第2話


 ダンジョンが、日本各地に現れて10日ほど経った。



 学校に行くために、家の玄関まで、でると、入り口の扉が開いた。


 制服姿の花凛はなりがカバンを抱えて入ってくる。


なおくん、おはよー」


「おはよ」


 花凛はなりとは、お隣さんで、今でも同じ学校だが、一緒に登校なんて少学生のとき以来だ。ダンジョンが現れた現在、高校生も集団登校が推奨されていた。



 昨晩も別のゲームをやってて、またもや寝不足だった。起きるのが遅くなってしまい、朝ごはんを食べてない。


(腹減った……)


「あっ、なおくん、お腹減った顔してる。また朝ごはん食べてないでしょ。だめだよぉー。ちゃんと食べないと。成長期なんだから」


 おまえは、俺のオカンか。あと、何も言ってないのに、勝手に俺の心を読むのはやめてほしい。


 なぜか、昔から、俺が考えてることの多くが、花凛はなりにわかってしまう。


「いいんだよ。とにかく学校いくぞ」


「あー、なおくん、寝癖ついてるよぉー」


「え?」


 俺が、手で頭をおさえる。


「そこじゃないよ、ここだよ」


 花凛が手ぐしで、俺の髪をすいてくれた。


 花凛の身体が近づいて、甘い女の子の匂いが、ぷんとした。


 幼稚園のときは、花凛と一緒にお風呂にはいったり、いっぱいチューしたりしてたのになあ……。



 花凛と連れだって、学校へと向かった。


 ダンジョンが現れて、いろいろなことが変わっていた。


 なにより目立つのが、道を歩いていると、ちょくちょく青スライムの姿を見るということだ。住宅街を歩いていても、300mくらいごとに一匹は目にする。


「なんか、微妙に増えていってるよね、青スライム」


「ああ……。気をつけないとなあ」


「幼稚園児が、青スライムにちょっかいだして、反撃されて、食べられちゃったんだって。昨日ニュースでやってた」


 青スライムは、『ノンアクティブモンスター』だから、こっちらから攻撃しないかぎり、襲ってはこない。


 ただし、うっかり踏んだりしてしまわないように、注意が必要だ。


 青スライムなら、一般人でもバットを持って戦えば、ぎりぎり勝てるくらいの強さだ。しかし、不意をつかれれば、負ける可能性も十分にある。歩きスマホに夢中になって、うっかりスライムを踏むという事故が多発していた。



 最寄りの駅の前までくると、7人ほどの警官がオーガを取り囲んでいた。


 スライムより、はるかに強力な魔物は、今のところ滅多に地上に出てこない。それでも、もし出てきたら、対処するのは警察や自衛隊の仕事だ。


 オーガに拳銃はあまり効かないので警察も大変だ。オーガほどの敵になると、警官でも命がけである。


「わあ……、オーガを生で見るのははじめてだ。でっかいなー」


 身長2m20cmはあるだろう。


「直ちゃん、学校遅れるよー」


 花凛が俺の手を引く。しぶしぶ俺は駅の改札口を通った。



 学校前までくると、2年生らしき男子生徒たちが5人ほどいた。バットをもって青スライムを取りかこみ殴っている。一般人でも5人もいれば、青スライムはまったく脅威にならない。


 5人組がやっているのは、たんなるお遊びではない。学校の周辺のスライムを排除しておくように教師から言われたのだろう。不意の事故に合わないよう、積極的な魔物の排除は推奨されていた。



 校門を通って、学校にはいる。


 ダンジョンが現代日本にあらわれてから、学校にも大きな変化があった。


 学校の姿は変わりはてていた。


 校舎の窓ガラスが何枚も割れているのが、校門を通れば、すぐにわかった。


 学校は、何十年もまえに不良学生が大暴れしていた時代のように、荒れはじめていた。



 一時間目の授業がはじまった。



 しばらくして……


「ぐおおおおっ!」


 突然、廊下から男の叫び声がし、近づいてくる。


 ガンガンと何かを殴りまくる音がした。ガラス窓が割れる音も何度かする。


 やがて、音が近づいてきて……、



 ガラッと、教室の後ろの扉がひらいた。


 入ってきたのは、同じクラスの男子生徒、横田だ。


 横田は、低身長・小太りの男で、1年のヤンキーグループの一員だ。右手には釘バットを持っている。


 横田は、自分の机の上にカバンを置くと、


「ぐおおおおっ!」


 叫びながら、持っていた釘バットで、教室の後ろのたななぐった。


 ガンッ! と教室内の人間を威嚇するような大きな音が鳴る。


「ちきしょー。腹立つ。あのヤロー!」


 登校中に、他校の生徒と喧嘩でもして負けたのだろうか。横田の頬と目が腫れていた。横田は『加護』を持ってるいるが、他校のヤンキーも『加護』を持ってるだろうしな。


 授業をしていた中年男の数学教師はなにも言わない。いや、言えないのだ。


 横田がもらった加護は【釘バット】。なんと、釘バットを使った戦闘がうまくなるというものだった。加護の力は大きい。加護が横田を、武道の熟練者のように強くしていた。



 クラスの生徒たちは、横田に目をつけられないように、うつむいている。目をあわせれば、どんな難癖をつけて絡まれるか、わかったもんじゃないからだ。


 俺の席はちょうど、教室の入口側の一番うしろにあった。


 横田は、教室を出て行き際に、俺の頭を拳で殴っていく。後頭部がひりひりと痛んだ。


 横田が生徒たちを殴るのに、理由はない。ただ殴りたいから殴るのだ。



 学校では一部のヤンキーグループのあばれっぷりが目立っていた。


 警官は魔物退治にあくせくしていた。ただでさえ、警察署が謎の爆発をし、犠牲者が多数でたので、警官が圧倒的に足りてない。


 一方で、ヤンキーの暴行をおさえるのに役立つはずの体育教師は、ほとんどが25歳以上で、加護がもらえてなかった。いくら体力のある体育教師でも、戦闘系の加護をもらったヤンキーにはかなわない。


 多少の暴力沙汰では、通報しても警察は来てくれないし、教師も助けてくれないのだ。


 しばらくすると、再び教室の扉が勢いよく開いた。開いたのは前の扉だ。


 横田を先頭に、三人の男子生徒が、ずかずかと入ってくる。


 横田たちは、教壇の前にいた中年教師を押しのける。


「おい、なんだ、授業中だぞ」

「うるせーよ。黙ってろ、オッサン!」

 注意する教師に、横田が怒鳴りつけ、いきなり頭を殴った。


「うっ……」

 教師は、殴られた頭を手でおさえながら、すごすごと窓際に退いた。その表情には、ありありと恐怖が浮かんでいる。



 教壇の前に立った3人組は、1年生のヤンキーグループだ。


・加護【釘バット戦闘】の横田

・加護【ボクシング】の上川

・加護【喧嘩】の菊池


 3人組のリーダー格である菊池が、ドンッと、こぶしで強く教卓を殴りつける。教室の生徒たちを威嚇いかくするように見まわした。


「おい、よく聞け。おまえら一年は、今日から俺たちの奴隷だ。いいな!」


 菊池が教室の生徒たちをにらみつけていく。一人でも反抗するそぶりを見せれば、絶対に許さないという態度だ。


「これから、俺たち3人はダンジョンに入ってレベルをあげる。それで荷物持ちや雑用をする奴隷が必要になる。おまえたちが交代でやるんだ。わかったな!」


「なんでだよ、横暴すぎるだろ」


 不満の声をあげたのは、柔道二段の土屋だった。土屋の加護は、もちろん【柔道】。


「おいおい、こいつ、俺たちに口答えしてるぜ」

 加護【ボクシング】の上川が、軽薄な口調で菊池にちらっと視線を向ける。


「土屋、自分で何言ってるのかわかってんのか? こらあーっ!」

 横田が怒鳴り声をあげた。



 3人は、土屋の席まで歩いていくと、取り囲んだ。


「なんだよっ!」


 土屋が立ちあがる。


 すかさず、加護【喧嘩】の菊池のパンチが土屋の顔面を襲った。


 土屋は、なんとか倒れるのをこらえて、菊池の服を掴んだ。


 柔道技をかけようとしたところに、背後から上川のフックが横田の脇腹に刺さる。


「うぐっ……」


 フックは、もろに肝臓をヒットし、土屋がうめく。


 さらに横田の釘バットが、土屋の膝を強打した。


 一対一なら土屋も、加護【柔道】で善戦できたかもしれない。しかし、三対一の戦いは一方的だった。


 床の上に倒れた土屋に、三人の追い打ちが続いた。



「……思い知ったか」


「ちょっと柔道ができたって、俺たちに逆らったらこうなるんだよ!」


「まあ、いい見せしめにはなったな」


 3人組は言ってから、何事もなかったかのように教室の前にもどる。


 残された土屋は、ボコボコにされて、床の上に倒れ、虫の息になっている。



 ふたたび、菊池が教卓を力いっぱい殴った。


 ものすごく大きな音がした


「ひっ」


 何人かの女生徒たちは、恐怖にふるえて身をすくませる。


「いいか、てめえらっ! 奴隷が俺たちに口答えすることは、いっさい許さん!」

 菊池が声をたかめる。


「そうだ、文句あるやつは、前にでろ!」

 横田が、おどすように釘バットを振り上げ、一番前の生徒の机を殴った。


「ひゃっ……」

 机についていた生徒が悲鳴をあげる。木製の机の表面は、割れてぐしゃぐしゃになっていた。



「じゃあ、今からダンジョンに行くぞ。今日の雑用・荷物持ちは、そうだな……。最初は、おまえだ」

 示した菊池の指先は、俺をさしていた。


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