第十七話


 ヴァルバッハは王都から離れた場所に位置する辺境で、国境沿いにありながら険しい山脈が隔てている事から特に重要視されることのない未開拓地だ。


 ミュラー侯爵が領地として治めているものの特に開発が進むこともなく、管理されていない森林や川が多い。


 よって自然の洞窟なんかも放置されている事があり、そういった部分に他所から流れ込んできた賊が居を構えているのだ。


「なに? 見張りが戻ってこねぇだと?」

「うす。見回りも戻ってこねえっす」 


 その中で最も大きな集団を率いるコランドは、部下の報告を聞き怪訝な表情で返した。


「あの村にゃ抵抗する輩なんて残ってねえ筈だが……」


 コランドの率いる集団は森の中にある洞窟を中心に行動範囲を定めており、およそ3つの集落が略奪対象だ。


 常に全て奪っていっては最終的に得られるものが無くなると、盗賊ながらに計画的な略奪を行っている。


 月に1度食料と女を奪い、また数日後に飽きた女達を村に戻す。


 抵抗してくる男は殺すか、仲間に誘った。


 誘った奴には甘い蜜を吸わせ徐々に与えないようにして、自分から進んで暴力を振るうように仕向ける。そして賊として落としきる。仲間を増やすことでより安定して縄張り争いに勝てる。

 その循環で彼らは領内で一番の盗賊に成り上がった。


 それはコランドの力による部分が大きい。


 丸太のように太い腕。

 木々を斧の一振りで薙ぎ倒す剛腕。

 ただの領民や賊では抗えない強さを持ちながら盗賊として生きていくことを選んだ。


 彼は賊としては思えないほど計画的で慎重だ。


 だからこそ、力を失いつつあるミュラー侯爵の管理するこの地を選んだのだから。


「…………ここに残ってるのはどれくらい居る?」

「ほとんど残ってますけど……」

「村に半分やれ。そんで探らせろ。殺れそうなら殺れ」

「うす」


 報告してきた部下にそう伝え、どっしりと腰掛ける。


 かつて村から奪った椅子は汚れ朽ち始めているが、それを直すことは叶わない。技術もなく資材もなく、改めて奪おうにも村が貧困に喘いでいるせいで家具も更新出来てないのだ。


(そろそろこの領地も潮時か。逃げる算段を付けとくべきだな)


 元々領主の無能さを聞きつけてここにやってきた。


 どれだけ賊が暴れていてもロクに領内管理をしない無能領主だと噂で、事実その通りだった。


 村は荒れ果て食事にすら困っているのに、肝心の領主はこの地にいない。体裁状の管理すらしておらず、それでもこの地に居続けるしかない領民には同情すら覚えたものだ。

 だからといって略奪は躊躇わなかったが……


「……やっぱ、領主をもっと調べておくべきだったか?」


 コランドが懸念しているのは、1年前に代わった領主について。


 何度か街道を歩む姿を見ていたが、周囲に女を侍らせている若者だった。


 あれほどの若さで領主になるのは驚きだが、今このご時世だ。どこぞの貴族の後継だとか、そんなものだろうとコランドは考えていた。


「領主が住む周辺を根城にしてた連中は軒並み駆逐された。なぜ俺達を放置して周辺だけ駆除した……?」


 なんとなく疑問に思ってはいた。


 あの領主に代わった後、それなりの大きさだった盗賊団が壊滅したのだ。


 それも一人残らず殺された、なんて情報だった。


 当然警戒し速攻で縄張りを減らして見張りを常につけていたが、1年もの間動きはなかった。時折街道を移動する姿を見ながらも決して手を出さずこれまで通り村だけを襲い続けていた理由はそれで、計りかねていたのだ。


(優秀な奴は速攻で俺らを消すか、手を回してくるかの2択だ。領民も庇護されるわけでもなければ軍人の横暴を許さねえ。だから賊を残すってのは良くある話で、その点で言やあ、ある意味俺たちは生かされていると言ってもいいが……)


 だが、今日の今日までこんなことは一度もなかった。


 縄張りから出て調子に乗った奴が戻らなかったことはあるが、それでも領主は自分達を放置している。


 なんらかの意図があって。


 考え過ぎだとかつて切り捨てた危機感が、ここに来て込み上げてくる。


(…………ちと、不味い気がするな)


 酒を一口飲んでから、口元を拭って立ち上がろうとして──その時だった。


「お、お頭! 大変っす!」

「なんだうるせえな! こっちは考え事してんだよっ!」

「そ、それどころじゃないっす! 軍っす!!」

「……あぁ!?」

「だから、軍が攻めてきたんすよ! しかも騎馬兵が大量に! もうこの中にも入って──」


 先程指示を出した部下の言葉は最後まで紡がれることはなかった。


 首に一閃。


 ゴロリと頭が転がり落ちて、血が噴出する。


 部下に情はない。

 所詮自分にとって都合よく動く戦力であり駒だ。 

 だが、だからこそ、今この状況が頗る悪いと理解した。


「チッ!! さっさと逃げときゃ良かったぜ……!」


 斧を手に握って灯りを消す。


 正規軍が相手では流石の剛腕も自信がない。


 賊や一般的な男相手なら適当に斧を振るうだけで殺せるが、軍人となれば話は変わる。


 正面からの戦闘など最もやってはいけないことだと、コランドは知っていた。


(もう奴隷生活は懲り懲りだ、ここはなんとしてでも……!?)

「無駄だ。諦めろ」


 しかし、暗闇になっても尚相手に油断も隙もなかった。


 コランドが相手を認識するより先に、切っ先が飛び込んでくる。


 それをなんとか横に飛び避けたが、それと同時に壁に背中を打ち付け音を鳴らしてしまう。


「くそがっ!」

「黙れ。お前たちに権利は無い」

「権利だぁ!? そんなもん始めっから持ってねーよ!」


 壁を背に立ち上がって斧を構えながら、コランドは吠えた。


「俺達は山賊だ! 欲しいモンは奪う、腕っ節ひとつで! 初めから権利なんてもんを認められてたらこうはなってねーさ!」


 コランドは戦争奴隷だった。


 名を奪われその腕を買われ常に前線に送られてきた。


 その度相手の奴隷を殺し、正規軍を殺し、最後には仲間の奴隷も憎たらしい飼い主も殺して逃げ出した。そこにプライドも権利もなく、ただ生き残るために抵抗してきた。


「初めから持ってる奴らには、わかるわけねーだろうがな……!」


 腕に全力で力を篭めて、前進する。


(奴はどうせ出入り口で陣取ってる! なら話は簡単だ、致命傷を避けてタックルでぶっ飛ばす!)


 女の声だったことから、体格的有利を取っていると読み取ったコランドは賭けに出た。


 どの道、攻撃範囲では剣と斧じゃあ勝ち目がない。


 ならば斧の攻撃範囲に相手を巻き込み、一撃で叩く。


 その判断が出来る程度には戦い慣れていて、かつて戦場で生き延びた経験があった。


 しかし。


 相手もまた、ただの正規兵ではなかった。


「────ハァッ!!」


 暗闇の中で振るわれた2度の剣閃。


 最初は正確にコランドの腕を切り裂き、斧を握る力を奪う。


 二度目の交差で鎧で守られていない首を、豪快に貫いた。


「グァ……!!」


 本来突撃で押し倒せたはずなのに、その勢いを完全に殺された挙句、そのまま馬乗りで倒される。


 抵抗しようにも痛みと出血が酷く、首に刺さった剣を何度もぐりぐりと捻られその苦痛に喘ぐことしか出来なかった。


「ぐ、がぁ……!?」


 コランドは死の間際、それでも諦めずに相手の首をへし折ろうと切られた腕を伸ばし、驚愕する。


 その顔には見覚えがあった。


 かつて戦場で見かけた戦争奴隷。


 自分が逃げ出す要因となった戦いにおいて、味方を虐殺に近い形で殺して回っていた怪物。だらりと下げた片腕に身に不釣り合いな大剣を持った独特の構えは、コランドの脳に強く刻まれていた。


 だからこそわかった。


 あの相手をゴミとしか見てない目。


 人を殺しすぎておかしくなった殺人鬼特有の目つき。


 あの時逃げ出した相手が、わざわざ出張ってくるなんて──そう、勘違いした。


「テ、メ゛…………ェ……」


 言葉にも鳴らない音を奏でながら、ヴァルバッハにて一大勢力を築いていた元戦争奴隷コランドは絶命した。


 己に権利がないからと暴力を振い続けてきた山賊の頭は、ついぞ富を得ることなくその生に幕を閉じた。


 そんな山賊の姿を見て、女──ファーストはポツリと呟く。


「……権利なんて、私にもないよ」


 彼女にコランドの記憶はない。


 ただの山賊の頭を殺した、その認識のままだ。


 そしてそれはこれ以降世に出ることもなく、コランドがかつて戦争奴隷だったという事実も知られることはない。同じ戦争奴隷として戦場を生き、そして逃げ出した両名にあった決定的な違いは、出会いだけであった。


 光のない瞳のまま、暗闇に沈む死体を見下ろしながら言った。


「全てはご主人様のために。その邪魔をするなら、容赦はしない」


 

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