第十四話
ヴェリナの誓いを受けたのはいいが、俺は一つだけ疑問に思う事がある。
果たしてこいつは戦闘能力を保ったままなのか、と。
寝た状態の身体を触ったが、筋肉が付いている感触は無かった。
長い奴隷生活で失われて行ったのだろう。
ただ骨や皮しか残ってない訳でもなく、肉は最低限残っている。
これに関しても抱き心地を優先した結果であることは明らかで、反抗されないように手を尽くしていたのが見て取れた。
「ふむ……」
先程肩を掴んだ時、ヴェリナは身体を震わせていた。
精神的に気丈に振舞っているが、奥底でトラウマを抱えているのは間違いない。
これに関しては少しずつ治していくしかないだろう。
少なくとも、そうするだけの価値を示してみせた。
あいつは必ず役に立つ。
俺の与えた情報を正確に読み取り、意図を抜き取ってみせた。武家の娘なのに部下に裏切られたあの女とは雲泥の差だ。
「あ、あの……ご主人様……?」
「なんだ。俺は今忙しい」
「う……」
ヴェリナの手を握るが、やはり細い。
武器を握れるのか?
やはり今回の警護──という名目の賊討伐は、あくまで同伴させる程度に留めておくか。
こんなどうでもいい場所で失う訳にはいかん。
「これから暫くこの屋敷でお前も暮らすことになるが、食えない物はあるか?」
「い、いえ。ありませんが……」
「後でルトラに話を通しておく。数日粥をメインに食わせるが、その後は栄養の付くもの……それと肉類を多めにする。文句はないな」
コクコクと頷くヴェリナの手を放した。
当初の予定通りファーストに率いさせる。
部隊単位での運用は覚えさせたし、何度か実戦もやらせた。
隠れ里から出してくる面子もファーストとは馴染みある連中だろうし、連携にも不安はない。
練度も悪くないと自負している。
我が国に物量で押し切られたとは言え、残った僅かな兵士と寡兵で構成された三千の死兵を見たこいつからすれば大したことはないだろうが……
その方が都合がいい。
これからはヴェリナが育てるのだ、軍を。
「……そういえば、今何歳だ?」
「は、私ですか?」
「お前以外いないだろう」
「ええと、あの戦いの時に19でしたので……25歳です」
……19歳の時にあんな戦いをしたのか。
益々とんでもない奴だ。
「そうするしかなかったので」
そう言いながら苦笑するあたり、割り切ろうとしているのはわかる。
先程の誓いも決して嘘じゃない。
あれは本心から行ったものだ。
だがそれはそれとしてトラウマは身に刻まれているのだろう。
ゆっくり時間をかけて治す。
既にそう決めたから問題ない。
「ご主人様は……」
「なんだ」
「ご主人様は、おいくつですか?」
「俺は26だ」
ヴェリナの一つ上にあたる。
だがこれでも十分若い判定だ。
他の領主の平均年齢はおおよそ30後半から40前半。
いろんな場所で学んでからようやく受け継げる職務であり、俺のように一代で唐突になれることは稀だ。
稀だが、それが金で解決できてしまうのが今のこの国を物語っている。
「お前も何となく理解しただろうが、この国はこれから荒れる。基盤が揺らぎ大貴族が戦力を抱え、水面下で暗闘を繰り広げている始末だ」
各侯爵達が目立っているがそれだけじゃない。
会場で見かけた伯爵のように武闘派と呼ばれる連中も軒並み戦力を整え始めている。
それぞれの派閥は昔からあるだろうが、無派閥で居られる時期はとっくに終わっている。俺もミュラー侯爵の派閥に属しているという扱いでも今だけ。
その内派閥の頂点になる必要がある。
「まだ侯爵家に敵対視される事は無い。だがこれから急速に地盤を整えて行けば必ず敵が出来る。ファースト、セカンド、サード、そしてヴェリナ。お前達は俺と同じ視点を持ち多方面で支えられる人材になってもらわねばならん」
「……はい」
「やがて軍事関連をお前に任せるが、時期尚早。暫く俺の秘書をやってもらう」
「ひ、秘書ですか」
「不満か?」
確かに境遇を考えれば、男と二人きり──それも飼い主と共にいるのは嫌悪感が勝るかもしれない。
だが、それくらいは乗り越えてもらわねばならん。
俺が手出しをしないと理解すれば早い段階で解消できるだろう。
慎重にいくが過保護にはしない。
俺の手でコントロール出来ない問題は慎重に行くが、俺の手でコントロール出来る問題は大胆に行かせてもらう。
「あ、いえ、そういう訳ではなく。私でいいのかな、と」
「……? お前以外に出来る奴が居るか?」
「その、新参者ですから。ファーストさんやセカンドさんを優先しなくていいんですか?」
「これまではアイツらを常に身辺に置いていた。なんの知名度も無い俺を殺しに来るような奴はいないし、居たとしても大したことのない相手だろうからな。ファースト一人で対応出来ると判断していたが……」
これからは細心の注意をしながら活動していく必要がある。
ファースト、セカンドにはそれぞれの役割に適した教育を施して来た。
部隊を率いる現場指揮官としての知識と、領地を営む為政者としての知識。それに伴う職務もやらせてきたが、これからはより一層力を注げるようにする。
「これからは自治部隊を導入する。最初はこの村を、そして他の村にも順次自治部隊を入れていく」
「……なるほど。この村の統治はご主人様が、他の村の統治はお二方に任せるという事ですね」
「そういう事だ」
「そうなるとやはり、人材不足が否めません。領内に幾つ村があるかは存じませんが、お二方だけで回せますか?」
「全ては難しい。だから二人に部下を選抜させている」
「その人員は信用に値しますか?」
「現在隠れ里に住んでいるのは没落した貴族や俺が直接知り合った奴らだ。恩やらなにやらを売りつけて離れられんようにしてあるし、なにより、どこにも居場所はない。俺の元を離れることはしないさ」
「それならば納得しました」
俺の強みは金だ。
何よりも絶対的な資金力で他領主の追随を許さない。
侯爵クラスには勝ち目がないが、子爵くらいなら既に追い越している。
この山脈の向こう側で、今も金を稼ぎ続けている。
「金で買える部分はいくら使っても構わん。それで人心が買えるなら安いものだ」
金で買えない奴には策略を張り巡らせる必要があるからな。
手間がかかる。
手間と暇は安くない。
金はいくらでも生み出せるが、時間は有限だ。
「俺はこれまでも、これからも、このやり方でやっていく。ヴェリナ、お前も心に刻んでおけ」
「はっ、承知しました」
すっかり秘書として働く気持ちになったヴェリナは、綺麗な礼をした。
ここまでは完璧だ。
そしてこれまで放置していた賊を討伐して、他の村も一気に手中に収める。
「そろそろファーストが引き連れて戻る頃だ。出迎えに行くぞ」
「はっ!」
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