第三話

 お知らせ


 本日から12月下旬まで平日17:30、休日12:00更新にさせていただきます。

 わかりにくい時間で申し訳ありませんが、これからもよろしくお願いします。


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 光の差し込まない薄暗い部屋。


 家具はベッドが一つ置かれているのみで、それ以外には何もない。


 扉は鉄格子、壁は石畳。

 まるで牢獄さながらの部屋の中に、その女性は居た。


 薄紅うすくれないの髪は無造作に伸びたまま。

 その毛髪の隙間からジャラリと鎖が伸び、石畳に打ち込まれた鉄杭によって縫い留められている。首輪、動物を柵で囲い閉じ込めるように、彼女の首には自由を奪う首輪が取り付けられていた。


 生気を失った瞳で呆然と石畳を眺めるその姿は痛ましく、麗しい美貌であった顔も悲痛に塗れている。


 そんな女の姿を鉄格子の外から楽しそうに眺めている男が一人。


 ハイゼンベルグ侯爵。

 ふくよなか肉体に加え身に付けたアクセサリーは黄金や宝石がたっぷりと利用されており、その財力と裕福さを嫌という程見せつけている。


 どこぞの誰かが見れば「悪趣味な豚」とでも表する下品さを惜しげもなく披露しながら呟いた。


「くふふ、やはり何度見ても気分の良いものだな。敗軍の将、それも美しい女が辱められている姿は。貴様らもそう思わないか?」

「は、侯爵閣下には良い思いをさせて沢山させて頂いておりますが、その中でも特上のものでした」

「そうだろうそうだろう! こやつには苦労させられたが、所詮は女。気が狂うまで犯し尽くせば心は圧し折れあっという間に瓦解する。こんな女を将軍として起用するなど愚かの極み。まあ、身体を使って兵の士気を保つという意味では最適だがなぁ」

「はははは! 違いますまい!」


 下品を超え下劣な会話を交わす侯爵と護衛の兵士。


 その内容を耳にしても女性の瞳が揺れ動く事はなく、そんな様子を見て、つまらなそうに息を吐いた。


「……ふん、まあ、これまで散々楽しませてもらったが──こうなってはつまらん。どれだけ嬲ろうと反応もせず、ただやられるがまま。人形を抱く趣味はない」

「反抗的な娘が好み、でしたね」

「うむ。此度のオークションは飽いたコレクションを放出し資金を調達しながら儂の価値を更に高める一石二鳥の策よ。苦労して手に入れた奴隷を惜しげもなく配る懐の広さを見せつけ、更に新たな奴隷を探す資金を得る。くく、心躍るものだ」

「流石は侯爵閣下であります」

「ゆえに、失敗は出来ん。良いな、失敗は絶対に許さん。警備体制を厳重に、顔に泥を塗るようなことだけはさせるな」

「はっ! 心得ております!」

「食事もたらふく用意しろ。どの客も満足させられる量と質だ。酒も惜しむな。ああ、でも儂の好物は残しておけよ? 五十年もののワインは出さんくても良い」


 ワハハ、とふくよかな身体を震わせてその場から歩いていく。


 誰もいなくなり静まり返った部屋の中で、女性は一度瞬き。


 変わらず生気を失った瞳のまま力なく手を動かし、手錠を繋ぐ鎖がジャラリと揺れる。


「……………………」


 何かを喋ろうとして、喉が掠れて喋れない。


 一日一度水を与えられるだけで、ここ数日は断食状態がゆえの飢餓も合わさり体調は最悪だ。


「…………ぁ……」


 パクパクと数度口を動かし、しかしそれもやがて徒労に終わる。


 力なくベッドに横たわったまま、再度呆然と石畳を眺め始める。


 かつては凛々しく兵士を率いる将軍だった彼女の姿はどこにもなく、徹底的に嬲られ男に屈服してしまった女の姿だけがそこにはあった。


「…………ひめ、さま……」


 か細く絞り出された一言。


 それを境に、彼女はこの地から解放されるまで口を開く事は無かった。














 オークションはハイゼンベルグ侯爵の屋敷で行われる。


 街の中央に建てた屋敷だ。


 流石の侯爵閣下も悪趣味な館を建てる事はしなかったようで、大貴族の住む豪邸としては普通だと言える。


 この領地に於いて絶大な権力を有するが、まだ国に歯向かえる程じゃないからだ。


 視察に訪れた国王や王子に『随分と趣味が悪いな』と思われては面白くない。悪い評判は広まっていても、それをあえて追及するほど悪事を犯しているわけでもない。だからそれくらいなら上も目を瞑るとわかっている事の証明だ。


 その程度の判別は出来るらしい。

 いや、その程度の事すら判断出来ないのなら、もっと早期にこの国は荒れ始めていたか。


「ご……ヨハン様、まもなく到着いたします」

「ああ。二人とも、わかっているな」

「はい。私は文官として」

「私は武官として、ヨハン様に正式に仕える部下であり奴隷ではない──という体で通すお話ですね」


 奴隷を直接そばに控えさせるのは基本的にいい行為ではない。


 優秀な人間であれば直接の部下を供回りに連れ奴隷はその肉壁として連れ回す。無論安物の奴隷で、他国で攫われた者だったり、目や耳が不自由な奴が多い。


 俺のように奴隷を普通の人間のように扱う方が少数派であり、ハイゼンベルグ侯爵のような趣味の悪い人間が集まる場所でそう振舞うのは避けたかった。


 だから業腹だが、俺の名前を呼ばせている。


「俺が許可を出した時だけ口を出せ。そこまで追求されるような事はないと思うが、隙を晒す可能性は極限まで下げたい」

「承知しました」


 やがて馬車は速度を落とし始め、屋敷の前で静止する。


 外から槍を構えた門番が近付いてきたので、それに合わせて顔を出した。


「失礼! お名前をお伺いしても?」

「ミュラー侯爵直轄地ヴァルバッハ領主、ヨハン・シュヴァルツだ」


 馬車の外から声をかけて来た門番に名乗りながら招待状を手渡す。


 この際二人に任せたりはしない。

 今回の目的はあくまで『俺の知名度を上げる第一歩』に過ぎないのだ。


 優秀な部下がいると思われるのが目的ではない。


 俺が、俺自身が数多の興味を引く事が大切だ。


「お預かりします。……問題ありません、この先は案内係が先導しますのでその者に着いて行くように」

「わかった」


 馬車から降りて門の中へ。


 部下への教育は意外と行き届いている様子だ。


 嘲笑を受けるかと思ったが、辺境領主であると伝えても眉一つ動かさなかった。


 末端の兵士はともかく、このような場で礼を欠く愚かな配下は使わない。


 侯爵としての意地だな。

 俺の領地には貴族出の人間なんて居ないから、そういった教育は俺がやるしかない。セカンドにはやがてそういった役割も任せたいのだが……それもまだ先の話になるだろう。


「ヨハン・シュヴァルツ様ですね。案内係を務めます、ヘルフと申します」

「短い間だがよろしく頼む」

「はい。早速会場へとご案内します」


 屋敷の中も特筆することはないが、強いて言うならバカみたいに眩しいくらいだ。


 油を大量に使えるとはつまり、それほど裕福であるという事を表す。


 これが今の・・貴族の戦いだ。


 どちらがより優秀な支配者か。

 どれほど尊大に誇示が出来るか、それは何よりも大事だ。


 金を湯水のように使い、領民の生活を苦しめてでも実行する。如何にハリボテの誇りであっても、それが何よりも大事らしい。


 愚かな話だ。


 金が無限にあったとしても、金には使い方というものがある。


 俺に言わせて見れば無駄の極み。

 金は必要な時に、必要な分だけ使うから意味がある。

 いつでもどこでも何でも使えばいいという訳ではない。


 貴族様にはそれがわからんのだろう。


 ああ、それこそ誇り高い武家もな。


 身内を切り捨てるのに金を使うなど理解に苦しむよ。


 廊下を歩いて少し、喧騒が聞こえてくる。

 貴族連中の話声だろう、先程からそれらしい連中を何度も見かけた。


 わかりやすいパーティーとは違う、奴隷オークションだから和やかな茶会とはならない為婦人の姿は見られない。


 婦人向けの奴隷オークションなんかもあるらしいが……流石の俺も参加したことはないから、真偽は不明だ。


「こちらが会場になります。食事はご自由に、ドリンクは執事にお申し付けください」

「ああ、助かった」


 そんなことを考えている合間に到着し、役目は終えたと言わんばかりに案内係のヘルフはそそくさと立ち去った。


 大きな扉の先には開けた空間がある。


 バカみたいなシャンデリアで照らされた下にはいくつものテーブルと乗せられた大量の食事があり、既に参加者は楽しんでいる様子。


 俺は付き合いのある貴族が居る訳でもないし、話し相手を身繕いに来た訳でもない。


 寧ろ、ここで誰とも関係を持ってないのが役に立つ。


 誰も知らない辺境領主が突然目玉を搔っ攫う────名乗りを上げるにはちょうどいい。


 内心ほくそ笑んでいる俺を尻目に、二人の奴隷は並べられた料理に興味津々と言った様子だ。


 確かに、ここまでの贅沢はさせてない。

 俺も領民と変わらぬ食事しかしてないし、こいつらも同様だ。

 一日の食事に金をかけるくらいなら浮いた金で陰謀を回している方がよほどいい。いずれ贅沢三昧な日々が来るかもしれないが、それは今じゃない。


 …………仕方ないか。


「……セカンド」

「あっ、はい!」

「俺とファーストの分も合わせて持ってこい。内容はお前に任せる」

「……! わかりましたっ」


 頭が痛くなる。


 たかが飯を食うだけでなぜそんなに浮足立つんだ。


「いいなあ……」

「……おい。お前、自分の役割を忘れてないだろうな」

「まさか。私はヨハン様から生涯離れないと誓った身ですよ」

「ふん、当然の事だ」

「……ええ、当然の事です」


 そう言ってファーストは薄く微笑んでから、妙に似合うドレス姿のまま、俺の隣で静かに控え続けた。


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