第32話 ゼロポジ
場末のライブスペース『秋葉原ウィングフォックス』
そこに、オレの打ち込んだドラム音が流れる。
恥ずかしいような。
ワクワクするような。
体が熱い。
首の後ろが痺れてる。
足元がふわっと宙に浮かんでいく感覚。
ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ。
オレの鼓動と同期したドラム音。
それが四つ流れた
湯楽々の素朴な声が、会場に静かに響いた。
♪ つまらない日常 届かない声
変わらない現状 終わらない倦怠
脇目を振る意味さえ見いだせない
ただ前見て進むしか出来ない ♪
Aパート前半が終了。
単調なドラム音。
そこに乗せられるメロデイーは、歌い手任せだ。
言ってみれば乱暴。
けど、自然。
湯楽々が一人で抱えてた孤独感と無力感。
それが切々と伝わってくる。
ただ、それはオレだけに伝わってもしょうがない。
お客さんに伝わらなきゃ、なんの意味もないんだ。
自分の作り上げたものが初めて他人の目に触れているという興奮で目の前がぐわんぐわんに揺れているオレは、気を引き締め直してフロアを観察する。
♪ 今日もずっと変わらなかった
明日もきっと変わらない
でも諦めることだけはしたくない
儚い夢だけは捨てたくない ♪
Aパート後半が終了。
フロアの様子は、一言で言えば「様子見」の状態。
初見のアイドルの初見のオリジナル曲。
オタク的立場で言えば、この序盤で下手に「ノッちゃう」と最後まで引っ込みがつかなくなる。
もし、この先の展開で「あれ? 思ってたような好きな曲じゃなかったな」って思っても、この過疎現場において途中で後ろに下がるなんてことは出来ない。
湯楽々の歌はいい。
彼女の生い立ちや心情も、歌声によく込められている。
「でも、この先はどうなんだ?」
これまでに数多の大手アイドルや地下・地底アイドルを見てきて、そして今この場末のライブ会場へと流れ着いてきた歴戦のアイドルオタクたちの、審査するような視線が光る。
さぁ、ここから先のBパートは野見山にバトンタッチだ。
サビに向けて徐々に盛り上がっていく「エモさ」を伝えられるかのどうかのパート。
♪ 今の私はポジション、ゼロ
全然ない 今いる居場所
さっぱり俗世に属せなかった
ただ下向いて 舌打ちひとつ
自分だけが大好きで
他人の顔は見ないふり
本当はわきまえたくないのに
現実では縮こまってわきまえたふり ♪
プライドの高い野見山。
他人を見下して、わざと変な格好や行動を取っていた野見山。
自分本位で、自分以外に興味を持っていなかった野見山。
でも、それらの行動の意味をオレは知っている。
なんで彼女は、そんな行動を取っていたのか。
それは──。
Bパートを通して徐々に増えていっていた打ち込みの音がパタリと止まる。
無音。
野見山の魂の叫びが響く。
♪ でも、私そんな毎日は
もう イ ヤ だ ! ♪
野見山が、誰かに見つけてもらいたがっていたからだ。
能力が高すぎるゆえに。
プライドが高すぎるゆえに。
変なやつを演じて。
他人を試すような真似をして。
誰かに、構ってもらいたがってた。
誰かに、見つけてもらいたがってた。
なにかとすぐに突っかかっていくのは、彼女の自信のなさの表れ。
そして、そんな彼女を見つけたのが。
オレだった。
たまたま。
頭の上に数字が見えたから。
ライブ動員力のポテンシャル。
『5億』
その文字は、今もキンキラキンに彼女の頭の上に輝いている。
野見山が顔を上げる。
あぁ……。
オレがオタクだったら一発で持っていかれる表情。
初めて見た。
野見山の、こんな顔。
曲はそのまま転調し、オレが思う存分感覚的に音を詰め込んだサビへと一気になだれ込む。
♪ 伸ばせよまっすぐ
投げたら走れよ全速力
ブザマでけっこう投球フォーム
ねじって全身ぶちかませ
下向く毎日そろそろ限度
けど顔上げるにゃまだまだ絶望
ならせめて手だけでも上げよう
地面見たまま真下投げ ♪
ぶっ飛んだ。
運営としての理性も。
感覚も。
小賢しい理屈も。
なにもかも全てがぶっ飛んでしまった。
右手を上げて楽しげに揺れるステージ上の二人。
練習でも見せたことのない二人の活き活きとしたとした表情。
真下投げの投球フォームを取って右手を振り抜いた瞬間、ステージ上に二人の汗が舞うのが見えた。
♪ (A’パート 湯楽々)
まとわりつく 白い煙
頭の中 常にどんより
軽い体 ひらりふらり
書くことない そんなダイアリー
今日もやっぱり変わらなかった
明日もたぶん変わらない
でも一ミリくらいは進んだのかも
手を振り上げた分の反動で ♪
♪ (B’パート 野見山)
今の私はポジション、ゼロ
まだない 私のいる居場所
なかなか世間に向き合えなくて
吹きすさぶ風に心潰される
私の世界は小さくて
半径2ミリの世界地図
見えてる先は真っ暗で
人にはこう言う「ほっといて」
でも、そんな世界を
私は 変 え たい! ♪
♪ (サビ 全員)
伸ばせよまっすぐ
つられて上げろよ重い顔
ブザマでけっこう投球フォーム
狙って全力ぶちかませ
手と顔上げたらそりゃもう上等
足、腰、胸までぐぐっとgo on
邪魔するやつが現れたのなら
全身全霊マジ叩け! ♪
二度目のサビが終わり、落ちサビへと差し掛かる。
ぶっ飛んだままのオレは、少しずつ火が着きかけている会場の熱を体で感じ取る。
♪ 足が止まる 腕がおりる
うなだれる 視線が落ちる
地面に転がった小石が言う
「お前にゃムリだ」
風ゆらぐ草がささやきかける
「早くやめれば?」
歯を食いしばる 前を向く
天気は良好 視界は前方
手を上げる 力が湧く
足を上げる 覚悟が決まる
だって私は絶対絶対絶対絶対
諦めたくないから! ♪
語るように二人が交互に繰り返す落ちサビ。
そこから繋がる、まるでビッグバンのようなラスサビの大爆発。
♪ 今まで私はゼロポジション
目指すはドセンのゼロポジション
投球フォームはゼロポジション
泣きたくなったらゼロポジション
いつも繰り返す ゼロポジション
諦めないぞ 夢と野望
顔上げ進む だから明日も
隣で歩むキミとともに
せーので一緒に起こすよアクション
敵がいたら吹きとばすぜ楽勝
くじけてた日々はとっくに昨日
この先ずっと待ち受けてる希望
感情暴走しててもモチロン
ひとりじゃないから行けるよもっと
宇宙に風穴開けれるきっと
銀河の先まで進むぞgo on! ♪
残った体力を全て振り絞るかのように、ステージ上の野見山と湯楽々は「ゼロポジション」を基調とした振りを繰り返す。
湯楽々の頭の上の数字が『3』『4』と増えていく。
そして、とうとうラスサビが訪れた。
極限まで音を減らした中、野見山がお客さん一人ひとりに語りかけるように、はっきりと言葉を
♪ ゼロポジ超えて 届くオリオン
きっと届くはず ハーフビリオン
いつか掴みたい その景色を
一緒に行こう キミとボクで ♪
最後に「ギュルルルウォン!」っと、流れ星が力強く通り過ぎていくかのようなギター音が鳴って──終わった。
終わった。
オレたちの初ステージ。
総観客数九人。
会場はあたたかい拍手に包まれている。
お客さんの顔を見て、オレはオタクとして肌で察する。
これは──。
手応え、あり。
つまり。
成功だと。
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