第十話
買い取り計画が進み安堵も束の間、翌日の朝には金とおまけを送り届けるべく業者と衛兵に話を付けに村の中まで足を運んでいた。
護衛に連れて来たファーストと、ここでの生活に慣れさせる為にヴェリナも共に居る。
将来的に護衛を付ける立場になってもらう予定だが、今は人手不足だし規模も小さい。
まだまだそんな余裕を持たせている暇はないのだ。
「これは……」
そして件のヴェリナは、村を見て呆然としている。
一般的な村と比べて少々規模はデカいが、まだ村の域を出る事はない。
だがこれから加速度的に発展していく。
そのために準備は既に整えてあるのさ。
「…………」
難しい顔で考え込んだまま言葉は出さない。
一目で気が付いたか。
政に関しても中々優秀らしい。
思わぬ拾い物、だとは思わない。
これくらい出来て当然だ。
いくら金を積んだと思っている?
3000万だ、3000万。
お前にはそれくらいの価値を期待しているのだから、この程度は判断出来て当然なんだ。
「ヴェリナ」
「っ! は、はいっ!」
「お前はこの村を見てどう思う」
「……ど、どう、ですか」
「そうだ」
これまた更に難しい顔で考え込んだ。
「……その、村、かなと」
…………。
村は村だからそれは当然の感想だが、俺が求めていたのはそうではない。
「ヴェリナ、ちょっと耳貸して」
「え? あっはい」
若干変な雰囲気になってしまったが、ファーストが意を汲んだ。
耳打ちされて驚いた顔をした後、まじまじと俺の顔を見る。
「……言いたいことがあるなら言え」
「……えっと、すみません。どう、とは……?」
「経済的に考えろ」
「──……経済的に見れば、一般的な村と遜色ないかと思います」
その通りだ。
現状この村の収益という面では莫大な利益が生まれている訳でも無いし、特別な要素がある訳でもない。
至って普通の村だ。
「ですが、将来性という面で見れば桁違いと言えます」
「……続けろ」
「街道がヨハ……ご主人様の御屋敷まで一直線で繋がっている。今はそこまで益のある要素ではありませんが、村から街に発展するときにこれは必ず役に立つ。街道を村の中心に定めているのも素晴らしい」
何一つ間違いではない。
俺の期待通り、王女の近衛として抜擢されたのは年齢や性別だけではない。
武家の娘だからと学問を疎かにされたわけでもないのだろう。
随分といい教育をしてくれたものだ。
「ですが、それはあくまで将来の話。仮に街の規模まで広げるとしても、何十年と時間を要するでしょう。今の時点では皮算用に過ぎないかと」
「概ね正解だが、足りん。将来の話だが遠い未来の話ではない故な」
「……まさか、数年で街の規模まで発展すると?」
「ああ。確実に」
最終的には『国』にするつもりだと言えば、こいつはどんな反応をするのだろうか。
ファーストは呆れ半分で賛同。
セカンドは手放しで称賛した。
サードは特に何も言わなかった。
それを話すのは教育しながらでいい。
「お前にはまだこの国の状況、文化、なにも教えていない。どうせハイゼンベルグ侯爵閣下の元では何も目にすることなんて無かったんじゃないか?」
「はい……」
「そんな事だろうとは思った。昨日も言ったが、俺はお前に将軍としての役割を期待している。休む暇は与えんぞ」
「……はいっ」
それきり会話は止まった。
俺の確かめたいことは確かめられたからな、これでいい。
そうして足を進めていると、目の前から走ってくる姿が複数。
…………チッ、面倒くさい。
だが無視する訳にもいかん。
「ご主人様」
「……そのままでいい」
「……わかりました」
それをいち早く察知したファーストが声をかけて来たが、わざわざ遮る必要もない。
寧ろ俺が器量の狭い人間だと思われる要因になる。
嫌だが、本当に面倒だが、これも未来の為に致し方ない事。
「りょうしゅさまだー!」
「ヨハンさま!」
「こら、走り回るな。ぶつかるだろ」
群がってくる子供達を受け止めながら注意する。
子供に言っても無駄なのは理解しているが、これくらい言わねばやってられん。
「ご主人様、この子供達は……」
「……フン。ここに赴任してきた時に少し恵んだだけだ」
俺が来たばかりの頃、この村はもっと貧しかった。
前領主はミュラー侯爵の住む街に居を構えており、この地方に顔を出す事は稀。
この地域で最大規模の村がここで、それでも日々の食事を何とか確保するので精一杯。
商人なんて来るわけも無いし、進展もなく、日に日に弱っていくだけの生活。
だからこそ俺がこの領地を手に入れる事が出来た訳だが……
「あ、ああ、領主様! ごめんなさい、うちの子が……!」
「気にしなくていい。ほらガキども、叱られる前に散れ散れ」
「きゃあ!」
「にげろにげろー!」
「あっ、待ちなさいあんた達! りょ、領主様! 本当に申し訳ありません……!」
パタパタと子供を追う母親を見送り、ため息を吐き出したくなるのをぐっと堪える。
来た時に少々甘やかしすぎたのか、この有様だ。
あの時は視察も兼ねてこの地に訪れたのだが、如何せんどうにもみすぼらし買った。
聞けばまともに飯も食べれていないと言う話で、俺は利用できると思った。
飯を与えるだけで「次の領主はまともかもしれない」と植え付けられるチャンスだと確信したのだ。
こうも放置された状態だと誰になっても駄目だと匙を投げられる可能性が高かったから、非常に好都合と言う他ない。
結果的に今のような信頼をほぼ無条件で得られた上に、俺が新たに打ち出す政策に協力的になった。一つの領地を最速で掌握出来たと言ってもいい。
その代償として悪辣に振舞えなくなった。
信頼は得るのに時間がかかるが失うのは一瞬だ。
俺が横柄な態度をとれば領民はきっと反感を抱くだろう。
俺のくだらないプライドは野望のためならばクソのようなものに過ぎず、切って捨てる事など容易だ。
「……ご主人様は、お優しいんですね」
そう言いながらヴェリナは微笑む。
そうか、そう見えるか。
それなら都合がいい。
領民にとっても、これから俺が部下として迎え入れる奴らにとってもな。
だが、お前にそう見えるのは許せない。
お前は勘違いしてはならない。
お前は俺を正確に理解せねばいけない。
俺の奴隷としてその人生を捧げる必要があるが、無駄に人生を捧げられても困る。
俺は、俺の為に人生を捧げてもらうために奴隷を買った。
間違った捧げ方など許さん。
俺を理解して言わずとも俺の望みを叶えられる、お前にはそうなってもらう。
「ヴェリナ」
「はい」
「お前は勘違いをしている」
「……勘違いでございますか?」
ファーストは無言だ。
俺の言っている意味を理解しているだろう。
余計な口を挟まないのも話が拗れず楽に話を進められる。
よく俺の事を理解している。
「その意味は今から向かう先で理解出来る。いいか、お前は奴隷だ。身なりは綺麗でまともな生活を送っていてもそこに変化はない」
「…………はい」
俺の雰囲気が変わったことに気が付いたのか、強張った表情で頷く。
大方俺の事を善人だとでも思ったのだろう。
現実を教えてやる。
お前を購入した人間は聖人でも善人でもない、ただ他の貴族と価値観が違うだけの悪人だとな。
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