第46話 @1

「白井、これ!」


 フロアに向かうオレにルカ先輩がサイリウムの束を手渡してくる。

 少しでもライブを盛り上げようと、見てくれてるお客さんたちに配るためのものだ。


「ああ、ルカ先輩、ありがとうございま……」


 その束を受け取ろうとした時。



 ドンッ!



 フロアの扉が開いて、中から出てきた人とぶつかった。


 バラバラバラ……。


 サイリウムが床に散らばる。


「……チッ! んだよ、こいつらかよ! 邪魔クセェ~な! ったくよぉ~!」


 あ……これ、昼間に会った『パラどこ』のオタクたちだ。


 ダンッ!


『パラどこ』オタはそのまま。


 グリッ、グリッ……!


 と、見せつけるようにわざとサイリウムを何度も踏み潰し。


「どぉ~せ負けて解散するのが決まってんのに、あんなもん配ってなんの意味があるんだよ(笑)」

「な? マジで! 引き立て役ご苦労なこったぜ(笑)」


 と、笑いながら特典会の行われているロビーへと去っていった。


 悔しい……!

 悔しいけど、それ以上に今は時間がもったいない。

 一刻でも早くお客さんたちにサイリウムを配って、野見山たちのステージを盛り上げたいんだ!

 そう思って、オレはしゃがんで散らばったサイリウムを拾おうとする。

 と、頭の上から声が聞こえてきた。



「大丈夫かい?」



 聞き覚えのある声。

 オレは顔を上げる。



 祐天寺翔ゆうてんじしょう



 満重センパイの実の兄だ。


「翔さん! 来てくれてたんですね!」


「ああ、可愛い妹の晴れ舞台だ。見ないわけにはいかないでしょ。それに、キミの手腕も気になるからね、白井くん」


 そう言って、翔さんはウインクをする。

 う~ん、キザだけどさまになってる!


「ありがとうございます!」


「これ、配るんでしょ? 手伝うよ」


「大丈夫です! それはオレたちの仕事なんで! 翔さんは、妹さんのことをたくさん見てあげてください」


 満重センパイのメンバーカラー、紫のサイリウムを差し出す。


「わかったよ、ありがとう。やっぱりキミに妹を預けて正解だったみたいだね。あ、それからその紫のやつ、あと7本くれる?」


「え?」


「ほら、ボクが妹のステージ見に行きたいって言ったらさ……ファンの子達も着いてきちゃって」


 後ろを見ると、翔さんのファンらしき女の人たちがこちらを伺っていた。


「翔さん……マジで、本当にありがとうございます! はい、これ七本です! さぁ、もうステージ始まります! 早く観てあげてください!」


「うん、また後でね」


「はい、ありがとうございます!」


 頭を下げるボクにミカ先輩が声をかける。


「ひぇ~、あれがナオちんの兄貴かぁ~。初めて生で見たけど腰抜けるくらいイケメンだなぁ」


「ナオちんがブラコンになるのもわかるよね。しかも一人で動員を八も増やしてくれてほんとありがたい。ってことで白井。お兄ちゃんの気持ちに応えるためにもサイリウム早く配ろう」


「……ハッ! うん! 手分けしてやりましょう!」


「じゃ、私あっちからやるわ」

「私はこっち」

「じゃあ、オレはこっちから配っていきます!」



 ステージ上ではちょうど登場SEが終わったところだった。

 野見山たち三人は練習した通りの立ち位置についている。

 緊張した面持ちの三人と目が合うと、彼女たちは一瞬フッと力が抜けたような表情になって──。


 一曲目、『あなたの二番目に好きなところ』のイントロが流れた。


 手を繋いだ野見山と湯楽々の後ろから、ぶりっ子ポーズをした満重センパイがぴょこんと飛び出す。


(よし! 満重センパイ、しっかりスイッチ入ってるな!)


 曲が始まった瞬間に客席も「あ、知ってる曲だ」という安堵の空気に包まれた。

 ステージから目を離し、周りを見渡してみる。


 DD誰でも大好きなオタクがちらほら。

 きっとゴールデンウィーク最終日の夜にやってるイベントが少ないってのも関係してるんだろう。

 オタクは年中無休で年中夢中。

 逆に、こういう時の方こそ選民感が醸し出されて燃えるのが地下オタだ。


 それから、前回の地底ライブでチェキを撮ってくれたオタクの姿も確認。


 今日配ったビラを手に持ってくれてる人もいる。

 スマホを掲げて動画を撮影してる外国人も。

 よかった、今日のオレたちの頑張りは無駄じゃなかったんだ。


 そしてフロアの中で圧倒的に多いのが「今日初めて地下アイドル現場に来ました」って感じの女性たちの姿。

 どことなく落ち着かなっそうな雰囲気。

 間違いなく満重センパイ目当てで来てくれたお客さんだ。

 彼女たちの気持ちもわかる。

 勢いでライブに来てみたはいいものの、実際どんなライブを見せられるかわからずに不安。

 きっとそんな気持ちのはずだ。


(よしっ、せっかくきてもらったんだ! 少しでも楽しんで帰ってもらおう!)


 そう思って顔を上げると、ルカ&ミカ先輩と目が合った。

 無言でうなずき合う。


(さぁ、まだまだ運営にやれる仕事は残ってるぞ!)


 手持ち無沙汰にしてるお客さんたちに次々とサイリウムを手渡していく。

 満重センパイのお客さんっぽい人には紫のを。

 前回チェキを撮ってくれた人にはそれぞれの推しの色を。

 DDの人にはバランスよく。

 それぞれ手渡していった。



(ふぅ、これで全部配り終えたかな……)


 フロアの後方に移動して全体を見渡す。

 人間ってのは不思議なもので、手に棒を持っていたら大体は振る。

 そこに音楽があれば、高確率で振る。

 光る棒ならなおさらだ。

 そして、振って体を動かすとなんだか楽しくなってくる。

 子供の頃に木の枝を持ってぶんぶんと振り回してたような、そんな原始的な根源的な楽しさが湧き上がってくる。

 当然、今の客席フロアも赤、緑、紫のメンバーカラーの棒が、まだ小さくだけど揺れている。

 前回、お客さんゼロで入口ばかりを気にして歌ってた時から比べると、はるかにちゃんとしたアイドルのライブになっている。


 その客席の楽しさが動きや表情でステージ上のアイドルに伝わり、手応えを感じたアイドルがさらに充実したパフォーマンスを観客に送る。

 その相互作用がはっきりと見て取れる、感じられるのが地下アイドル現場の良さだ。

 そして。

 今のステージ上の野見山、湯楽々、満重センパイの三人も、徐々にその相互作用のを築けそうなくらいパフォーマンスに熱を帯びてきていた。


 トンッ。

 トンっ──。


 気がつくといつの間にか左右にいたルカ&ミカ先輩が、肩でつついてきた。


「白井っち、ありがとな……ナオちんのこんな最高に輝いてる姿を見せてくれて……」

「さすがだよね、ウチらのナオちん。こうして見ると、やっぱウチらとはモノが違うってハッキリわかる。アイドル……天職なんじゃないかなぁ」


 ミカちんの目には涙も浮かんでいる。

 オレは、それに気づかないふりをする。


(そうだな、満重センパイはたしかにアイドルに向いてる)


 カリスマ的アイドル。

 シンガー系アイドル。

 ダンス系アイドル。

 バラエティー系アイドル。

 一言でアイドルと言っても色々いるけれど、満重センパイは──。


 役者系アイドルだ。


 役者系、というよりも「憑依ひょうい型」と言ったほうがいいかもしれない。

 ステージの上であらゆる主人公になりきれる能力。

 ピックポックでえっちなカリスマJKを演じていたように。

 今はステージ上で小悪魔的で「イマ」の空気感満載な「カワイイ」アイドルを演じきっている。


 才能。

 

 才能を努力で覆せるのが地下アイドルのいいところでもある。

 でも、逆にこういう圧倒されるような、まだ世間に見つかっていない才能に出会える場も地下アイドル現場ならではだ。

 そしてオレは、こうういった才能の誕生の瞬間に立ち会いたくて地下アイドルオタクをやっていたと言っても過言ではない。


(売って……あげないとな。オレが)


 この才能を埋もれさせるわけにはいかない。

 これまで埋もれて消えていった数多あまたの才能あふれる地下アイドルたち。

 彼女たちの無念を晴らすためにも──『Jang Color』を、このまま解散させるわけにはいかない。


 そのためには。



 あと、5人。



 わらにもすがるような気持ちで後ろのドアを見つめると、オレの気持に呼応するかのように扉が開いて四人の新たなお客さんが入ってきた。


「あっ……!」


 全員知った顔だ。

 まずは湯楽々のご両親。

 そして、オレの妹のうるると、その友達で地下アイドルをやってる「さらら」ちゃん。


 湯楽々のご両親に挨拶してサイリウムを渡し、見やすい場所へと誘導する。

 そして──。


「お前、なんで勝手に来てんだよ?」


「はぁ? 兄貴がチャット返さなかったからだろ?」


「忙しくて見てる暇ねぇっつーの」


「ったく使えね~兄貴だな。せっかく最後かもしれないからって見に来てやったのに」


「別に頼んでねぇよ。あ、でも……うちの目当てで入ってくれたんだろ? その……ありがとな。あ、もちろんさららちゃんも」


 さららちゃんを見る。

 小さい時からずっとうちの妹とニコイチだったようなさららちゃん。

 名前が似てるのもあるが、年齢と背丈までほぼ一緒。

 ただし性格は真逆。

 クソガキうるると違って、さららちゃんは昔からどこか大人びた雰囲気をまとっている。


「いえ、お兄さんの運営されてるアイドルグループ、前から見たいと思ってたんですが、うるるの許可がなかなか下りなくて」


 許可?

 別にうるるの許可なんていらないと思うが。


「で、今日私たちのライブが終わってから、いやがるうるるを引きずってここまで来たんです」


「そうか! マジありがとう、さららちゃん!」


 ガシッ! とさららちゃんの手を掴んで感謝を伝える。


「あ~! ちょっと兄貴、離せよ! うちのアイドルにお触り禁止!」


 おっと、そうだった。

 オレにとっては昔なじみの近所の子だけど、今は立派なアイドルなんだよな。


「あ、ごめんな、さららちゃん! つい嬉しくて……!」


「うれし……!? いえ、大丈夫です、ひゃい……うぅ……」


 そう言ってさららちゃんは顔を伏せた。

 と、そこで二曲目の『ドルオタ入門キット』のイントロが流れた。


「キタァ~!」

「やったぁ~!」


 ノリのいいDD達の歓喜の雄叫びが上がる。

 そうだよな、ゴールデンウィークの最終日。

 沸きまくれる曲で締めたいもんな。

 気持ちはわかるぜ、オタクたち!

 さぁ、一緒に盛り上がろう!


「おい、さらら! 『ドルオタ入門キット』始まったぜ! 踊ろう!」

「うん、私もこれすき!」


 そう言って二人はフロアの後方、空いてるスペースで振りコピ……というか、向こうのほうがアイドル歴長いからステージ上よりもダンス上手いのがあれだけど、まぁとにかく踊りだした。



 ステージ上の様子は順調。

 ルカ&ミカ先輩とも目を交わす。

 野見山、湯楽々、満重センパイとも視線が合う。

 みんな、オレが湯楽々のご両親やさららちゃんたちを出迎えてたところを見てる。

 だから、みんなわかってる。


『パラどこ』との差が。


 あと。


 あと……。



 1。



 だということを。


 1。

 1。

 1。

 1。

 1。

 1。

 1。

 1。

 1。

 1。

 1。


 フロアは徐々に沸いてきている。

 DDによるコールやMIXも発動。

 後方ではうるる&ささらも踊ってる。

 翔さんと、そのファンたちもにこやかにサイリウムを振っている。

 雰囲気はいい。

 二回目のライブでここまでいい雰囲気でやれるアイドルグループなんてほぼ存在しないだろう。

 満重センパイのお客さんたちも、初めて体験する地下アイドル現場のポジティブなオーラを浴びて楽しそうに笑っている。


 けど。


 1。

 1。

 1。

 1。

 1。


 あと「1」が足りなかったらオレたちは、『Jang Color』は、ここで終わってしまうんだ。


 そして。


 そのまま誰も入ってくることなく。


 二曲目が終わりを告げた。



 ステージ上の三人は激しく息が上がっている。


「はぁ、はぁ……みんな、今日は来てくれてありがとう」


 満重センパイがメインでMCを切り出す。


「多分、ピックポックから来てくれた人も多いんじゃないかな? それと、それ以外の人もいっぱい見に来てくれてとってもとっても嬉しいです」


 流暢りゅうちょうな滑り出し。

 喋りながらもファンの人や翔さんに向けて小さく手を振りながら表情で会話してる。


 満重センパイの才能は──役者的なものだ。

 常日頃からジッと周りを観察している彼女は、時と場合に応じてキャラクターを演じ分けることが出来る。

 きっとそれは両親の不仲や、父親の不甲斐なさという境遇から学んだ彼女なりの処世術だったのだろう。

 でも、そんな理由で身についたものだとしても。

 オレたちに足りていなかった「臨機応変に場面に従って対応する力」

 それを、彼女が『Jang Color』にもたらしてくれた。


(でも、それでも、このままもう誰も入ってこなかったらオレたちはここで終わりなんだ)


 イヤだ……。

 終わりたくない……!


 だって、こんなにいいパフォーマンスをして。

 こんなにお客さんたちも楽しそうで。

 ステージ上の三人も、一緒に手伝ってくれたルカミカ先輩も。

 すっごく才能に溢れてるじゃないか。


 この才能を埋もれさせたくない……!

 今まで埋もれたまま消えていってしまった、あの地下アイドルたちのように……!


 たのむ。


 頼むから。


 あと「1」


 あと1人。


 どうか……!


 オレは、いつの間にか祈るように両手を組んでいた。



 ギュッ──。



 背後の扉。

 ロビーへと続くホールの重たい扉が開いて、カラッとした空気の流れ込んできた。


 1!?


 振り向く。


 入ってきた。


 人。


 女性。


 マスク姿でサングラス。


 帽子を深く被ったピンク髪の女の人。



「え……?」



 オレは固まる。


 なぜなら。


 そのピンク髪の人の頭の上に。



 8000。



 の数字が。


 金ぴかに、輝いていたから。

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