第3話 RPGとドラゴン

 


 陽の光がレースのカーテンごしにふりそそぐ、ピンク色の豪華な部屋で、希愛のあは目をつむり、頭の中で想像をくりひろげ続ける。


 希愛はこのお城のお姫様で、絢音あやねはこの城にホームステイしているとなり町のお姫様。執事やメイドも数えきれないほどいて、希愛たちの身の回りのお世話をしてくれる。オシャレでステキなドレスに身を包んで日々を過ごし、欲しいものはなんでも買える。


 想像に想像を重ね、この世界は希愛の思った通りに動くようになった。まさに、子供の頃から夢見ていたプリンセスの生活だ。希愛と絢音はこの何不自由ない生活に幸せを感じている。


 そんな生活をして何日間かたった夜のこと。希愛と絢音はキングサイズのベッドの上に二人仲良く向かい合って寝転び、スナック菓子を広げてお話ししていた。


「この世界にしばらく入り浸っているけど、現実世界は大丈夫なの?あたしたち、行方不明ってことになってない?」


「んー、大丈夫だと思う。おじいちゃんもよくオルゴールの世界に行ってるらしいんだけど、行方不明になったってさわがれたことは一度もないよ。おじいちゃんいわく、何日間もオルゴールの世界で冒険したときも、現実世界は長くても一時間くらいしか経ってないんだって。だから、大丈夫なんじゃないかな?」


「ふーん。それならいいんだけどさ」


 希愛と絢音はポテトチップスを口の中にほおばり、話し続ける。


 絢音と何日か過ごしてみて、絢音が同級生たちから「変わっている」と言われる理由がわかった。彼女は同じクラスになった人に手当たり次第、心理テストや質問をして同級生の想像力を試していたのだ。


 たとえば、「現代社会で『勇者』になるために必要なことはなに?」「スマホから連想できることは?」「お昼の放送で流れる曲を聞いて、想像したものを言ってみて!」など、なんの脈絡なくとつぜん、クラスのみんなに話題をふっていたらしい。

 そして、その答えが平凡なものだとわかると「んー、それは私の想像圏内だなぁ…」とひどくがっかりして、その場から離れていたという。


「なんでそんなことしたの?そんなことしたら、みんなに変な人って思われちゃうのに」


 希愛がたずねる。希愛は変わっていると言われるのが嫌だった。人とちがうとみんなからきらわれ、友だちが出来づらいということを低学年の時に学んだ。だから、絢音が変な行動を取れることが不思議だった。絢音はみんなに変な人と言われるのは嫌じゃないんだろうか。


「だってさー、私、ずっとずーっと、オルゴールの世界にいきたかったんだもん。おじいちゃんは『自分で想像のトビラを開けなさい』とか言って、オルゴールの世界に連れて行ってくれないの。でも、自分の力じゃたどりつけなくてさ。だから、想像力豊かな人を探そうって思って、みんなを試してたの」


 絢音は悪びれる様子もなく、答える。


「でも、絢音ちゃんも自分のウワサを知ってるでしょ?変わってるとか言われて嫌な気持ちにならなかったの?」


「うーん…。私の興味は全部オルゴールだったからなぁ…。他の人がなんと思おうが、オルゴールの世界に行けたらよかったの。だから、そんなに嫌な気持ちにならなかったなぁ…。それに、『変わってる』ってなんか特別っぽくない?『変わってる私』でいたら、オルゴールの世界にいけるかなとも思っちゃったんだよね」


 イタズラっぽく笑う絢音に、希愛は自分を重ねる。


「ちょっとだけ…、わかるかも。『あたしも物語の主人公になりたい!』って思って、主人公っぽくふるまうことがあるし」


「ホント?それ、私もだよ!あはは、実は私たち似た者同士かもね」


 希愛と絢音はお互いに顔を見合わせて笑う。


 ―――久遠絢音くおんあやねは変わってる。


 たしかに、そうかもしれない。だけど、この何日間かで、久遠絢音が変わっているだけじゃなく、自分の気持ちにまっすぐで優しくて明るい少女であることを知った。


 むしろ、ちょっと好きかも。


 希愛は心の中でそんなことを考える。絢音は希愛が想像することをすべてほめてくれた。時々、町中などで一人でこっそりとごっこ遊びをしていることを絢音に打ち明けたら、

「すごい!本当に希愛ちゃんは想像力が豊かなんだね!」

 と、目を輝かせてほめてくれた。絢音の言葉が希愛を特別な存在にしてくれる。それがすごくうれしかった。


「にしても、こうしてお菓子を食べて、ゴロゴロするのって、サイコー!ベッドの上で一日中ぐうたらしてても、行儀悪くご飯やお菓子を食べても、口うるさいパパやママ、先生がいないから誰にも怒られないんだよー!ホント、最高の毎日だね…。こんなステキな毎日を作り出してくれた希愛どのには感謝してもしきれないよ」


 『希愛どの』とわざとらしく大げさに言う絢音が少し面白くて、ふふっと笑い声をもらした。


「…でもさ、ちょっとだけ味気なくない?全部が想像通りだと、それはそれでつまらないっていうか…。予定通りすぎて、物語として刺激が足りないというか…。もし、物語の『主人公』なら、ここで苦難を与えられて、ゲームのRPGみたいな冒険を始めると思うんだよねぇ…」


「ほうほう…?」


「異世界でドキドキハラハラする冒険!そして、力強いドラゴンとの最終決戦!その先には盗まれたお城の宝物が―――!みたいなさ」


「おー、夢があるなぁ。ていうか、希愛ちゃんってゲーム好きなんだ?」


「好き好き!なんでもやるよ。RPGも対戦ゲームも!絢音ちゃんはゲームやらないの?」


「んー…、あんまりゲームは興味ないんだよね…。でも希愛ちゃんの話を聞いてると、ゲームが想像力なカギな気もしてきたよ。うーん、現実世界に帰ったらやってみようかなぁ」


 ドンッ!


 絢音とおしゃべりしていたら、とつぜん、後ろで大きな音が部屋中にひびく。振り返ると、黒いスーツに身をまとい、黒い蝶ネクタイをしている白髪の初老の男性が、ドアをいきおいよく開けて、入ってきたところだった。


「じいや、とつぜんなに?どうしたの?じいやが部屋をノックして入らないなんて珍しいじゃない」


 じいやはこのお城に住む執事長だ。執事の中で一番えらい人。そんなえらい人が希愛の付き人をやっている。希愛はそれがとてもほこらしかった。


「希愛さま!大変でございます!」


「なになに?どうしたっていうの?」


 二人はベッドから降りて、じいやに近づく。


「城の地下で眠っていた封印されしドラゴンが解き放たれ、城の宝であるオルゴールをうばって飛び立ってしまいました!」


「え?は?いや…なにそれ、どういうこと?」


「こちらをご覧ください!」


 じいやはウデに抱えていた茶色くくすんだ古びた紙を取り出して、真っ白なテーブルの上に広げる。希愛と絢音もテーブルのそばに歩みよった。


「こちらはいにしえより伝わる絵巻物でございます。ここにドラゴンの絵と秘宝が記されております」


 絵巻物をのぞきこむと、そこには大きく描かれた真っ黒なドラゴンと数日前に勝手に飛び立って行ってしまったお城のオルゴールの絵が描かれていた。


「これって…」


 絢音と視線をからませる。


「勇者の血を引く姫さま!今こそ立ち上がるときです!この悪しきドラゴンをたおし、こやつから秘宝を取り返してください!」


 とつぜんの出来事に頭の中がぐちゃぐちゃになる。


 ドラゴン?秘宝?なに言っているの?そんな設定、今までどこにもなかったじゃない…。


 サーッと胸の奥が冷たくなるのを感じた。


 ドラゴンなんて、たおせっこない。どうしていきなり、ドラゴンなんて…。


 そう思っていると、となりにいた絢音が希愛をヒジでこづいた。


「ねぇ、もしかして、これって、さっき希愛ちゃんと私が話してた内容に似てない…?RPGみたいなことがしたいって話してたからこうなっちゃったんじゃ…?」


 絢音のヒソヒソとした耳打ちに、希愛はハッとして、口元をおさえる。


「そうだよ!絶対そうだ…!わわ、どうしよう!」


 希愛は泣きそうになった。平和な毎日はつまらないと思ったけれど、RPGのようになればいいなとは思ったけれど、本物のドラゴンと戦うとなると話は別だ。凶暴なドラゴンと戦う勇気を希愛は持ち合わせていない。


「これが、いにしえの勇者がドラゴンを封印するときに使ったとされる聖剣です。どうぞ、希愛さま、こちらを使ってくださいませ」


 じいやはひざまずいて、希愛に古びた長剣を差し出した。鞘におさめられた長剣からはどことなく強い力を感じる…気がする。


 希愛が長剣を手に取った次の瞬間。長剣はキラキラと黄金に輝きはじめ、鞘にあったいくつもの傷がシュワっと瞬時に消え失せた。


「おぉ、さすが勇者の血を引く希愛さま…!剣にも選ばれたのですね!この剣は選ばれたものだけが使える魔法の剣。選ばれし者が所持すると剣が反応するとか…。まさに先ほどの光こそ!希愛さまが選ばれたという証でありましょう!」


 じいやが目を輝かせて、うれしそうに語る。希愛の胸がどきりとうずいた。


 選ばれし者、だなんて、本格的に主人公っぽい。ドラゴンとは戦いたくないけれど、特別感に胸がソワソワし始める。


「さて、絢音さまにはこちらを。こちらはいにしえの勇者を守ったとされる賢者の盾であります。この盾はいかなる攻撃をも防ぐ、と言われております」


 ひざまずいたまま、今度は絢音にボロボロの盾を差し出す。


「え!私、盾使いなの?えぇ…。なんかパッとしないなぁ…。うーん…。まぁしょうがないか」


 絢音はしぶしぶ盾を受け取ると、その盾は銀色に光り輝き、すっぽりと絢音のウデにハマった。


「絢音さまもさすがでございます!希愛さまのご親友なだけはありますな」


 じいやは立ち上がりながら、満足げにうなずくと、

「荷物はこちらで用意しておきました。長旅になるかと思いますので、執事、メイド一同、お二方が無事に帰ってくることを願っております」

 と、深く深くおじぎをし、茶色いバックパックを二つ置いて、部屋から出ていってしまった。


 部屋に残された希愛と絢音はぼうぜんとじいやが出て行ったドアを見つめる。


「ど、どうしよう…。ドラゴンと戦うなんて、そんなの…無理なんだけど…」

 希愛が不安げにそういうと、


「そんなん私もだよ!…あっ!希愛ちゃん!今帰りたいって強く思えばいいんじゃないかな?そうすれば、オルゴールがパッと目の前に現れて、ドラゴンと戦わなくてすむかも!」


 と、とてもいい案を提案してくれた。


「それいいね!じゃあオルゴールが手元に返っくるって想像してみるね!」

 希愛はギュッと目をとじる。


 無事に元の世界に帰りたい。あのオルゴール屋敷に帰りたい。だから、オルゴール、戻ってきて!


 強く強く願う。


 だけど、オルゴールが現れる気配は全くなかった。


「だ、だめだ…!どんなにオルゴールを想っても全然出てこないよ…!」


「…私、さっきまでのやり取りを思い出してたんだけど、希愛ちゃん、『苦難を与えられて』って言ってたよね…?もしかしたらそのせいでオルゴールが現れないのかなって。オルゴールが現れないこと、それが『苦難』なんだよ!…多分、だけどね…」


「そ、そんな…!でも、ドラゴンと戦うのは本当に嫌なんだよ!だって、すごくすごくこわいもん!」


 本心だった。ドラゴンと戦うのはこわい。できることなら、戦いたくない。けれど、希愛は、聖剣に選ばれたこと、RPGのような経験ができること、それらを心のどこかで喜んでいる自分がいることもわかっていた。

 オルゴールが現れない理由に心当たりがある。本気で帰りたいと思っていないのだ。だけど、希愛の想像の世界に巻き込んでしまった絢音に申し訳なくて、正直なことを言えなかった。


「うーん…。こうなったらしかたないね。どのみちオルゴールがないと、元の世界には帰れないんだし、ドラゴンからオルゴールを取り返そう!」


 絢音はしれっとした顔で言うと、ウデにハマっている盾を高らかにかかげた。


「絢音ちゃん、それ、本気で言ってる?」


「もちのろん!…実はね、私、ドラゴンと戦うのちょっぴりドキドキワクワクしてるんだ。だって、これってオルゴールの世界じゃなきゃできないことでしょ?だから、できることは思いっきり楽しんじゃおうって、この世界にとじこめられたときにふっきれちゃった!」


 すがすがしい絢音の顔を見て、希愛はほっと胸をなでおろした。


「よかった…。ホントはね、あたしも少しだけこの状況にワクワクしてたの…。こわいけど、ゲームの主人公みたいで胸がときめいて…」


「あはは。同じだ。やっぱり私たちって似た者同士なのかも!」


 希愛と絢音はくすくすと笑い合う。こわいけど、楽しい。ワクワクする。こわいと楽しいという反対の感情が一緒になるなんて、今日の今日まで知らなかった。


「よしっ!それじゃあ、ドラゴン討伐に参りますか!」


「だね!」


 二人は意気揚々と、クローゼットの中になぜか入っていた茶色の探検服に着替えて、お城を後にした。


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