第十五話


 屋敷の外に出ると、そこには既に鎧を纏った兵士達とその騎馬に、それらを率いるファーストの姿があった。


 出遅れたか。

 往復する時間としてはかなり早く見積もった方だが、見誤ったな……


 少し急いだ割には馬に疲労の様子が見られない。


 いい調教をしている。

 今度ヴェリナに紹介するときに俺も見学するか。


「ご主人様。輸送警護に当たらせる騎馬55名、連れて参りました」

「ご苦労。久しいな、お前達」

「お久しぶりです、ヨハン様」


 代表して一人の男が挨拶をしてくる。


 名をアルヌエル・イルクナー。


 ここから少し離れた国で山賊を率いていた経験があり、ファーストと同様小規模の部隊を率いる事は可能。


 だがその練度はお粗末だ。

 賊の統率力などどう見積もっても大したことのないもので、50近い賊が当時17の俺が率いた10人の騎馬隊に制圧される程度。だが貴重な戦力として商会に引き入れてからは心を入れ替えたのか、俺に絶対の忠誠を誓っている。


 それ以来鍛えてはみたものの、どうにもしっくりこなかった。


 本人もそれを自覚しているだろうし、諦めて武芸鍛錬のみをひたすら積ませた。


 その結果、歴戦の兵士であるファーストとある程度打ち合えるレベルまで育った。


 十分すぎる戦力だ。

 戦線の一端を担うには物足りないが、局地戦で勝敗を左右する能力がある。


「ようやく我々の番が来ましたな」

「長い間待たせてすまん。これからは寝る間も惜しんで働いてもらうぞ」

「里を建設するときもかなり苦労しましたが、あれよりも?」

「あの程度苦労の内に入らんと言いたいところだが……」

「おやおや。我々農民にとっては重労働でございましたよ」

「安心しろ。お前達は農民ではなくなる」

「……はて、それはどういう意味でしょうか」

「言葉の通りだ。これからはこの村で生活して貰う」


 俺の言葉に一瞬殺気立つように身構えた。


 それも当然だ。


 俺に忠誠を誓っているとはいえ、奴隷のように全て捧げている訳ではない。


 こいつらにも家族があり生活がある。


 生活基盤を一から整えてようやくまともな暮らしが出来るようになった場所から離れろと言われれば、思わず拒絶したくなる理由もわかる。


 俺も恩を押し付けるようなやり方はこれまでしてこなかった。


 あくまで利益を重視して、それと同じくらい人情も大事にしてきた。


 そう振舞う事でただ利益だけを重視している血も涙もない為政者だと思われる事を避けて来たのだから、ここで突然そんな振舞いをしては元も子もない。


「元よりお前達には常備兵として戦ってもらうつもりだった」

「常備兵でございますか」

「ああ。今現在各国が採用しているのは農民と一部の武家が抱える訓練を積んだ兵士を取り立てるばかりだが、それだと俺の強みが活かせん。そもそもなぜ農民を兵士として駆り出すか知っているか?」

「……使い勝手がいいからでしょうか」

「違う。そうしなければ農民に報酬を支払えないからだ」


 常に金を支払い続ける事は難しい。


 武家なんてそれが顕著で、屈強な訓練を積み武を身に着けた武将は数える程。


 100にも満たない数しかおらず、名を馳せるような武家であっても1000に満たない。


 そんな数で戦いに勝てるわけがない。

 相手が数万の農民を引き出してきた場合条件さえ整えれば勝てるが、常に条件を揃えられるとは限らない。負けるリスクが大きすぎる。


 そしてそんなずっと訓練だけして生産性のない人間を何人何十何百と飼い続けられるほど世の中は裕福ではない。


 だから農民を駆り出す。

 戦いで敵を殺せば報酬をやると釣ってな。


「俺以上にその実情は思い知ってるだろ?」

「それは……」


 元々農民だったのが、生活苦で家族を養えなくなり致し方なく賊になった連中だ。


 特に一家を支えていた父親が死んでそれ以降苦しくなった例なんて腐る程ある。こいつらもその類から漏れることなく、皆同じ境遇を経ていた。


「俺はお前達を商会に誘った時言ったな。同じ道は歩ませんと」


 賊ではあったが理性があった。


 狙う相手は力の無い弱者ではなく、商人や貴族と言った外付けの暴力を雇える者達ばかり。


 農民から奪っていないと知っていたからこそ俺は手中に収める事を選んだ。


「これがその答えだ。幸い、この村はこれから発展していく。住む場所は幾らでも作れるし、あの隠れ里を一から築いた経験を持つ者が欲しいと思っていたからな」

「……まったく。そんな風に言われては、断れる筈がありませんよ」

「断らせるつもりなど毛頭ないぞ」

「わかっております。ヨハン様のことだ、我々がどう考えるかわかった上で全てを提示してきたのでしょう」


 流石に付き合いは長いからわかっているか。


「無論、従いますとも。家族も共にいられるので?」

「当然だ。お前達が死んでも保証してやる」

「流石、太っ腹!」

「細かい話はまた後でするとして、先にこいつを紹介しておく。ヴェリナ!」

「はっ」


 後ろに控えていたヴェリナを横に立たせる。


「新たに奴隷として購入したヴェリナ・カレンブルグだ。こいつには将来的に軍事関連全般を担当してもらう予定で、つまりお前たちの上司になる」

「……え、ファーストさんでは無いんですか」


 アルヌエルとは違う奴が言った。


「長い間共に訓練を積んで来たのはファーストさんです。入れ替わるってことですか?」

「それも違う。ファーストは現場指揮官として最適だが、将軍としては向いていない。ヴェリナには将軍としての在り方を期待している、それだけだ」

「……わかりました」


 いまいち納得してなさそうだ。


 それまでずっと一緒に里も発展させ共に訓練も行って来た奴を差し置いて、突然現れた女が新しい上司になりますよと言われたら確かにそう思う気持ちも理解できる。


 だがそれは所詮感情論に他ならない。


 アルヌエルもそうだが、ファーストもこれ以上の規模を指揮するのは向いてないと自覚している。


 出来ない事は無いが、最大の性能を発揮出来なくなるだろう。


 俺が軽んじている様に思っているのかもしれんが、それは違う。


 わざわざ弱体化させて使うくらいなら他を用意する。


 金を出せば解決できる部分で無理をさせるつもりはない。


 俺にはそれが出来た。

 ただそれだけの話ではあるが、どうしたものか……


「ご主人様」

「……なんだ?」

「私にお任せを」

「…………いいだろう。納得させてみせろ」

「はっ!」


 少し考えていた俺に対し、ヴェリナが小声で耳打ちしてきた。


 未来の部下になる奴らだ。

 これくらいは自分で説得して貰わねば困る、か。

 実際、寡兵を募ったのは彼女自身だと聞いている。


 演説も出来るなら猶更将軍として適切だ。


「ご紹介に預かりました、ヴェリナ・カレンブルグと申します」

「……ルハイナーです」

「はい、ルハイナーさんですね。よろしくお願いします」


 第一印象は柔らかく。


 これまで腰の低い態度しか見せてないから勘違いしそうになるが、こいつは武家の娘だ。


 苛烈な面を必ず持ち合わせているだろう。


 そうでなければ、敗戦の将となった後に6年もの間陵辱され尽くして精神を保っていられる訳が無い。


「まず結論から申し上げます。ファーストさんは大規模な軍団を率いるのに向いていません」

「っ……どうしてそんな事が」

「彼女にとって命より大切なものが、ご主人様の事だからです」

「……え?」

「は……?」

「ちょ、ちょっとヴェリナ……」


 俺も思わず疑問の声を出してしまった。


 聞き間違いか? 


 そう思ったが、ファーストも面食らった顔で頬を引き攣らせているので間違いでは無さそうだ。


「軍隊を指揮する者とは常に戦で勝利する事を目指さなければなりません。時と場合にもよりますが、よほどの事が無い限り敗北を前提に戦う事は許されない。主君を囮にしてでも戦わねばならない時があります」

「…………」

「そして勿論、主君を犠牲にしてはいけない。相手の戦力と此方の戦力を正確に見積もり、どれほどの間なら耐えられて無茶が出来るか。そして引き際はいつか常に頭に入れておく。この矛盾した思考を抱えられる程彼女は器用ではない……いえ、違いますね。ご主人様を敬愛している彼女にこの役割は、心苦しいものになるでしょう」


 ──なるほど、そう説くか。


 感情で納得しない者に理論を説明しても意味はない。


 彼らは己を納得させたいのだ。


 理解はしても納得はしない、感情的に振舞う者達に共通する事柄。


 ルハイナーは比較的若い奴で、アルヌエル達年長者と違い賊として活動していた頃を知らない。


 今の俺はふんぞり返ってるただの領主にでも見えてるんだろう。里を作る時に共に働きはしたが、訓練を積む姿を見せた事は無い。


 だから俺にも簡単に反発する。


 それ自体が悪い事だとは思わんが、これからは学んでいく必要がある。


「ファースト様にはご主人様を守れる懐刀であり、最後にダメ押しとして出陣する切り札としての役割が相応しい。私はそう思っています」


 ……ここまでで十分だな。


 納得した表情をしている。

 この後どうせアルヌエル達に叱られるのは目に見えているし、ここらで流すか。


「一応言っておくが、ヴェリナはこの国の軍隊三万を相手に寡兵含む三千で抵抗した実績がある」

「さっ……!?」

「そこらの貴族とは違う経験を既に持ち合わせている、という事を頭に入れておけ」


 そしてヴェリナは柔らかく微笑み、一礼をした。


 完璧だ。


 拍手をしてやりたいくらいだ。


 人心掌握も可能で俺に絶対的な忠誠を誓っている奴隷────ああ、なんて都合の良さ。


 口角が吊り上がってしまいそうだ。


 ヴェリナも俺の言い方には思う事があるだろう。


 そんな甘い戦いではなかった、と。


 だが言わなかった。


 その方がこの場を収めるのに都合がいいから。


 まったく、つくづく優秀な人材だ。


「今ここで全て納得しろとは言わん。いきなり上に据える訳でもないし、暫く俺の秘書を任せるつもりだ」

「えっ……あっ、も、申し訳ありません」」

「…………ファーストには別の役割で期待している。心配するな、お前の事を軽んじたりはしない」

「えぅ……」


 雰囲気が和らいだ。


 ファーストが狙ってやったとは思えないが、結果的にはいい形で落ち着いた。


「挨拶はここまでだ。恐らく警護の最中、賊は必ず俺達を目標に襲い掛かって来るだろう。わかっていると思うが、今回は賊を討伐する目的も兼ねている。ただの警護ではない。この人数でも戦えることを証明しなければならん」


 あの時、俺の率いる騎馬にやられたお前達が官軍となった。


 ここまで導いたのは俺だが、ひたむきに努力を続けたのはお前達だ。


 その成果を見せろ。


「やるぞ。お前達ならやれると信じている」

「「──おおぉぉっ!」」

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