかえて大げさに笑った。


「それも特定の糞ゲーだけの加護で、他のゲームではなんの恩恵も得られないらしい」


「そんなの笑うわ。最悪じゃん。それ、加護じゃなくて呪いじゃね?」

「「「ぎゃはははっ」」」

 俺を見下す3人の笑いが、ダンジョンの壁に響いた。




 湿った地面を踏みしめて、さらに奥へとすすむ。一匹の小柄なモンスターが現れた。


「ゴブリンだ!」


「余裕余裕」


「見てろ!」


 横田と上川の言葉に、菊池が前にでる。


 菊池の装備は両手持ちの剣だった。振り上げた剣がゴブリンを襲う。


 ゴブリンは一撃で絶命していた。


 ゲーム『ファースト・ファイナル』でも、ゴブリンはそんなに強い敵ではなかった。強さは、青スライムより、やや強いくらい。最初のチュートリアルにでてくる敵だ。


「やっぱり、昨日のダンジョン攻略でドロップしたこの剣はいいぜ。かなりのレアドロップみたいだが、大当たりだ」

 菊池の剣は、かなり高価そうだった。ほれぼれとした表情で、菊池は自分の剣を見つめている。


 さらにすすむと、二匹目のゴブリンが現れた。それも菊池が一撃で倒す。



 菊池の身体が、一瞬光った。


「おおっ。レベルがあがった」

 菊池が嬉しそうに言う。


「今、レベルいくらだよ?」


「11になった」


「ちぇっ……、俺まだ9だ」

 笑顔の菊池をみて、横田が不満げに言った。


 菊池は、目の前の空中をじっと凝視している。空中には、PCモニターくらいのおおきさの画面が浮かんでいた。どうやら、ステータスウインドウみたいなものが開くらしい。


 どうやったら、ステータスウインドウが開くんだろう?


(ステータスウインドウ、開け!)


 頭のなかで念じてみたが、なにも起こらなかった。



「くう……、俺まだレベル7だぞ。おまえらずるいぞ」

 上川が、くやしそうな顔になる。


「だって、昨日も一昨日おとついも、おまえをダンジョンにさそったのに、女を優先してこなかったじゃないか」

 と、横田。


「でも……、あいつ相手してやらないと他の男たちと遊びにいくからなぁー」


「そんな女別れろよ。レベルあげて強くなれば、もっといい女だって抱き放題だぞ」

「え、……そうかな?」

 横田の言葉に上川が食いつく。


「これから学校は俺たちが支配する。圧倒的に強くなれば、誰も俺たちに逆らえない。そうなりゃ、女とだってやりたい放題だよ。あんなビッチ捨てちまえ」

 リーダー格の菊池が、満足そうにぺろりと舌をなめた。「俺たちが学校を支配したら、次は隣の学校だ。他の学校も全部、俺たちが支配する。強くなれば、なにをやったって、誰も俺たちを止められない。警察だって捕まえられなくなる」


「え? それって、つまり白薔薇学園も支配すんのかよ?」

 上川が、目を見ひらいた。


「当然だ」


「うひょーっ。白薔薇学園の女、抱き放題かよっ!」

 上川の目が、欲望でギラギラと輝いた。


 白薔薇学園とは、市内にある私立のお嬢様高校で、アイドル級の美少女がいっぱいいると評判のところだ。


「ほら、レベル11ともなれば、こんなんよ」

 菊池が、ジャンプした。軽くジャンプしたのに、2m近くとんでいる。ダンジョンが現れる前の『垂直跳び』のギネス記録は、120cmくらいだったはずだから、圧倒的なジャンプ力だ。


「「すげー」」

 横田と上川が声をもらす。


 どうやら、ダンジョンの出現により、この現実世界にもレベルという概念が存在するようになったようだ。モンスターを倒して経験値をかせいでレベルをあげると、現実の身体能力も向上するらしい。


 さらにダンジョンを進む。下りの階段があった。いったい誰がなんのために、こんな人工的な階段のあるダンジョンを現代日本に出現させたのか。謎は深まるばかりだ。俺たちは、ダンジョンの地下2階へとおりていった。


 少ない数だが、俺たちは、このダンジョンで他のパーティを2組ほど見ていた。このダンジョンを攻略しているパーティが他にも数組はいそうだ。20代か、若くても、せいぜい大学生くらいのパーティが多い。


 あるパーティは、まるでファンタジー映画さながら、甲冑や鎧、魔法使いのような杖にローブ、それに、みごとな長剣、弓などを装備していた。


 きっと、すばらしい、戦闘向けの加護をもらえたのだろう。


 菊池たちは、ただの学生服姿だ。特別な防具は、なにもつけていなかった。


「俺たちも、いい防具をドロップさせないとな」

「買おうとすると、すごい値段なんだよなあ、あれ」

 菊池の言葉に上川が応じた。


 高校生の小遣いでは、ちゃんとした防具は買うのは厳しい。



 ひたひたひた……。


 しばらく進むと、足音が近づいてきた。


「来るぞ」

 菊池が声をあげ、身構える。


「まかせとけ」

 横田が、釘バットを振り上げた。


 ダンジョンの壁の陰からコボルトが現れた。


 コボルトは、ゴブリンより少しは強いようだ。ゲーム『ファースト・ファイナル』でも、そうだった。


 菊池たちは、3人でコボルトを囲んで、何度も殴っている。



 眼の前で繰り広げられるリアルな戦いを見てるうちに、ゲーマーとしての俺の胸がうずいた。


 ゲーム『ファースト・ファイナル』のコボルトは、チュートリアルが終わって直後に戦う相手だ。だが、一人で普通にやってたら勝てないことも多い。まあ、ゲームバランスが無茶苦茶だから、プレイヤーの大半は、最初のコボルトで挫折する。


 ただし、コボルトの攻撃モーションは大きい。わざとコボルトに先手をとらせ、タイミングを合わせて、回避で攻撃を避けられる。攻撃によりコボルトが硬直しているところで、スキル『パワーアタック』。

 これなら、チュートリアルが終わった直後の低レベルでも、一撃でコボルトを倒すことができる。でも、めちゃくちゃシビアなタイミングでの入力が必要だ。それができるようになるのは、1000時間近くもゲームをプレイし、上手くなってきてからだったりする。どんだけ糞ゲーなんだよ。よく、あんな糞ゲーやりこんだよな、俺。


 そこで、俺がはっとなる。


 目の前に起こっていることはゲームじゃない。ゲームと現実は違う。ヘビーゲーマーとしての自覚のある俺だが、これでは、ゲームをやりすぎて、現実とごっちゃになってると言われても反論できない。


 俺は、今まで考えていたことを消し去るように首をふった。



 しばらく、菊池たちのコボルト狩りが続いた。


 20匹以上は狩っただろうか。


「やったぞ、剣のドロップだ」

 横田が声を上げた。


「片手剣だな。今、俺が使ってる、こっちの剣のほうが攻撃力が高そうだ」

 菊池がドロップの剣を拾いあげながら言う。


「ちぇっ……。俺も、剣をつかってみたいぜ。けど、加護が効かなくなるからなあ」


「横田、おまえ、レベルあがっても、ずっと、その釘バット使うつもりかよ。高レベルになったら、おまえもどこかの誰かみたいに、戦力として役立たずになるかもな。はは……」

 菊池が、俺に見下す視線を向けながら、ニヤリと笑う。


「そんなわけねえ。鋼鉄の釘バットとか、勇者の釘バットとか、もっと強力が釘バットがドロップするに決まってる」

「ぎゃはははっ。勇者の釘バットって……」

「菊池、笑いすぎだ」

「悪かった。でも、めっちゃおかしかった。さすがに……」

「ちえっ」

 横田は、何度も舌打ちした。


「おい、貴重なドロップ品だ。換金できるからリュックにいれとけ」

 菊池が俺を見て言った。


 俺は、リュックにさやにはいった剣をさした。剣が長かったのでリュックの蓋の間から半分くらい外にでてしまうが、しょうがない。


「ぼさっとしてんじゃねえ! はやくドロップした魔石もひろって回収しろよ! 戦力にならない役立たずのくせに、サボってんじゃねえ」

「ぐっ……」

 菊池の叫び声と同時に、俺の腹にものすごい衝撃が来た。菊池の蹴りが俺の身体を攻撃したのだ。


 加護のせいだろう。軽く蹴ったように見えたのに、ものすごく重い蹴りだった。


 俺の身体が後ろに3m以上ふっとんでいた。ダンジョンの壁に全身を打ちつける。全身が大きく震え、強烈な痛みが襲った。


「うっ」

 俺のうめき声とともに、身体がずるずると、地面に落ちた。


「おいおい……こんな貧弱な奴だと簡単に死んじゃうぜ」

 横田は、面白そうにニヤニヤ笑いながら俺を見る。


「死んだら、死んだときだ。ダンジョンの中なんて、警察の捜査も及ばない。監視カメラもなければ、他に目撃者もいない。ダンジョンでモンスターに襲われて死亡しましたって、ハンター協会に届けるだけさ。事故として扱われて終わりだよ。死体はモンスターに食われて残らないしな」

「そりゃそうか。ダンジョン内でモンスターに襲われて人が一人死んだところで、今じゃニュースにもならないからな」

 菊池と横田が一緒になって、ケラケラと笑っている。


「しかし、加護ってスゲーな。俺は、とんでもなく強くなりつつある……」

 菊池が、うれしそうに唇をゆがめた。


「俺たちの学校では、あとは植草だけだな。あいつさえつぶせば、もう俺たちに反抗してくるような奴はいない」

「俺たちは、こうやって毎日ダンジョンでレベルあげてるからな。じきに俺たちのほうが強くなって、植草をボコるのも近いぜ」


「植草か……、糞みたいに気が強くて腹の立つ女だが、いい女なのは事実だな。ああいう女を屈服させて、思いのままに犯してみたいぜ」

 女好きの上川が、妄想しながらニヤニヤと気持ち悪い笑いを浮かべていた。


 植草彩芽うえくさ あやめとは、俺たちの学校の2年生で、風紀委員長をやっている女生徒だ。家は古武術の家元で、彼女も、幼少の頃から鍛えられて、免許皆伝の腕前にあるらしい。


 もらった加護は【古武術】。今のところ、菊池、上川、横田の三人がかりでも勝てないらしい。そしてなにより、植草彩芽うえくさ あやめは、息を呑むような美人だった。



 菊池が、俺をにらんで、怒鳴どなった。

「はやく立てよ! 本当に、ぶっ殺すぞ! 魔石を拾って回収しろって言っただろがっ!」


 俺は、のろのろと立ち上がった。動くだけで身体のあちこちが痛む。


 なんとか魔石を回収し、かついでいたリュックに入れる。



「ん? なにか近づいてくるぞ」

 横田が声をだす。


 ダンジョンの通路の陰から、二匹の影があらわれた。


「ちっ……、コボルト二匹だ」

 菊池が舌打ちする。


「レベルも上がってるし、今の俺たちだったら、やれるんじゃないか?」

 上川が言う。


「まあ、勝てるかもしれんが、わざわざ命をかけてやるようなことじゃない」

「でも、コボルトのほうが足が速いぞ」

「大丈夫だ」

 菊池は言って、俺の背中のリュックを手に取った。「こっちによこせ」


 菊池は強引に俺の背中からリュックを剥ぎ取ると、さきほどよりずっと強い力で、俺の背中を蹴った。コボルトが走ってくるほうへ、俺の身体がふっとんだ。


 10m近くも身体が飛んで、地面に転がり落ちる。数回転して、俺の身体がやっと停止した。


「ははは……、てめえは魔物の足止めのためのおとりになれ」

 遠くから、菊池の声が聞こえてきた。菊池たちが走って逃げていく姿が、俺の視界の片隅かたすみうつっていた。


  俺は地面に仰向あおむけに寝転がりながら、ダンジョンの天井を見ていた。なぜか、見たような記憶があった。



 はっとなる。


 ……そうだ、ここのダンジョン、ゲーム『ファースト・ファイナル』にあった初心者用ダンジョンにそっくりだ。


 糞ゲー『ファースト・ファイナル』のグラフィックは、あまりにもしょぼかった。そのため、パッと見た雰囲気が、現実世界とかなり違っていたため、今まで気づかなかったのだ。でもよく考えれば、ダンジョンのマップも、出てくる階層のモンスターもまったく同じだ。



 どういうことなんだ? いったい、何が起こってるんだ?


 とまどう俺に、2匹のコボルトがせまってきていた。


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