第十六話
「お待たせしました。これが虎の子の騎馬隊ですか」
「そんな大層なものじゃないが、これから主戦力として暫く扱っていく。常備兵としてな」
「常備兵……なるほど、我々なら維持可能な強みという訳ですね」
「理解が早くて助かるよ」
先程商会の一階で暇そうにしていた男が
馬車の荷台はそれなりに大きく、大金でも十分に持ち運び可能。
それに加えて人間一人乗せていくのだ。
中々面倒な依頼だと思うが、これをこなせばジルベール商会の名を広げることが出来る。
ハイゼンベルグ侯爵は上客に対してはそれなりに悪くない対応をすることがわかった以上、媚びを売らない理由がない。
また向こうに着いた時どっぷりと浸からせてもらうさ。
「金は倉庫にある。すぐにでも運搬作業に入れる」
「ではそうしましょう。それに関しては手をお借りしても?」
「こっちでやるさ。あとはおまけの商品だが……」
「ご主人様、連れて来ました」
ちょうどいいタイミングでファーストが戻って来た。
挨拶を終えてすぐに連れてくるように指示したのだが、その際どんな手法をとってもいいから気絶させろと伝えておいた。そのためアンネローゼは白目を剥いた状態で失神しており、両手足を縛り上げたまま担いで持ってきたのだ。
正に物扱い。
この国ではそうなる方が悪いという鉄則だ。
やった方が悪いのではなく、やられた方が悪い。
「荷台には鎖を既に用意してあります。そこに繋いでもらえれば」
「わかりました」
テキパキとアンネローゼを荷台に繋いでいくファーストを、ヴェリナはなんとも言えない表情で見ていた。
奴隷として屈辱の日々を送って来たんだ。
これから過去の自分と同じ目に遭う女を見ていい気はしないだろう。
「ヴェリナ」
「……はい」
「すぐにとは言わん。割り切れよ」
忘れられる訳がないのはわかっている。
それを十分加味した上で、お前は割り切らなければならない立場なのだと伝えた。
それはヴェリナも理解している。
だから黙って瞑目し、それを受け入れた。
奴隷出身を身の回りに置いているのに奴隷を利用して道徳心の欠片も無い商売をするのは多少リスクがあるが、仕方ない。
現状女と金こそがこの国を回している。
その理屈に俺は従っているに過ぎない。
この国の市場が変われば俺もそれに合わせて商売の形を変えるさ、もちろん。
そのうち義を重んじる武将なんかが台頭してくるだろうが、奴隷の立場が変わる事はあり得ない。
この社会において奴隷は切っても切れないシステムだ。
商人、農民よりも下のヒエラルキーに位置するこいつらがいるから現代の国は成り立っている。
酷い所では国が主導して奴隷ビジネスを行っているようなところもある。それに比べれば、領民を攫って賊に売り飛ばすような事をしていないこの国の方がまだマシだ。
「これからもこの光景は何度も見る事になる。その度にお前が苦しむ必要はない」
「…………いえ、大丈夫です。ご主人様が居ますから」
「……いちいちお前を支えたりはしないぞ」
「はい。勝手に救われます」
意味がわからん……
ファーストやセカンドですらこんな態度を取る事は無かった。
覚悟を決めてくれたのはありがたいが、妙な部分を刺激してしまったか?
まあ、それで精神を保てるならそれでいいんだが。
「相変わらずの人たらしですなぁ」
「ヴァレリー、あまり舐めた口を利くなよ」
「おっと、怖い怖い。領主様に脅されてはたかが商人に過ぎない自分じゃあ怯える事しか出来ませんよ」
「抜かせ」
そんな俺達のやり取りを見てふと疑問に思ったのか、ヴェリナが質問をしてきた。
「あの、ご主人様。よろしいですか?」
「どうした?」
「ヴァレリーさんとは一体どんなご関係で……?」
「……元部下と元上司だな」
「そうですね。元部下、現共犯者と言うのが正しいかと」
俺が直接スカウトした人間の一人だ。
ジルベール商会はこの山脈を隔てた向こう側で絶対的な地盤を築き上げているが、それをやったのが俺ともう一人だ。
「……ご主人様の商会だったんですか!?」
「既に俺の手は離れている。だが、その頃の功績や付き合いがまだ残っているからな。利用させてもらっている」
「良く言いますよ。貴方が主導してあそこまで大きくしたんでしょうに」
「部下が良く働いてくれたのさ」
10年近く時間が掛かってしまった。
当初の予定より2年は遅れた。
それは俺の無能が原因だ。
部下は十分働いてくれた。
支払いに対する労働分はキッチリこなしてくれたのだから、それを上手く扱いきれなかった俺が悪い。
だからその反省を生かして、今度の計画を改めて構築し直した。
……というより、俺の計画の本命はこれからだ。
商会は前準備に過ぎん。
そんな態度で商会を運営するトップなんて嫌だろう?
「商会に既に権限は残されてない。俺は赤の他人だ」
「……と言いつつも利用する気満々なのはわかりきっていたので、私が着いて来たんですねぇ」
「ふん、部下になる気はなかった癖に」
「あはは、やっぱお役所勤めは私には合いませんから」
だがその方が都合が良かった。
ヴァレリーは優秀だ。
俺が直接部下にスカウトしたくらいには。
だから俺の意図を汲んで商会に残る事を選んだ。
そちらの方が確実に役立てるから。
商会に俺のコネは腐る程残っているが、それらほぼ全て本国へ置いて来た。
その本国とは、この山脈を隔てて分断されている。
だからこいつが来た。
俺の信用を得ていて、既に俺の為に忠誠を誓っていて、商会の利益を考えながら共犯者として動けるヴァレリーが。
「なるほど……腑に落ちました」
「詳しい話はファーストさんに聞くと良いですよ。あの人、私より古参ですから」
「ファースト、ですもんね」
「……あいつ、そういう話するのか?」
「意外としますよ? いつも最終的に惚気になるから最早禁句になってましたが」
「…………そうか」
「あ、嬉しそう」
「黙れ。俺の奴隷としての自覚があるのは当然の事だ」
ファーストもセカンドも俺に忠誠を捧げているのは理解している。
奴隷とは言え、俺は身の回りに汚らしい奴隷を置く趣味は無い。
だから部下たちとコミュニケーションを取る事をやめさせたりはしないし、軽んじるつもりもない。
俺の優秀さを説くのは勝手だが、それを吹き込むのはやめさせなければ。
尊敬や忠誠というのは己の手で示すものだ。
俺が想定している期待に応えるのは容易だが、誰かのフィルターがかかった情報を元に期待を寄せてくる人間相手は中々難しい。コントロールしにくい盤面をわざわざ用意する必要はない。
「……ご主人様、呼びました?」
「いや、呼んではいない。少し話をしていただけだ」
「そうでしたか。荷物搬入終了をお伝えに参りました」
話をしていたらファーストがやってきた。
別に今伝える必要があるわけでもないが、後で言うのも面倒だ。
戦いを終えた後に気を落とされるのもあまり好ましくない。
今のうちに伝えておくか……
「ご苦労。それとファースト」
「はい」
「お前、俺の話を色んな奴に話していたそうだな」
「は……はっ!?」
「ヴァレリーに聞いた。話すなとは言わんが、盛るなよ」
最低限釘を刺しておけばいいだろう。
何度も繰り返す程こいつはバカじゃない。
どんな反応をするか気になったから少しだけ様子を伺ったが、何か返答しようと口をもごもご動かしてから、やがて諦めたのかはああと息を吐いて項垂れた。
「さ、出発するぞ。俺の馬は?」
「……あ、あっちです…………」
俯き拳を震わせるファーストを尻目に、俺はその場を後にした。
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