第二話


 城塞都市ヘルネブルグ。


 ヴァイセン王国の中で2番目の規模を誇る都市で、王都を除いた全都市の中でなら最も栄えている都市と呼べるだろう。


 そこから生み出される利益は莫大。

 治めていたヘルツェンバイン伯爵は国に対する貢献度と影響力を考慮し、一都市の管理者から地方を管理するハイゼンベルグ侯爵に成り上がった。


 立身出世とは良く言ったものだ。


 今や国庫より大貴族の方が富んでいるすら嘯かれるような世の中で、その記号に一体何の意味があるのか。もし意味があるとすれば、戦力を抱えるためのネームバリューとしての役割だと俺は解釈している。


 力があると誇示すれば、勝ち目のない弱小貴族や己の才覚を生かしたいと思っている優秀な人材が集まってくる。


 大切なのはネームバリュー。

 実際の立場としての役割はさておき、『○○侯爵はこれくらいの戦力があるから安定している』と情報が知れ渡れば安定を求める商人や民は移動するだろう。


 国が私兵を持つことを禁じても、治安を維持するためにはやる気のない憲兵だけでは事足りない。


 そういう名目で治安維持人員という名の私兵を所持している貴族も多く、その戦力の大きさこそが今の情勢を左右するもので、既に戦争は水面下で行われているのだ。


 情報戦。


 よほど領民に慕われている領主でもない限り、この渦からは逃れられない。


 今はまだ緩やかな流れに過ぎないが、そう遠くない内に戦乱の世が来る。


 それまでに俺も多少知名度を知らしめる必要があった。


 エトムートとの接触で最低限の準備と備えが完了したことを確認出来たのでこれからは本格的に動き始める。


 今日の奴隷オークションは、その第一歩だ。


 ……だというのに、俺の奴隷は緊張感の欠片も持ち合わせていない。


「わあ……! ご主人様、お似合いです!」


 セカンド。

『ヘルネブルグでご主人様と呼ぶな』、そう伝えた筈だ。

 奴隷としての忠誠心・心掛けは満点だがこの場においては落第だ。こいつは政務をやらせれば優秀で使える人材なのに、どうしてたまにポンコツになってしまうのだろうか。


 いい加減腹が立ってきた。


 だが、こんなことで一々説教するのもバカバカしい。


「セカンド」

「あ……も、申し訳ありません!! つい、その、癖でっ」

「……今回は許してやる。それでファースト、お前は何をしている」

「……あ、ごめんなさい。その……」


 ペコペコ頭を下げるセカンドとは対称的に、ファーストは鏡に映った己をじっと見つめていた。


 今回それなりに格式のあるオークションという事で、ドレスコードの適応を義務付けられている。


 一人で来ても良かった。

 だが、今後の事を考えた時部下にも経験を積ませてやりたいと思った。

 ゆくゆくは文官・武官の両方を揃えたいと考えている。文官には俺の代わりに交渉や政務を任せられる人材、武官はファーストと並んで軍事方面で活躍できる人材が欲しい。


 しかし俺の部下と呼べる人材は現在奴隷の2名しかおらず、何もないよりマシかと思い連れて来たのだが……


「…………まさかこんな風に、またドレスを着れるとは思ってなくて。すごく、嬉しいです」


 普段は無表情なファーストが、珍しく口元を緩めて感謝を告げて来た。


 ……ハァ、全く。


 着付けを終えた侍女が出ていってから、溜息交じりに話を切り出す。


「いいか、二人とも。お前らは俺の奴隷で、それ以上でもそれ以下でもない。俺に忠誠を誓っている以上管理者である俺が金を出すのは当然だし、衣食住の提供をするのも義務に過ぎない。勘違いするなよ」

「はい、わかってます。それでも、嬉しいんです」

「ありがとうございます、ご主人様」

「……ここではご主人様ではなく、ヨハン様と呼べ」

「「はい、ヨハン様」」


 たかがドレス一つ用意しただけでこれだ。


 奴隷というのは扱いやすいが、ここまで妄信的だと薄気味悪いな。


 それほど酷い扱いを受けて来たという事だが、そもそも、俺からすれば貴族の奴隷に対する扱いの方が謎だ。


 なぜ己の所有物に対して悪辣な対応をする必要がある? 

 薄汚れた奴隷を領内で侍らせて何を威張る? 


 臭い、汚い、所有物の管理すら出来ないと己で証明してどうするんだ。


 自分の所有物くらい綺麗に保っておけと言いたくなる。


 その点こいつらは都合がいい。


 見た目が悪くない。


 連れ回しても不快にならない。


 ファーストはまあ、身体中に残った傷跡が目立つから怪しいが、メイクで多少誤魔化せる。武器を携帯してなくても生身で戦闘可能なのも大きい。護衛として優秀だ。


 どうしてこんな都合のいい人材をぞんざいに扱うのか、理解しかねるよ。


「……さて、最後の確認だ。まずはセカンド」

「はい。今回の目標はオークションの目玉とされている、亡国の将軍です。それ以外にも参加している貴族諸侯に探りを入れる、今後協力関係を持てそうな人を見繕う、接触してきた貴族の精密調査等があります」

「問題点は」

「将軍の真偽についてです。侯爵主導で大々的に宣伝しているものですから本物でしょうが、引き渡しの際に握りつぶされる可能性があります」

「ファースト」

「問題ありません。今回対象となっている将軍は戦場で見たことがあるので真偽は判断できますし、大事にならない程度の暴力しか振るってこないでしょう。それこそ私一人で対処できる程度だと思われます」


 概ね同意見だ。


 強いて言うなら偽物だった時に計画を変える必要があるが──9割の確率で本物だ。


 エトムートは脳筋だが究極の愚物ではない。


 戦場で相対した将軍の真偽くらいは見抜けるだろうし、あいつ自身が参加する素振りを見せていた。

 姪が失踪したのに嬉々として奴隷オークションに参加など本家に睨まれないのかと思うが、それは俺の知ったことではないので無視。


 ここで大事なのはエトムートがそれなりの地位にいる武将だという事。


 名家を集めたオークションで偽物を見せる程侯爵は愚かじゃない。


「……ああ、悪くないな。やはりお前達を拾って正解だった」

「あっ、ありがとうございます!!」


 ファーストに関しては問題点がない。

 伊達に長い間俺と共に過ごしていないな。

 苦労させられたが、その分信用できる。俺の理解が正しいと断言できる。俺はこの世界の誰よりもファーストを理解していると。


 セカンドはもう少し落ち着きを持てば文句なしだ。

 世が荒れる頃には克服しているだろう。


 それこそファーストのように、俺を理解し、俺の為に生きるようになる。そうなるように教育を続ければいい。


「ですが……本当によろしいんですか?」

「何のことだ」

「ヨハン様は優秀ですが、辺境領主に過ぎません。それこそエトムート卿が申したように、大貴族の面目を潰したと何かしらの因縁を押し付けられるのでは」


 その懸念は最もだ。


 大貴族は今の俺達と比べ物にならない資金力を保有している。


 それこそ侯爵以上の爵位持ちは桁違い、俺の抱える領地をいくつも持っているのだ。正面からやり合うのは得策ではない。


 後ろ盾はあるがいつでも頼れる訳じゃないのも影響している。


『この程度自分で解決できないなら知らん』、そういうスタンスの御人だ。


 その分動く時は絶大な影響力を持っているのだが、今はどうでもいい。


「だから用意しただろう、贄を」

「贄……?」

「……なるほど、わかりました。アンネローゼ卿を利用するんですね」

「その通りだ」


 亡国の将軍を何年も飼える環境を持っている侯爵家ならば、武将一人奴隷に墜とすことくらい訳無い筈だ。


 ハイゼンベルグ侯爵は欲深い人間だと分かっている。


 そんな人間が飼っている奴隷を手放すんだ、勝利して捕えた敵国の将軍を。


 飽きたのだろう。

 何人も奴隷を侍らせている奴はその傾向が強い。

 正室に側室に奴隷、一体どれだけ女を抱けば気が済むのかと呆れるほどだ。


 必ず代わりを求めている。

 アンネローゼは表社会でもそれなりに評判になっていた女だし、絶対に欲しがる。何かに噛みつかれる前に直接交渉さえ出来ればいい。


 そして、その交渉のチャンスは訪れる。


 将軍を競り落とせば、必ず。


「素晴らしい案です。私ではそれ以上は思いつきません」

「陰謀を張り巡らせるのは参謀の仕事だ。お前にそこまでは期待してない」


 セカンドには領地経営を任せる予定でいる。


 無駄に計略だのなんだのではなく、内政方面に知識と経験を伸ばして欲しい。


 それは何度も伝えているのだが、どうにも無駄に役に立とうとする。こいつが使えるようになる分には構わないのだが、本来の仕事を疎かにするのはいただけない。


 こんな無用な心配も人材が揃っていればしなくて済むのに……


 人手不足を実感する。


 だが、気分は悪くない。

 奴隷に墜ちた亡国の将軍、戦に負けたとは言えその戦績には衝撃を受けた。


 三千対三万の戦いで最後まで王族を守り切った稀代の勇将、ヴェリナ将軍。


 結果として彼女は囚われの身となったが、王女とその息子を遠方に逃がす事に成功したらしい。


 三万もの兵士の目を掻い潜ってな。


 欲しい。


 女としての価値はどうでもいい。


 その将軍としての手腕はあまりにも貴重だ。


 他の貴族には渡さん。

 絶対に俺の物にしてやる。

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