10代のまだ感性が瑞々しかった頃に、舞台「不知火検校」を観に行った話

黒星★チーコ

◆パンツに大麻おじさん→最高の俳優さんにイメージが変わった


 こんにちは。黒星★チーコです。

 今回はかなりマイナーなエッセイだと思います。

 タイトルにもある「不知火 検校しらぬい けんぎょう」。これを見て何の事かわかった方は、かなり昔の映画通、または俳優の勝 新太郎かつ しんたろうさんの熱心なファンでしょう。


 ぶっちゃけ私も舞台を見るまで知りませんでした。だって元ネタである映画「不知火検校」は、1960年公開なんですって。私の両親どころか祖父母の時代の映画です。

 故・勝新太郎さんがあの有名な「座頭市」に出演する前に撮られたものなのだそうです。




 この舞台が演じられたのは1994年。なんと29年前です。

 当時、まだ10代後半だった私はいっときだけ演劇にかぶれていました。

 かぶれてというのは大袈裟かもしれません。幼少時に何度か演劇を観ていた事、そして「ガラスの仮面」を読んでいた事(笑)から演劇に対して「よくわからないもの」という先入観はありませんでした。しかし哲学的と言われていた難解な現代演劇を見て「意味不明。つまんない」と思ってましたから、そこまでの演劇マニアではありませんでした。


 でも、周りがディズニーランドとかアイドルのコンサートに青春を費やす中、一人で舞台を観に行く事に時間とお金を使っていたのですから少々変わっている子、くらいではあったと思います。


 そんな時、当時尊敬していたある人に「勝さんの『不知火検校』を観て来た。あれは是非観るべき」と教えて貰いました。

 勝新太郎さんのお名前を聞いてビックリしました。だって彼と言えば「パンツに大麻」事件ですよね。

 ニュースで見て「なんて馬鹿なんだ!」と大笑いしたのを覚えている……というか、彼については「座頭市」とその事件のイメージしかありませんでした。それもそのはず、彼は事件以降芸能活動を自粛していたはずですから、新たなイメージの有り様も無いのです。


 今にして考えると、その舞台は芸能活動の復帰作品だったのだと思われます。「座頭市」の前の「不知火検校」を演じる事で原点に立ち返る、という意味が込められていたのかもしれません。


 正直、お勧めされたとはいえ迷いました。演目もよく知りませんし、勝さんには良いイメージがなく、劇場は銀座。金額も貧乏な若者が払うにはかなり厳しい額です。

 それでもバイト代をかき集め、勇気を出して一人で行ったのが良かったのか当日券があり、それがとても良い席でした(多分事前購入のキャンセルが出たのでしょう)前から10列目、ど真ん中です。

 しかし流石銀座。周りのお客様は全員品の良い、お金持ちそうなオジサマオバサマばかり。私はかなり浮く存在で、恥ずかしくて席に縮こまっていました。


 が、それも幕が開くまで。舞台が始まるとすっかり引き込まれました。


 お話は江戸時代、不知火検校が産まれる直前から始まります。赤ちゃんが産まれる事にワクワクしている父親の役も一人二役で勝さんが演じていました。

 その溌剌とした動きに(勝さんの年齢っていくつだっけ? 芸能活動自粛していたのに衰えていないんだなあ)と感心しつつ、随所に挟んだ小ネタにクスリとさせられます。


 そう。笑いがあるんですよ。凄くないですか? 有名俳優だからどーん! と偉そうに構えて迫力満点の演技をしているだけでも許されるのに、道化さながらにクスリとするようなセリフや動きを挟むんです。でもこういうのがあると一気に舞台が面白く、楽しく観られますよね。


 話は進みます。せっかく産まれた赤ちゃんでしたが目が不自由で、成長すると按摩あんまさんとして生きていくことになります。

 シーンが変わり、按摩さんの勝さんが男のお客にマッサージをしながら語るのです。


「お客さん、女を抱いたことはありますかい?」


 お客があると答えると、勝さんは目をつぶったまま、マッサージをしたまま、それは悲しそうにこう言います。


「女を抱きたい。この仕事でずっと女の体を触っているのに抱くことは叶わない」と。


 それが本当に本当に、せつない欲望が現れていて。願いが叶わないうちにひどく拗らせてドロドロになっているのが伝わってくるのです。

 私は「俳優さんってすごいなぁ」と吐息が洩れました。だって勝さんて昔はモテたんでしょう? それを(言い方が悪いんですが)生涯童貞の悲しさをこんなに表現できるものか、と。


 話が進み、ひょんなことから(ちょっとうろ覚えですが、高名なお坊様を間違えて殺してしまった人が、按摩さんにお坊様の身代わりになるよう頼んだ、かと)按摩さんだった主人公はお坊様になり不知火 検校と名乗るようになります。


 そしてそのお坊様になった主人公は、めちゃくちゃ悪い生臭坊主として「お主も悪よのう」を地で行きます。

 当然ですね。元々仏門に縁もゆかりも無く、自らの身の上を呪って「女を抱きたい」と言っていたのですから。その欲望を晴らそうと、不知火は女と金にまみれた悪の道へと邁進します。


 この舞台は二部構成だったのですが、一部は不知火が悪の道で成り上がったところで終わります。


 そこが最も印象的だったシーンで、絢爛豪華な袈裟を纏い(殺された本物のお坊様は質素な袈裟を身に着けていました)、千両箱に手を突っ込んで小判を鷲掴みながら高笑いする不知火検校。

 ビカビカのスポットライトの光を、千々に乱れ降る金の紙吹雪が乱反射して、狂ったように笑う不知火の顔を更に輝かせます。

 それらを徐々に降りてきた緞帳が覆い隠していく。素晴らしい幕切れでした。


 二部は成り上がった不知火が裏切られ、ふと自分のやっていることの恐ろしさと虚しさに気付き、仏とは、人生とは何かを今になって考える……という話だった気がしますが一部のラストが凄すぎてあまり印象に残っていません。

 しかし最後まで見終わったあとの感動と満足感は大変なものでした。勿論会場は割れんばかりの拍手でアンコールを欲していました。


 全てが終わった後、自分には不釣り合いな劇場と金額の舞台だったにもかかわらず、私は本当に観に来て良かったなぁと思い、お勧めしてくれた人に感謝しました。勿論私の中の勝新太郎さんのイメージも「パンツに大麻おじさんwww」から「本物の素晴らしい俳優さん」に大きく変化しました。




 その後、同じくらいの金額や規模や有名人の舞台も何度か観ましたが、満足感を得られた作品は多くはありませんでした。

 演劇の良くないところのひとつはこれですよね。ハイリスクハイリターン。高いお金を払ったからといって、必ずしも良いものとは限らないという……。


 一応良かった物も挙げますと、美輪明宏さんの「黒蜥蜴」はとても良かったです。女の黒蜥蜴が男装して(美輪さんがやってるからややこしいなw)逃げるシーンはかっこよかったですし、途中で美輪さんが客席通路を通って舞台に上がる演出があるのですが、お供の者が香水を振り撒きながらついてくるんですよ! めちゃくちゃいい匂いでした……。


 あとベタですけど劇団四季は楽しいですね。あれぞプロフェッショナルエンターテイメント! という感じがします。

 「キャッツ」は歌とダンスの素晴らしさにあっという間に時間が過ぎて行きましたし、「アラジン」を観たら最高に楽しかったですもん。私はそれほどディズニーに興味はないのですがあれだけ楽しかったので、ディズニー好きの方ならもっと楽しめるのではないでしょうか。




 私は映画もゲームも好きです。昨今のCG技術の素晴らしさは言わずもがなです。現実では難しい大爆発や、魔法の世界、魔物などもリアルに表現されていて、まるで現実のように見せてくれますよね。

 でも今の若い人達は映画を配信サイトで1.5倍や2倍速で観る事も多いのだとか。効率的で賢いなとも思いますが、せっかくの迫力のCGも二倍で流されてしまいますし、それって話のあらすじを抑えただけなのでは? という気もします。


 映画に比べると演劇の舞台はいささか古くさいものに思われるかもしれません。

 舞台は二倍速では観れません。配信ではなく劇場で観るのならお金も時間も取られます。トイレも行きたいときに行けません。


 でも、そんな中でも演出家や俳優さん、大道具さんなどが知恵を絞って「現実では難しいもの」や「本来は目に見えない筈のつぶさな人の心」を表現しようとしています。


 それらの結晶が「不知火検校」の第一幕の終わりの、人間の汚さだったり、「黒蜥蜴」の夢か現かわからないシーンだったり、「アラジン」の魔法の絨緞(アレはマジで凄い! どうやって飛んでるのかわからない!)だったりするなと思いますし、それらを目の当たりにすることは映画やゲームにはない貴重な経験です。


 私は10代の、まだ感性が瑞々しかった時に「不知火検校」を観ることができたのは非常に貴重な体験で、宝物でさえあったのではないかと思います。


 若い人達には、一度でいいから本当に面白い舞台を生で観てもらいたいな~と思う次第です。

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