第33話 楽屋泥棒
ライブを終えた後、ウィングフォックスの狭いベランダで、バタバタながらもどうにか特典会を終えることの出来たオレたち。
売れた特典券(チェキ券)の枚数。
野見山五枚。
湯楽々二枚。
野見山は例によってそつなく、湯楽々はアワアワとフレッシュさ満点な感じでお客さんに対応してくれていた。
野見山に至っては、一人で二枚買ってくれた人も。
はやくもリピーターゲットだ。
さすがは野見山。
物販(特典会)の時間は一時間もらってたんだけど、ちょうどお客さんが枯れたのと、ライブを終えた『パラどこ』が特典会場になだれ込んできたので、オレたちは三十分程度で特典会を切り上げることにした。
入り口のところで待っていると、楽屋に戻った野見山と湯楽々が制服姿に着替えて出てくる。
さぁ、あとは主催者の中島さんにお礼を言って帰るだけだ。
帰りの電車の中で今日の反省会でもしよう。
そう思っていると、野見山が思いもかけないことを口にした。
「私の財布がなくなっているのだけれど」
初ライブと初特典会を無事に終えられた達成感に満たされていたオレの血の気が一気に失せる。
「……は? ちょっと待って……野見山、今なんて……?」
「なくなってたの、私の財布が」
そう、淡々と話す野見山。
「家に置いてきたとかそういうのは……」
「ないわ。持ってきていたし、今日も使ったから」
「カバンの奥にとか……」
「探したわ。ひっくり返してね。でもなかった」
「え、ってことは、じゃあ……」
「そう、考えられるのは一つ」
野見山の目が、ベランダの外に向けられる。
そこで物販を行っている『パラどこ』に。
「あいつらが盗んだってことよ」
そう言って『パラどこ』の元に突っ込んでいこうとする野見山を止める。
「ちょ、ちょっと待って!」
なんだって?
楽屋泥棒?
たしかにオレたちは、さっき『パラどこ』と揉めた。
揉めたけど、だからって連中に盗まれたって決めつけるのは……。
「なになに? どうしたの?」
オレたちの騒ぎを聞きつけて中島さんがやってきた。
「えっと、うちの子の財布がなくなったらしくて……」
「盗まれたんです、あいつらに」
中島さんの「面倒なことになったぞ」という顔。
そして、すぐに事態を収拾すべく指示を出し始める。
「花沢さん、ちょっとこっち来て。それからミオちゃんも呼んで。それから坂本くん、ちょっと一人で回しといてくれる? 十分くらい」
いつの間にか増えていた金髪マッシュルームカットのスタッフにそう言うと、ウィングフォックス入り口前の踊り場にオレ、野見山、湯楽々、ミオ天使ダークネス、中島さん、花沢さんの六人が隔離された。
「で? なに? 財布がないって?」
「その女が盗ったのよ」
「はぁ? なんで私がぁ? 勝手に泥棒扱いされてムカつくんですけどぉ? 中島さぁ~ん、マジでなんなんです、こいつぅ?」
一気に口火を切る野見山。
真っ向から立ち向かうミオ天使。
狭い踊り場。
ギュウギュウ詰めのオレたち。
まったくもって予想すらしてなかった事態。
オレと湯楽々は、どうしていいかわからず、ただただ固まっている。
「で、なんか証拠あんの? この子が盗ったっていう証拠」
「それは……私にムカついてたからに決まってるじゃないですか。それに、私達が楽屋を出てから、この人たちだけの時間もありましたし」
「それが証拠?」
中島さんの冷静な質問。
そう、状況から考えると、ミオ天使たちが財布を盗んでてもおかしくはない。
でも、彼女たちが盗んだと言い切れる証拠はなにもないんだ。
「は? そいつらの荷物を調べれば、盗ったかどうかわかるでしょうに」
野見山の言葉に、中島さんの表情が険しくなる。
「あのさぁ、愛ちゃんさぁ。もし、それやって財布なかったらどうすんの? 次は他の出演者の荷物も全部調べる? で、その次は? オレたちの荷物調べる? その次はお客さん? それで出てこなかったら最終的には警察でも呼ぶの?」
「これは事件なのですから、そうする必要があれば、するべきだと思いますが?」
「花沢さん」
「はい」
「この子らにちゃんと説明した? 貴重品は自分らでちゃんと管理しろって」
「はい、言いました」
「そ、じゃ、花沢さんは業務に戻っていいよ」
「はい」
例によって花沢さんは淡々と答えると、スタスタと会場内に戻っていった。
そう……だ。
思い出した。
たしかに言われてた。
「ロッカーとかないんで、そこらへん自己責任で管理お願いします」
花沢さんに言われた言葉が頭に蘇る。
一気にぶわ~って言われたのと、オレが浮足立ってたせいで聞き流してしまっていた。
オレのせいだ。
オレがちゃんと野見山たちの財布を預かってれば起きなかった事件。
くそ……!
オレがもっとちゃんとしてれば……!
「中島さぁ~ん、私ぃ、特典会に戻りたいんですけどぉ~? こんな何もわかってないバカたちの相手する意味なくないですかぁ~? てかぁ、泥棒扱いされたこっちが逆に訴えてやりたいくらいですよぉ~」
媚びた声でニタニタと笑うミオ天使。
ちょっと指先で中島さんのヒジを触ったりもしてる。
オレの頭に一瞬、嫌な予感が浮かぶ。
(もし、この二人がデキてたりしたら……)
「よしっ!」
そんなオレの不安をかき消すような大声で、中島さんがまくしたてる。
「じゃあ、こうしよう! 二週間後ちょっと大きいとこでイベントやるからさ! そこで『パラどこ』と『Jang Color』で動員勝負やりなよ!」
「……は?」
動員勝負?
意味がわからない。
「すみません、それ何の話をしてるんですか……?」
「白井くん、だからさ! 動員少なかった方が、相手に土下座! おまけに財布分プラスアルファをオレが弁償! ようするに賞金だね! どうっ!?」
「いや、どうって言われても……」
戸惑うオレをよそに、野見山が啖呵を切る。
「いいじゃないっ! やってやりましょう、白井くん! どうせこのままじゃ
それを受けてミオ天使ダークネス。
こめかみピキピキ。血管ビキビキ。
「はぁ~~~? 泥棒呼ばわりされた上にロリババア呼ばわりぃ? マジでなんなん、このクソガキども? あぁ、めんどっ! ああ、ウザっ! わかった、わかった! もう二度とアイドルやれんくらい、お前らば叩き潰してちゃ~けんなっ! そして土下座、賞金っ、ついでにお負けた方が解散ってことでどうじゃっ!? ま、ど~せ、うちらが勝つとが確定しちょ~わけやし? 受けて立ったろうやないか、クソガキどもがぁ!」
ミオ天使はロリな仮面を脱ぎ捨てて、どこぞやの方言丸出しでがなり立てる。
「いいわ、ただし解散するのはあなた達の方ですけどねっ!」
あぁ……野見山……お前、また勝手に……。
「よし! ってことで二週間後、今度は秋葉原ピムズホールでよろしく! いやぁ~、ちょうどトリの二組が埋まってなかったから助かった! しめしめ、これは盛り上がるぞぉ~!」
こうして。
初ライブの成功の余韻もどこへやら。
野見山の消えた財布を発端に、イベンター中島さんに振り回されたオレたちは。
解散を賭け、二週間後のイベントに出ることが決まってしまった。
────────────
【あとがき】
今年読んでくださってた方、ありがとうございました。
PVつけていただけるのが、本当に書き続ける励みになってました。
白井くんたちの歩みはゆっくりですが、確実に前に向かって進み続けますので、どうか来年も見守っていただけると嬉しいです。
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