第47話 不審者女の目当て

 わわわ……ど、どうして……?

 どうして日本一のアイドルの霧ヶ峰リリが、こんな地下アイドルフェスに……?

 関係者……ではないよな、さすがに。

 え、というかこの時間帯に入って来たってことは、もしかして……。


 ウチの目当てで入ってきてたりする?


 いやいや、まさかそんな。

 だって天下の霧ヶ峰リリだぞ?

 髪色を変えるだけで日本中の女子がこぞって真似をする正真正銘のカリスマだぞ?

 そんなスーパースターがウチを目当てで地下ドルイベントに来る?


 ないだろ。

 ないない。


 とはいえ。

 こっちはあと一人で解散するかどうかの瀬戸際なんだ。

 フロントに行って確認しないと……。

 っと。

 今フロアから出ていったらステージ上の野見山たちにも丸見えだ。

 動揺させてしまって、残りのパフォーマンスにも影響が出るかもしれない。

 となると。


(うん……そうだな)


 本人に聞くのが一番早い。


 べ、別に元オタクだから話しかけるわけじゃないぞ……!


 運営として、仕事として話しかけるんだ。


 入口で目当てを「どこ」と答えたか。


 それを聞くだけ。


 聞くだけ……。


 と思いながら、マスクにサングラス、帽子姿の不審者感満々、それでいてにじみ出るオーラを隠しきれていない霧ヶ峰リリに近づいていくと。


「それ、もらえる?」


 逆に声をかけられた。


「は……はい?」


 間抜けな返事をしてしまう。


「それ。手に持ってるの。配ってるんじゃないの?」


 オレの手に持ったサイリウムを指差す霧ヶ峰リリ。


「へ? あ、ああ! 配ってます! 配ってますよ!」


「じゃあ、赤を」


「は、はい……」


 赤。

 野見山のメンバーカラー。

 そのサイリウムを手渡すと、霧ヶ峰リリは流れるような仕草でパキンと折った。

 そんな細かい所作にまで華がある。

 これが動員力8000。

 逆に言うと。

 ここまで極めて、ようやく8000。

 遠いな……5億は。


 そんな「5億」や野見山のことを考えてると、霧ヶ峰リリに対する緊張もすっかり溶け落ちていることに気づいた。


「今日はなんでここに?」


「見たかったから。あなたの『育成力』を。解散したらもう見れないでしょう?」


 そう言って霧ヶ峰リリはオレの頭の上にチラと視線をやる。


「? はぁ……それはどうも?」


 育成力?

 なんかよくわからないけどウチのグループのことを気にかけてくれてるらしい。


「入口で目当てのグループを聞かれたと思うんですけど、どこって答えました?」


「あなた達のグループだけど。たしか……『Jang Color』よね?」


「はい」


「じゃあ合ってる。そこ」


 そこ。


 つまり。


 オレたち!


 やった!


 やった!


 これで解散はなくなった!


 これからもみんなと『Jang Color』を続けられる!


 そう思って喜びを噛み締めていると、ふと疑問が頭をもたげた。


「……あれ? でも霧ヶ峰さんって、オレたちが解散するのを喜んでたんじゃ?」


「うん、解散するのが一番いい。そしてあなたがウチのスタッフになるのが」


「はぁ? 『ウチ』って『飛鳥山55』のことですか?」


「そうだけど?」


「へ? なんで?」


「なんでって、それはあなたが……」


 再びオレの頭の上に視線をやった霧ヶ峰リリの言葉の途中で、ステージ上の満重センパイの力強い言葉が聞こえてきた。


「じゃあ次は私たちの新曲です! とっても可愛い曲なんで、みんなもサイリウム振ってね~! 持ってない人は、あそこにいる運営さんから貰ってね~!」


 え、オレ!?


 フロアの人たちの顔が一斉に後ろにいるオレに向けられる。


「あ、あはは~」


 突然振られたオレはとっさにひきつり笑いを作りながら「持ってま~す」ってな感じでサイリウムの束を振る。


(うぉ~! 満重センパイ、オレが思ってたよりも数段アドリブうめぇじゃねぇか! いきなり振られたから焦ったし!)


 でも……。


 フロアは確実に満重センパイのMCによって一つになってる。


「それでは聴いてください。……『Hug!』」


 その言葉と共に、ステージがピンクと黄色の照明包まれた。

 すでに立ち位置についている野見山、湯楽々が満重センパイを左右から両手で作ったハートで囲む。

 そして。

 オレが満重センパイをイメージして書き下ろした新曲。


『Hug!』


 そのイントロが流れ始めた。


(霧ヶ峰リリがなにか言いかけてたけど、後回しでいいか)


 今は、メンバーたちのステージを見守ろう。


 オレは眺める。

 熱を帯び始めてきたフロアの最後方から。

 ステージ上で息を弾ませている三人を。


 これまでの軌跡を。

 これまでに感じてきた気持ちを。

 思い出しながら。

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