第二十話


 領内にあるいくつかの村を回ったが、結果として移住することに関しては好意的に受け入れられた。


 住んでいる者達も自分達だけで暮らしていくのは難しいと感じていたらしく、自給自足の生活をするのも限界だと話し合っていたらしい。そんな中、領主自らが世話をするから移住しないかと言われれば渡りに船だと飛びつくのは当然と言える。


 前領主に限らず、この土地は昔から国を隔てる山脈があるせいでロクな開発もされてこなかった影響で未発達な部分が多い。すなわちインフラや治安についてもこれまで保証されてきた事はなく、自給自足で進化のない日々を送らざるを得なかった。


 この国に守られていると庇護を感じられない割に税は取られるのだからやってられないとも思っていたのだろう。


 平民のそういった感情はバカに出来ない。


 国の崩壊とは細かい感情の乖離から始まるものだ。


「しかしそうなると、問題になるのは食糧事情だな……」


 無論考えがない訳ではない。


 移住を勧めているのはこちらだし、向こうは数少ない財産を持って住居を移すのだから金銭的にも余裕があるわけでもなく、安定するまでは俺達行政が手を貸す必要がある。


 将来的な利益を考えれば大したことのない金額だ。


 だから出し惜しみはしない。


 ただの平民はともかく、村長にはその意図は伝えてある。


 ただ優しく恵んでいるわけではなくて、将来的な利益を見込んだから手を差し伸べた、と。


 そして今、執務室に主要なメンバーを集めて話し合いの場を設けている。


 俺の中では既に解決策は見出せているが、今回の一連の流れを自分達で解決出来るかという実験を兼ねての話し合いだ。俺はあくまで聞いているだけで、ファースト、セカンド、ヴェリナ、あとはまあ、ヴァレリー。

 現状政治方面で最も信頼出来るのはヴァレリーだ。

 セカンドにはこいつ以上にやれるようになってもらわねばならないので、教育も含めて口出しを許している。


「現在の備蓄分では到底足りませんね……」

「まだ数日の猶予はありますが、急に揃えられる量にも限度があります。ベストは商会を経由して全国からかき集めることでは?」

「いやいや、それは些か商人というものを舐め過ぎですよ。我々は金を集めることだけを考えていますから、足元見られて暴利を叩きつけられるのがオチです」

「そうでしょうか。ここで法外な金額を提示した場合、今後取引してもらえなくなるリスクが高い。恩を売りつけるという意味でもここで買い叩かれることはあり得ないのではありませんか」

「いいえ全く。むしろ将来敵になるかもしれない商売敵を早々に潰せてラッキー程度の感覚に過ぎません」


 国の運営と商人は密接に関わっている。


 ただ国を導くための教育を詰め込まれた者は商人を蔑ろにしてしまうことが多い。銭を得ることだけを考えている商人が穢らわしいものにでも見えているのかは知らんが、異常なまでの税を取ろうとしたりする。


 愚かなことだ。

 税は安ければいいというものでもないが、高ければいいというものでもない。

 支払っても得した気分になれる金額に抑えてあとはとにかくたくさん人の往来を増やす。こうするしかないのだ。実際に商人として世界中を巡ったから理解出来た。


 ファーストは十分理解しているだろう。


 セカンドはまだ理解が足りない。


 ヴェリナからすれば、目から鱗と言った所だろうな。


「……そうすると、将来的に環境の変化が訪れなくなる。それは商会からしても望ましくないことでは……」

「それもいいえ。今この国を牛耳っている商会はおそらく2つか3つ、この体制がどれだけ続いているのかはまだ調べていませんが、もうズブズブでしょう。何もしなくても利益が生まれ続ける環境を変えたいと思いますか? 金に目がない商人が」

「う……それは、確かに」

「それに加えて商人というのは敏感です。この国が将来どうなるかわかりませんが、既に不穏な気配がしている。来たばかりの私でさえそう思うのだから、よほどの無能でもない限り気がついている筈。金を得られるだけ得てあとはとんずら、なんて準備もしているかも」


 実際、戦争が始まるということに真っ先に気がつくのは商人だ。


 武器や防具、その材料となる鉄。

 食料を大量に買い込んだり戦前の準備を行えば、すぐわかる。


「それに、この地の生産力も疑われます。民が少ないのだからしょうがないといえばそうですが、そんなの民からすれば知ったことではない。生産力の伴わない土地で集団生活なんて恐ろしくて出来ないでしょう?」

「はい……」

「貴族としての貴女は尊敬に値しますが、為政者としては些か信用に欠けると商人からは言わせていただく」


 ヴェリナは項垂れた。


 ……実際今回の話は、かつてのヴェリナを否定するのと同じようなものだ。


 国のため、姫のため、残った僅かな民と兵士で玉砕覚悟の作戦を決行した。


 それはきっと悪いことではなかった。

 武家の娘として正しいことをしたのだろう。

 だがここに至るまで、徐々に首を締め付けられるように追い込まれていく過程は認識できていなかったのでは無いだろうか。


 国は貴族と民によって成り立っている訳ではない。


 色んな要素が複雑に絡み合って、それぞれがなんとか互いの妥協点を見出して利益を出そうと努力しているから成り立っているのだ。


 そして俺が金をとにかく求めているのは、金さえあれば解決出来ることが世の中では大半だからだ。


 戦争の勝ち負けを左右する事はなくても、そこに至るまでの経緯や準備の観点で見ても段違い。金のない国と金のある国では、天と地ほどの差がある。


「俺は金の信奉者だが、金を集める目的は一度も変えてない。金はあればあるだけ良い。金があれば何でも出来る。商人という立場も経て、俺は今の政治観を養った」

「……己の未熟さを恥じるばかりです」

「これから学んでいけばいい。貴族としての人心掌握術や演説と言った技術は既に一定以上のものを持っているのだから、あとは俺に合わせるように努力しろ」

「はい……!」


 そしてヴァレリーからは『損な役回りさせましたね』と言いたげな視線が飛んできている。


 俺は別に頼んでない。

 勝手に汲み取ったあいつがやっただけだ。

 だが、優秀な人間には褒美を与えるのが俺のやり方。


 また後日、パイプを繋ぎに他所に連れてってやるとするか。

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