第四話


 セカンドが持ってきた料理が俺の好みのものであったのと、執事に頼んだドリンクが想像より質の良いものだったため致し方なく静かに食事をしていると、部屋の奥にある壇上に数人姿を現した。


 真っ先に気が付いたのは俺以外にも数人。

 会場内にいる貴族共の中で現状関わりたいと思う奴は見つけられないが、まだまだ時間はある。


 慎重に見極めよう。


 そして諸侯もそれに気が付いたのか、騒めきが静まっていく。


 ついに本命のオークションが始まる。

 どことなく緊迫感が漂い始めたが、それを気にした様子もなく、壇上でもっとも太い体型の男が話を切り出した。


「んんっ、えー、諸君。楽しんで頂けている様でなによりだ、儂がモリエル・ハイゼンベルグ侯爵である」


 ……飯が美味いのも納得だ。

 あれだけブクブクに太れるのは最早才能ですらある。


 俺があんなに肥え太ったら憤死ものだが、それに関しては特別気になるものではないらしい。


 更にこれだけ湯水のごとく金を使ってなおこの余裕。


 やはり、俺と貴族たちの価値観はズレている。


 だからどうしたという話だが、この感覚のズレはいずれ必ず俺に益を齎してくれる。


 一度深く根付いた感性は中々変え難いものだ。

 それこそ、争いが勃発しそれぞれから余裕が無くなったとしても、バカな奴は何時までも縋り続けるだろう。


 俺はそうはならん。

 いや、なってはならない。

 金は有限で使い道は無限だ。

 煌びやかな装飾で媚びを売る必要なんぞない。


 少なくとも今はまだ。


「……ヨハン様」

「どうした」

「女を引き連れている方が少ないです。必要以上に目立ってしまう可能性があります」


 セカンドがそれとなく耳打ちしてきた。


 このままオークションが始まれば確かに目立つだろう。


 女奴隷を落とすのに女の部下を連れてくる悪趣味な男だとな。


 普通ならそのような印象付けは御免被るが──今回はそれで問題ない。


「構わん。寧ろ好都合だ」

「はっ、出過ぎた真似をして申し訳ありません」

「良い」


 好色家だと思われてもいい。


 それで他の連中の目を欺けるだろう。


 ヴェリナ将軍には女としてより大軍に対して少数で戦い抜いた軍略家としての才を期待している。たかが辺境領主がなぜ元将軍の手腕に期待するのだと疑われるより、色んな女を侍らせている変な奴だと認識された方が得だ。


 ファーストとセカンド、両名を直属の部下だとしたのも有効に働く。


 身の回りの人間を女で固めている人間なら信憑性も増す。


 もしも俺の思惑を見抜く奴がいればそいつは要警戒で、特に気にしないのならばそれでいい。


 俺には損のないやり方だ。


 それとなく周囲を観察する。


 侯爵の話に聞き入っている者が大多数で、大したことが無いという印象を受ける。どいつもこいつも媚びを売りに来たのか、まあ、確かに今は侯爵に媚びておけばそこそこ楽ができる。女を差し出していれば満足する男だ。

 領主としては納得できる。

 俺の目的を考慮すると、同調は出来ないな。


 だがその中で二人、つまらなそうに話を聞く者が居た。


 一人は年を重ねているが肉体の厚みと頬に刻まれた傷跡から察するに、名のある武将だろう。表立ってハイゼンベルグ侯爵に逆らえる立場であるのだろうか。

 探りを入れたい。


 もう一人は逆に若い。

 それこそ俺と変わらないくらいだろう。

 端正に整った顔立ち、それこそ女のような顔立ちに見えなくもない。中性的な事を揶揄われて来たが故の嫌悪感か、それとも……


 今の所見つけたのはそれくらい。

 これ以上探るならチョロチョロ頭を動かす必要があり、話を聞いてないのがバレる。無駄に悪目立ちするのは望ましくないのでファーストに合図を出した。


 気が付いたファーストは半歩俺に近付き、耳を寄せてくる。


「あの武将と若い中性的な男、わかるか」

「……若い方はともかく、武将の方は。確か伯爵だった筈です」

「名前は」

「……申し訳ありません」

「気にするな、十分だ」


 伯爵……


 要調査だな。


 数年後勢力図がどう変化しているかわからないが、出来るだけ選択肢は増やしたい。


 ファーストが見たことがあるのなら何度も戦場に出た経験豊富な武将という事。動乱が起きても生き残る確率は高く、情報を有していても損はしない。


 若い方はまだわからない。

 だが調査できるのならしておきたい。

 今この情勢でハイゼンベルグ侯爵に嫌悪感を表立って出せる奴は大馬鹿者か、よほど己に自信のある愚か者の二択だ。


 現時点ではこれだけだな。


 後はオークションの最中それとなく二人に見張らせて後から聞くしかない。ちょうど侯爵の話も区切りが付くタイミングで、隣に控えていた男がそのまま進行役を引き継いだ。


 並べられていく奴隷の姿を見ながら考え事に耽っていると、再度セカンドが耳打ちしてきた。


「そういえばヨハン様」

「なんだ?」

「なぜ侯爵閣下は乾杯をなさらなかったのでしょうか。こういった格式高いパーティーでは通常取り仕切るのでは」

「普通はな。だが、奴隷オークションは違う」


 なぜなら奴隷とは汚く臭い存在だからだ。


 そんな奴を見ながら欲しいだのなんだのと言って飯を食いたいか? 


「う……それは、確かに」


 口にはしないが、そもそも奴隷オークションとパーティーを同時にやるのがおかしい。


 それはぶっちゃけ参加者一同思っただろう。


 だが、ハイゼンベルグ侯爵に面と向かってそんな風に言う奴はいない。領地発展により爵位を賜ってから唯一の失敗とも呼べるのが例の国攻めだ。


 王女とその子供は逃したが、国自体は滅ぼし領地も手に入れている。

 あの男に政治の才が無ければそこで多少力を削がれていたかもしれないが、残念な事に政治の才能はあったらしい。


 力は失わず。

 自分が満足できる奴隷も手に入った。


 かなり言葉を濁したがそれで伝わったらしく、セカンドは満足そうな表情で頷いた。


「……なるほど。お答えいただき、ありがとうございます」


 どの道、今回俺はヴェリナ将軍一点狙いだ。


 出てくるまで退屈な様子を見せるのも良くない。


 部下と会話をして時間を潰す方がマシだな。


 折角の機会だ。

 どのように考えるか、その例を挙げてやろう。


「……セカンド。さっきの言葉で一つ、疑問を覚えなかったか?」

「疑問、でございますか」

「ああ。俺は矛盾する事を言っている」


 俺の言葉を聞いてすぐ、顎に手を当てて思考を始めるセカンド。


 そうだ、それでいい。


 俺はただの指示待ち人間にするつもりはない。


 ファースト、セカンド。

 お前達は奴隷だが、俺の意志を完璧に汲み取れなければならない。


 ただ身の回りの世話をするだけの奴隷など求めていない。


 時には俺以上の智謀を生かせる人材にならねばならぬのだ。


「…………わかりません」

「……まあいい。奴隷について、疑問に思ったことは?」


 首を横に振った。


 奴隷に聞くのは酷なことかもしれない。


 だが、それでもこいつらには冷静に何事も考えられるようになってもらわねば困るのだ。


「豪華な食事、煌びやかな照明に装飾、清潔な館内。これは貴族の威信に関わる大事な要素だというのは理解できるな」

「はい」

「ではなぜ奴隷は汚らしいままにする?」

「──……!」


 そんなに綺麗で光っているものが好きならば、奴隷も磨き上げればいいのになぜかそれはやらない。


 貴族にとっては当たり前の事なのだろう。

 だが冷静に考えればおかしなことだ。

 奴隷に権利はないが、所有物である。


 貴族の衣服が乱れていたらバカにされるのに、奴隷はどんな扱いでも許される。同じ所有物であるにも関わらず、だ。


 おかしな話だろう。


 俺は別に奴隷の味方をしたいわけじゃない。

 己の所有物だと言うのなら最低限品質を保って見せろと言いたいだけだ。


 領地だってそうだ。


 己の土地を豊かにするために手を尽くすのは当たり前の事だ。

 収入を得れば得るだけ己に益が入る。その金を使えば更に別の手段で富めることが可能なのに、どいつもこいつも懐にしまいくだらん矜持の為に金を使い込む。


 調略、治水、領民への口封じ、私兵の育成と数えたらキリがない。


 そしてここまで考えが及ぶようになれば──……これ以上は皮算用だな。


「ここから先は自分で考えろ」

「──はい」


 いずれお前には領内を任せる予定でいるんだ。


 とっとと成長してもらわねば。


 最初から優秀な文官がいればこんな回りくどく奴隷を育成する必要なんてなかったのに……


 溜息を吐きたくなるのを堪えて壇上に目を向ければ、中々の盛り上がりを見せた前座が既に売り払われていた。参加していた連中も特別目を引く者はおらず、何となく先程の若い男に目を向けると、件の武将に何かを耳打ちしていた。


 ……繋がりがあったのか。


 今知り合った、なんて訳はあるまい。


 伯爵子飼いの貴族か? 

 ファーストもその様子をみていたらしく、目配せをしてきた。


「お前に任せる、見張っておけ」

「はっ」


 セカンドと違い元貴族だ。

 長い間戦場で奴隷として戦ってきたとはいえ、最低限の礼儀も再教育してある。少し離れても問題はない。


 それとなく監視できる位置にファーストが移動したのを見てから再度壇上を見ると、そこにはハイゼンベルグ侯爵ともう一人、首輪で連れられた奴隷がやってきた。


 薄紅の髪。

 遠い距離からではそれくらいしか確認できんが、そこが合っているならほぼ当たりか。

 念のためもう一度ファーストに視線を向ければ、他の者から見えない場所でサインを出している。人差し指と親指で丸を作っているという事は、間違いない。


 あれが、ヴェリナ将軍。


 かつて三千のみを率いて三万の大軍を相手に主君を守り通した勇将だ。


 ……さて。


 正念場だな。


 外すなよ、ヨハン。

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