第48話 Hug!
ピンク、黄色、青、緑。
ステージの上が可愛らしいハートや星型の照明で彩られる。
そのカラフルでファンシーな照明効果に包まれた満重センパイの甘ったるい歌声が、フロアにぽわっと広がる。
♪ Hug! したくなったらごめん
Hug! できなくてごめん
Hug! スキ見せてごめん
Love! しちゃうよね? やっぱ(フフー!) ♪
BPM速めのキュートで可愛い電波ソング。
イントロ含めて頭サビ15秒。
これはピックポックの尺に合わせたオレなりの計算。
ピックポックで有名だった満重センパイ。
そして、それを見ていた満重センパイのファンたち。
ピックポックの動画の長さは大体が15秒程度。
なら、サビや各パートもそのくらいの長さの時間で収めるのがピックポックリスナーに聴いてもらうには一番いいと思った。
それに満重センパイも、この慣れ親しんだ尺にスッと対応して振り付けもすぐに覚えられたからね。
♪ わたしがこんなに魅力的になったの(ハイッ!)
問題になっちゃってる? 騒ぎになっちゃってる?(ハハイッ!)
キュキュっと上げたスカート丈、男ウケばっちしのメイクで
ちょっといい女風 演じてみただけなのに ♪
そしてピックポックで人気の傾向な歌詞。
あざとい女の子がモテモテになっちゃって困ってます的な内容。
フロアの反応も悪くない。
満重センパイのファンもニコニコと笑顔でステージに惹きつけられている。
♪ お兄ちゃんとお出かけしよ 一緒に駅まで歩いてこ(ハイッ!)
腕なんかも組んじゃって すれ違う女に見せつけよ(ハハイッ!)
そう私たちは無敵のカップル 最強兄妹恋人同士
はい、そうです はいはい、あざといです(ヒュヒュー!) ♪
Bパートが終了。
野見山と湯楽々に歌唱を交代して、満重センパイは萌え声の合いの手に回る。
ここからサビ前の満重センパイによるセリフパート。
サビ前の「溜め」の部分だ。
♪ でも勘違いはしないでください
このあざとさは お兄ちゃんのため
あなたのためじゃ ありませんから
文句があるならどうぞ勝手に掲示板にでも書き込んでて(ネッ!) ♪
そして、ここで。
「このあざとさはお兄ちゃんのためにやってることですよ」
「あざとすぎて男の子を勘違いさせちゃったぁ? ごめんねぇ?」
という内容の曲であることが判明する。
フロアの端っこで見てる満重センパイの実の兄、翔さんは「くっくっく……」と声を殺して楽しそうに笑っている。
一方、彼のファンの女性たちは「はぁ!? こんなにブラコンだなんて聞いてないんですけど!?」みたいな嫉妬の入り混じった視線を向けている。
……まぁ、うん。
翔さんのファンのことは今は置いておこう……。
彼ならきっと、上手くあしらってくれるはず……。
さぁ、15秒
♪ Hug! したくなったらごめん
Hug! できなくてごめん
Hug! スキ見せてごめん
Love! しちゃうよね? やっぱ(フフー!) ♪
キタあっ!
わからない!
言葉に出来ないけどっ!
そう、オレみたいに地下アイドルのことをごちゃごちゃ言ってても、結局最後にたどり着くのはいつもここ。
言語化出来ない、すっごくこみ上げてくる
それが、きた。
湧き上がって、叫びたくなる。
ぴょんぴょんと飛び跳ねたくなる。
体中を駆け巡る。
そんな、衝動。
ぶるりと体を震わせた直後、
「タイガファイヤータタタタタイガー!
サイバファイバーサササササイバー!
ダイババイバーダダダダダイバー!
ジャージャジャージャージャジャ、お
これは……『スタンダードうんち可変MIX』!
しかも最後をアドリブで「お兄ちゃん」に改変してる!
言うなれば『お兄ちゃんうんち可変MIX』!
うぉぉ……新たなMIX誕生の瞬間に立ち会うことが出来るなんて。
しかもそれが、自分の運営するグループで発生するだなんて。
感無量だぜ!
これも全部のパートを15秒で区切ったゆえにMIXが入れやすかったわけか。
とんだ副産物!
(いや、それよりも……)
ステージ上で輝いている満重センパイ。
突如入れられたMIXにも動揺することなく、より小悪魔的に光り輝いている。
(満重センパイの力、だな)
これまでのみんなの頑張り、そして満重センパイの力もあってオレたちの解散は、ほぼ確実に
でも。
せっかくなら。
──勝ちたい!
こんな最高なグループを引き分けで終わらせたくない。
満重センパイだって、野見山だって、湯楽々だって、もっともっと輝けるんだ!
ルカ先輩やミカ先輩だってスゴいんだ!
(そして、オレも多分ちょっとくらいは……)
振り返って扉を見る。
開きそうな気配は一切ない。
(頼む……誰か、あと一人……あと一人入ってきてくれ……!)
オレは祈るような気持で再びステージに目を向ける。
♪ (A’パート)
ああ、可愛い? ええ知ってる(ハイッ!)
うん、可愛い? めちゃ知りすぎてる(ハハイッ!)
でもそれを言ってほしいのはあなたじゃない
聞きたくないの、お兄ちゃんから以外は ♪
♪ (B’パート)
私きづいたの、お兄ちゃん(ハイッ!)
お兄ちゃんに「可愛いよ」って言ってもらえたら(ハハイッ!)
たぶん死ぬかも ほら、「ひゆ」的な意味で
だからお兄ちゃんは私に言わないんだね(ヒュヒュー!) ♪
♪ (サビ前セリフパート)
うん、いいの 勘違いさせてください
その優しさは 私のためだって
他の女のためじゃ ありませんって
文句があるならどうぞ私より可愛くなってから言ってて(ネッ!) ♪
♪ (サビ)
Hug! したいんだごめん
Hug! しちゃっててごめん
Hug! 兄妹でごめん
Love! してるんだ わたし(フフー!) ♪
二度目のサビが終わり、観客の反応も大きくなってきた。
満重センパイのファンたちもサイリウムを持った手で振りコピしてる。
二回目の『おにいちゃんうんち可変MIX』も入った。
盛り上がってる。
間違いなく盛り上がってると言っていい。
すごい。
すごいんだ、『Jang Color』は。
二回目のステージでこんなにたくさんのお客さんを集めて、こんなに盛り上げられるんだから。
でも、このままじゃ『パラどこ』との勝負は引き分け。
財布を盗まれたうえに馬鹿にされた野見山の名誉も回復しきれない。
(オレたちが5億人動員するためには絶対に勝っておきたい……そのためにもあと一人。あと一人どうか……)
ラスサビ前の落ちサビパートに差し掛かったとき。
キィ──。
背後の扉がそっと開く気配がした。
「──!」
振り返る。
すると、そこにいたのは──。
「カ、カイザル・トリイ!?」
あの湯楽々と揉めた大道芸人のカイザル・トリイが、そぉ~っと扉を開いて中に入ってきていた。
♪ (落ちサビ)
お兄ちゃんお兄ちゃんお兄ちゃん!(ハイッ!)
私のこと可愛い可愛いって(ハハイッ!)
頭ナデナデして優しく甘えさせてくれる日まで(ハイッ!)
わたしぜったいぜったいぜったい!(ハハイッ!)
「あきらめないからー!」(ハイハイハイハイ!) ♪
オレは急いでカイザル・トリイの元に行く。
「ちょ、何してんの!?」
「な、なにって、お前らこそなんだよ……! なんでこんなとこに……」
「いや、オレたちは出演者。で、あんたは?」
「はぁ? オレはただ、霧ヶ峰リリちゃんっぽい人がここに入ってきたのが見えたから……」
少しキョドり気味にそう答えるカイザル。
「ストーカー!?」
「ば、ばっか、ちげぇって! ちょっとファンなだけだよ! っていうか、中にリリりんは……」
「その前に。あんた、ここに入る時に入口で目当てのグループって聞かれたか?」
「は? ああ、聞かれたけど、それがなにか……」
「で!? どこって答えたわけ!?」
「え、そりゃ、リリりんが言ってたのと同じ……」
「Jang Color!?」
「ああ、そんな名前のとこだった気が……」
♪ (ラスサビ)
Hug! 大好きでごめん
Hug! ブラコンでごめん
Hug! かまちょでごめん
kiss! したいんだ じつは(フフー!)
だれに もいえない けれど(ハイッ!) ♪
気がつくとオレは。
両手を広げてカイザル・トリイを。
思いっきり。
Hug!
していた。
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