第十二話
「ファースト」
「はい」
「隠れ里から人員を連れて来い。選別はお前に任せる」
「はっ」
「セカンドにも人員の選別を任せているから、そこは二人で共有して解決しろ。いいな」
「承知しました」
意気揚々と部屋から出て行ったファーストとは対照的に、沈んだ雰囲気のまま佇むヴェリナ。
「さて、ヴェリナ。そろそろ答えを聞きたいところだが……」
「…………はい」
「質問を許す。お前が納得出来るまで付き合ってやろう」
そう告げると、怪訝な表情に変わる。
「そら、今後に影響しない事ならばなんだって答えてやる。知りたくはないか? なぜこんなことをするのだ、と」
混乱するのも無理はない。
奴隷の事を権利の無い存在だと認識しつつ、しかし傍仕えさせる者には不自由ない生活を送らせている。
無理矢理身体を使うような事もしていないし、これまで散々な扱われ方をしてきた者からすれば楽園と思える程。
ハイゼンベルグ侯爵の元では口答えも許されなかったのではないだろうか。
僅かに逡巡したように口ごもったあと、やがて意を決してのかやや青ざめた顔色のままヴェリナは話を切り出した。
「……でしたら是非。ご主人様は勘違いしていると仰られました」
「ああ、言った」
「その勘違いというのは、私の『優しい』という発言についてですね」
「その通りだ」
そう見えるように振舞っているが、お前はその理解では許されない。
「俺がなぜそうしているのか、わかるか」
「……そちらの方が都合がいいから、でしょうか」
「どう都合がいい? 優しく振舞い善人のように見せかける事で一体何が得られる?」
「民からの求心力です」
「民に求められているから何になる。所詮役人などコネに過ぎず、民からすれば望んでも望まなくても変わらぬ存在だ。民に愛され慕われたからと言って収入は上がらぬし土地は増えんだろう」
「いいえ、それは違います。民に愛される事は、土地を支配する際に最も大事なものです」
「そんな訳があるか。支配するのに最も必要なのは武力だ。民の意志など関係がない。何も聞かぬのであれば撫で斬りにし、新たな民を引き入れるだけなのだから」
「そのような事をすれば醜聞が広まり民は流れていく。民の減少はそのまま地域の弱体化に繋がり、やがて為政者の評価を下げる事になります」
「評判がいくら落ちたところで、この国では首を挿げ替える事はない。その者が強い影響力を持てば持つほどその傾向にある」
「で、あるならば……なおさらご主人様の行動には利があります」
おっと、しまった。
気が付かない間に笑いそうになっていた。
歪んだ口を見せないように手で覆い隠しながら、続きを待つ。
「ヴァイセン王国において汚職や圧政、そして民の事を無視した統治は当たり前の物になりつつある。その認識でよろしいですか?」
「間違いない」
「そんな中で、善政を敷き、本心では嫌悪していたとしても奴隷や民に優しく振舞い寄り添う。資金力にも長け、治安維持にも力を注ぐようになったと聞けば……その評価は圧倒的なものになる。ご主人様が敢えて振舞う理由は、比較的安価で手間暇かけず人心を掌握できるため。人心を掌握されている為政者は支持率が高く、特に領主や国主がそうならば、彼らは協力する事に力を惜しまないからそうするだけの価値がある」
面白い。
やはり俺の目に狂いはなかった。
ヴェリナは優秀だ。
将軍としても、為政者としても任せられる稀有な人材だ。
ここまでの言動で俺の目的を把握してみせた。
手間暇かける価値が、絶対的にある。
「なら理解したな。俺の言動には全て打算がある。道徳に従い行動している訳ではなく、全て損得によって左右されているのだと」
「……はい」
「では、逆に俺から問おうか。俺は何を目指していると思う?」
これが最も大切な事だ。
ファーストは知っている。
セカンドはまだ知らない。
サードにも伝えていない。
ここに諜報の目はない。
だから腹を割って話せる。
「目標でございますか……」
「そうだ。ここまで徹底したエゴイズムを抱える俺が見据えている場所、それを当てて見ろ」
「…………爵位を授かる事、でしょうか」
「違う」
「……では、ヴァイセン王国を強くするため」
「それも違う」
「なら、莫大な資産で国と国の戦いをコントロールするため」
「違う! そんなことを狙っている様に思うか?」
「…………っ」
ヴェリナは身体をビクリと震わせた。
侯爵には随分と可愛がられていたらしいから、
いざ実際に戦いに出す時も、念のため俺が共に行った方がいいか。
トラウマで錯乱しても困る。
ファーストに指揮を兼任させれば大丈夫だろうが、あいつは前線指揮官向け。やはり最終的にはヴェリナに軍団を任せられるようになりたい。
一度敗北し徹底的に陵辱された女将軍が再起できるか否かは難しい話だが、俺は賭けた。
そしてその賭けは今の所、決して悪くない方向に進んでいる。
わざわざ壊すのはバカのやる事だ。
ここはヴェリナの心に多少寄り添った言動をするべき。
「すまん、無遠慮だった。俺に性的な行為を強要する趣味はないし、女を嬲る趣味も無い」
「ぇ、あ、も、申し訳ありませんっ!」
「お前に女としての魅力が無いわけではない。だが、俺はそれよりも将軍としての手腕に期待しているんだ。……で、どうだ。思いついたか」
あえて優しく言うような事はしない。
だが言葉だけは柔らかくした。
これは俺の本心だ。
決して打算だけではない。
周囲に侍らせているのがたまたま女なだけだ。
サードは男だし、信用しているからあのような役割を任せている事実もある。
俺の言葉に少しだけ落ち着いたのか、ふぅ、と呼吸を整えて再度語り始めた。
「一つだけ、思った事があります」
「言ってみろ」
「……ここは国境付近ですが、険しい山脈によって隔てられている場所です。侵略の可能性も低く、要所とは呼べません」
「そうだな。だからこそ、俺が領主になれた訳だが」
「それはつまり、警戒度が低いという事に他ならない。他者の関心を引かない場所ならば、どんなものでも秘匿できる」
「……それで?」
「これまでご主人様は表舞台に姿を晒す事はしてこなかったと聞いています。その理由は即ち準備、資金・人材・技術を得るための基盤作りを行っていたから。そしてそれは十分間に合うレベルになったと判断し、今回私のオークションで動き始めた」
無言で続きを促す。
「3000万は決して軽いお金ではありません。それをポンとたった一人奴隷を購入するのに利用する。それも、ただの辺境領主が。浴びる注目と整えている基盤から察するに、ご主人様の目的が成り上がりであることには間違いない。しかし、ただ成り上がるだけならここまで入念に準備する必要も無い。なので、測りかねていましたが……」
もうこいつは気が付いているかもしれない。
だが、直接聞くまでは待つ。
俺がバラしては意味が無い。
内心高揚したまま話を聞く俺を見てごくりと喉を鳴らしてから、ヴェリナは言った。
「…………この領地の運営の仕方が、領主のやり方ではない。功を打ち立てる事を目標とする訳でもなく、この地にだけ利益が集中するように手を回し続けている。でも成り上がる事は否定していない。この国の基盤に頼らなくても維持可能な領地経営、それの行きつく先は……」
────独立。
「……新たな国として、独立する事が狙いですか?」
その答えを聞いて俺は────口を深く歪めて笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます