第45話 舞台袖。あと、5
神田神社の横で
ロビーでは地下アイドルたちの物販──いわゆるチェキ会が行われてるが、ゴールデンウィークの最終日ということもあってすでに人もまばら。
連休中ずっとイベント漬けだったのであろうアイドルや運営もどことなく早々に店じまいしたそうな雰囲気を
そんなお疲れムードのロビーを足早に抜け「関係者オンリー」と書かれた扉を開けると、すぐに花沢さんとかち合った。
「あぁ、いた。あと五分くらいで出番です。袖で待機お願いします」
相変わらず淡々としてる。
「あ、じゃあ楽屋でメイク手直ししてきてもいいかな。一分で済むから。明るいところで一応チェックしておきたい」
と、ルカ先輩。
「わかりました! 時間厳守でお願いします!」
即座に答える。
「オッケー! 他のアイドルさんたち着替えてるかもだから白井っちはここで待っときな~!」
ミカ先輩がニシシと笑ってみんなと楽屋へ向かう。
(し、白井っちって……。ここに来て新たな呼び名……)
まぁ、ともあれ。
本番前に一分間の空き時間が出来た。
さぁ、どうしようか。
ここで待っておくか、トイレにでも行くか。
いや、そんな場合じゃないな……。
オレの今するべきことは、ただ一つ!
ダッ──!
受付に駆ける。
「すみません、今から出番の『Jang Color』です! 今のウチの動員数教えて下さい! それから『パラどこ』さんの動員数も! 今日動員勝負をしてるんです!」
時間がないので単刀直入。
「あぁ、『Jang Color』さん。当日券で結構お客さんが来てくれてますよ」
え、そうなんだ!
スタッフのお姉さんがペラペラと紙をめくっていく。
そして、すでに集計済みらしい二枚の紙に書かれた数字を見比べていき……。
「え~っと、『パラどこ』さんは96ですね。で、『Jang Color』さんは今の時点で……」
……今の時点で?
「91です」
きゅ……。
91!
伸びた!
めっちゃ伸びた!
ビラ配りの効果なのか?
それともゴールデンウィーク最終日の夜に向けて必死に告知してるアイドルやイベントが他になくて、DD──いわゆる「D(誰でも)D (大好き)」という層が流れてきたのか。
理由はわからないが、とにかく動員数が格段に増えている。
でも……。
あと、5。
オレたちがライブをする20分間の間に、あと5人お客さんが来なければオレたちは──解散。
一瞬折れそうになった心をギュギュッ! っと引き締め直す。
「ありがとうございます!」
オレは、そう言って舞台袖へと引き返した。
戻ってくると、ちょうど野見山たちもヘアメイクの最終調整を終えて戻って来きてるところだった。
下半身は制服系でかっちり。
上半身はデカオタTでゆったり。
顔はメイクとラメラメシールを貼ってド派手に。
統一感があって、かつそれぞれの個性も出ているスタイリング。
野見山と満重センパイからにじみ出てる自信満々なオーラも相まって、思わず見慣れてるはずのオレですらパッと目を引くほどの華々しさと清楚さを兼ね備えている。
バッ──!
オレは片手を差し出す。
「5。あと、5人だ」
一瞬、言わないほうがいいかなとも思った。
メンバーが焦っちゃってパフォーマンスに集中できなくなるかもと思ったから。
けど、気がついたら伝えていた。
そして気付いた。
(一緒の目標を持ってここまで頑張ってきたんだ。せっかくなら最後までみんなと一緒に同じ目標を持って頑張りたい)
って。
「あと、5人……。5億人を動員することになる私からしたらなんてことない数字ね」
「はわわ、当日券のお客様いっぱい来てくれたんですね! 今日も……今日までも……私、頑張ってきてよかったです!」
「大丈夫、やれることはみんな十分にやってくれたよ。野見山も湯楽々もありがとう。そして、満重センパイ、ミカ先輩、ルカ先輩もありがとうございます。まだ、ライブが終るまで勝負はわからないんで、最後まで諦めずにやり抜きましょう!」
「うん……お兄ちゃんにも私がアイドルしてる姿いっぱい見せたいしね。それに、私……」
ジィっと湿っぽい視線をオレに向けてくる満重センパイ。
(?)
その視線の意味が理解できず、オレは一瞬キョトンととする。
この十日間でもたまにあったんだよな、満重センパイのこの上目遣い。
スイッチ入ってない時は口数少なすぎて、何を考えてるのかこの人マジでわからん……。
と戸惑っていると、ミカ先輩が口を開いた。
「なぁ? ウチらであと5人分の当日料金払って水増ししちゃいけないのか?」
「いけないってことはないだろうけど……それで勝って心から喜べる人、この中にいるかな?」
シーン。
「ま、いないだろうね。私もそんな勝ち方してもモヤモヤして、この先ナオちんの応援出来なさそうだし」
ルカ先輩が、みんなの沈黙の意味を確認する。
「だな~! ってことは、今からウチらに出来ることはナオちんたちのライブを盛り上げることだけか!」
「だね!」
きれいに話がまとまったところで花沢さんが声をかけてきた。
「『Jang Color』さん、もうすぐ出番です。よろしくお願いします」
「はい!」
威勢よく返事をする。
「よし、じゃあ、あれやるか!」
「あれって?」
「前回やった気合い入れってやつです!」
「気合い入れ、いいね!」
「はい、じゃあ全員手を出して重ねてください」
「お、こんな感じ?」
「ウシシ! いいね、いいね。ワクワクしてきた!」
オレ。
野見山。
湯楽々。
満重センパイ。
ミカ先輩。
ルカ先輩。
六人の手が重なる。
「 Jang Color !」
『ハーフ……ビリオン!』
六人の手のひらが宙に舞う。
「うひょ~! 最高! 青春っぽいじゃん!」
青春っぽいんじゃない。
青春なんだ。
オレたちにとっての、今は。
「一番マイクの方~?」
「はいっ!」
野見山が素早く手を上げてスタッフからマイクを受け取る。
何もわからなかった以前のオレたちじゃない。
成長してる。
確実に。
だから。
このまま──終わらせたくない!
野見山と目が合う。
わかってる。
5億人を動員して、解散して、お前と結婚する約束。
ここで終わらせたくないよな。
コクリと頷く。
野見山も頷く。
♪~
オレの作った新しい入場SEが流れ始めた。
ステージから戻ってきた『パラどこ』のメンバーたちが何か言ってたような気がするが、そんなのもう耳に入らない。
そして、野見山たちがステージへと駆けていった。
オレたちは、その背中を見送ったあと。
「オレたちはフロアから見ましょう!」
舞台袖から抜けだし、フロアへと向かい駆け出した。
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