第十八話
「ご主人様、賊の掃討が終わりました」
「被害は?」
「ありません」
「よし、良くやった」
計画通り。
一安心と言ったところか。
領内を根城にしている山賊に関しては放置していたが調査していない訳ではなく、戦力自体は把握していた。
ゆえにどれくらいの戦力があれば大丈夫かは常に計算していたが、いざ実際に戦闘が始まれば俺の計算が及ばない部分が発生する。
イレギュラー、すなわち不測の事態。
圧倒的強者が弱者のラッキーパンチで絶命することも珍しく無い。
今回はそれが起きなかった。
順当に実力通りの結果が生まれたのは喜ばしい事だ。
若干血を被っているファーストに手拭いを渡しつつ、持ってきた首を確かめる。
「こいつが頭領か」
「はい」
「どうだった?」
「大した事はありませんでした」
いつも通りの無表情で言い放った。
ファーストの実力は並大抵のものではない。
武勇を誇りにしている武将が相手であっても打ち合う事が出来る、異質なものだ。
元より貴族の娘、才能はあったのだろう。
それが長年戦争奴隷として使役されてきた事で磨かれていき、やがて全てを投げ出し逃げる事を可能としてしまった。
この世全ての苦しみを受けながら絶命したかのような苦悶の表情で息絶えている生首。
名前も知らん賊の頭領には同情する。
やる気もない鍛錬もしてない兵士相手ならば十分勝てる体格をしていたのだろう。それこそミュラー侯爵の元で毎日遊ぶ呆けている様な貴族なら殺せる実力はあった。
だが、ファーストは俺の大事な奴隷だ。
お前如きに勝てる相手ではない。
俺の領地でいつまでも活動していたのが運の尽き。
さっさと領地から逃げていれば追わなかったが、欲張ったな。
「誰かあるか!」
「は、ここに」
「首は埋めろ。獣に掘り返されんように、それと先に殺したはぐれた賊がいたな」
「はい。死体はまだ処理しておりませんが」
「誰でもいい、村に持っていって民に見せろ。そして賊は打ち倒した、これからは怯えなくていいと伝えておけ」
「はっ!」
騎馬隊が数人抜けて行く。
領内で最大規模だった盗賊団はこれで駆逐できた。
後は数人単位で細々と活動してる奴らばかりで、そういう連中はあまり積極的に村を襲わない。
賊にも縄張りがある。
この最大規模の賊が持つ縄張りを侵せば、報復が来る。
それを恐れていたのだろう。
そしてこれからは俺たち正規軍に怯える日々が来る。
まともな活動は出来んし、させん。
「ご主人様」
「どうした」
「村民に炊き出しを行いますか?」
「後日行う。だがそれより先に移住についての話をするつもりだ」
動乱が起きるまでに中央集権型にしたいと考えている。
要所に砦や櫓を作るのは当然として、中継地点に村を新たに構える。既存の村は放棄しても良いくらいだ。古くその土地に根付いている領民は頷かないだろうが、この現状に満足していない者は移住を決める筈。
「しかしそうすると時間が掛かってしまいます。賊によって男が減り労力に欠けている現状、補充した方が良いのでは?」
「忘れたかヴェリナ。俺の強みは何だ」
「……! 資金力です」
「そうだ。食料は金で買える」
ジルベール商会が侯爵とコネクションを持てば一気に状況が進む。
城塞都市に到着した時についでに商人に話を通せば、向こうからすれば新たな金脈が飛び込んで来たと多少噂になるだろう。
「だが労力はすぐには買えない。大量の奴隷を購入してもいいが将来的な成長性が失われる」
「維持管理費用が必要だから、ですね」
「そうだ。領民が増えれば労力が増える上に物流も加速し金も落ちる。半年後に開戦するなら奴隷でもいいが、まだ数年の猶予があるから今は焦らなくていい」
ヴェリナの言っている事も間違いでは無いんだがな。
奴隷の労働力はバカに出来ん。
実際あの山を越えるのにかなり苦労したし、奴隷の力が無ければ難しかった。
特に酷い扱いをされていた奴隷たちを購入しまともな扱いをすることで飼い主である俺達への忠誠心を底上げし、命の危険があるような作業も率先してやるように仕向けた。
人でなしだろうがなんだろうが、他の貴族や商人に比べればマシな扱いだ。
こんな扱いでもありがたく受け入れるしかないのだから、奴隷という立場はつくづく終わっている。
「移民が増えて扱いきれなくなったら、隠れ里に住んでいる連中を中心に移民村を作る。経済格差があると不満が溜まりやすいから、最速で村の基盤を作るマニュアルも用意しておけばいい」
これに関しては隠れ里のノウハウが利用できる。
住みにくい山間部に自給自足可能な村を作れたのは大きい。
あの経験を持った者達を起用すれば効率よく進められるだろう。
「治安維持に関してはどうなさいますか? 隠れ里の事はまだ詳しく知りませんが、何十何百と兵士がいる訳ではないでしょう」
「常備兵含めて100と少しだ。半数は隠れ里で農民として働いているが、有事では力になる。警備に50人では不足か?」
「今はそれで問題ありません。数年後に兵が増える見込みで?」
「
金の力は絶大だ。
一ヵ月も裕福な暮らしをした領民はその生活水準を下げる事が出来なくなる。
その生活水準を保つために働く必要があるなら必死に働くさ。
既にそれは試した。
地方都市のひとつで急速に生活水準を上げた結果、奴らは死に物狂いで働いた。堕落した者もいたが、働く者達の手によってその堕落も許されない。皆で協力し働けば働く程稼げる、そういう価値観を植え付ければいい。
王政にとってはやりにくい事この上ないだろうな。
俺に後ろ盾がなければ速攻で潰されてもおかしくはない。
だが、これが表に噴出する頃には既に……
「……ご主人様は、どこまで見据えているので?」
やや恐ろしさを孕んだ瞳でヴェリナが訊ねてくる。
「さあな。すべては見えてない」
先程屋敷で言った通りだ。
この国に動乱が起き、二つか……三つに割れる。
その時俺達は第三勢力としてこの国を搔き乱す事になる。
それまでに計画がどこまで進むか。
すべては俺に掛かっている。
「ヨハン様! 死体の処理、終わりました!」
「わかった。予定通りこのまま侯爵の元まで行くが、油断はするな。一匹も逃したりはしていないが、出戻りがいるかもしれん」
「はっ!」
馬に跨った。
洞窟内に連れてこられた女等はおらず、賊にしては頭を使ったやり方をしていたのが見て取れる。
また後日調査に来なければならんな。
「……ご主人様」
「今度は何だ」
「あっちです」
コソッと話しかけて来たヴェリナの指さす方を見てみると、そこにはファーストが居るだけだった。
「……? 何か粗相を……?」
見られたファーストも特に何とも思ってない様子だが……
「……ああ。そうか、忘れていた。ファースト」
「は、はい」
「今回、お前が無傷で戻ったのは当然の事だ。特に褒める程の事でもない」
「……はい」
「だがそれほど期待しているという事だ。まだまだ働いてもらうぞ」
「──はいっ!」
まあ、言葉で済むなら安いものだ。
だがヴェリナ、お前もこの短時間で随分俺の事を理解したな。
俺の好むやり方という物を随分を把握したらしい。
「ご主人様はわかりにくいようでわかりやすいですから」
苦笑しながら言った。
「生意気な奴め」
「嫌いですか?」
「いいや、それくらいの方が面白い」
従順なだけの奴隷より、俺の事を考えられる奴隷の方がよほど。
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