第29話 初ライブ!!
出番の五分前。
練習を終えてウイングフォックスへと戻ってきたオレたちは固まっていた。
なぜなら──。
「え、もう開場してるん……ですよね?」
お客さん、いまだに──0人。
「まぁ、平日だからね! 大丈夫! これからじゃんじゃんお客さん入ってくるよ! ほら、まだ時間も浅いし!」
受付の中で暇そうに座ってるイベント主催者の中島ユーヘイが空元気気味に答える。
「ふぇ……私たち、誰もいない客性に向かって今から歌うんでしょうか……?」
練習で上がった息がまだ微かに弾んでいる湯楽々が、眉をハの字に垂れさせる。
「あら、ゆらちゃん。いいじゃないの、0人からのスタート。まさにゼロポジな私たちにぴったりな状況じゃないの」
「おっ、いいねぇ! いいこと言うじゃない! その通りっ! アイドルの道は一日にしてならず! 最初は誰でもこういう状況を乗り越えて大きくなっていくものなんだよ!」
野見山の発言に、中島さんがフットワーク軽く乗っかってくる。
「キミ、名前なんだっけ!?」
「野見山愛です」
「愛ちゃん! いやぁ~、愛ちゃんは流石だよ! 見どころがあるっ! さすがは霧ヶ峰リリに喧嘩を売った子だね! 根性がある! ってことで! 今日は、お客さんが入ってきたらバリバリ盛り上げてもらっちゃうかな~! お~い、花沢さ~ん! この子たち、ソデに待機させてくれる~!?」
ニコニコとご機嫌にまくし立てる中島さんの勢いにのまれつつ、オレたちは舞台袖(といっても天井から吊り下げたペラペラの暗幕で区切ってるだけ)へと移動する。
「マイク二本ですね。一番マイクは?」
「?」
花沢さんが差し出したマイクを前に固まる。
「あのすみません、一番マイクって……?」
「誰が何番のマイクを使うのか、大体グループで決まってるんです。それによって『曲中のここでは何番マイクの音量を落とす』とか『ここで何番にエフェクトをかける』とか指定できるんで。ま、今日は本格的なSEさんいないんで、そういうの出来ないんですけど。あと、ダミーマイクの場合も何番から何番まではダミーとかあるんで」
相変わらず淡々と説明する花沢さん。
とりあえず、今は気にしなくてよさそうだ。
「じゃ、野見山が一番を使って」
「わかったわ」
「で、湯楽々が二番で」
「はい」
二人がマイクを受け取る。
「登場は音きっかけですね。曲が流れたらステージに出てください。よろしくお願いします」
「は、はい! よろしくお願いします!」
それだけ説明すると、花沢さんは忙しそうに業務へと戻っていった。
「はぁ~……これがマイク……初めて持ちました……」
「ええ、どう? 白井くん、サマになっているかした?」
そう言ってマイクを構えて戦隊モノみたいなポーズを取る野見山。
「あはは……! 愛さん、おもしろいです!」
もうすっかりお客さんがゼロってことの落胆や、過度なプレッシャーは消えてしまっているようだ。
さっき、中島さんが大きな声で盛り上げてくれたからかな?
あれで空気が変わった気がする。
さすがは歴戦のイベンター、彼からも見習うべきところはたくさんある。
これからは、オレがああいう風に不利な状況でも空気を変えられるようになっていかなきゃだな。
そう思ってると「ギィ~」っと会場の錆びた扉が開く音がした。
「!?」
シュバッ!
思わず三人とも暗幕の隙間から入り口の様子を
「おはよ~ございま~す! 中島さ~ん! 今日まだ開場前ですかぁ~? え、もう開場してる? あ、そうですかぁ~。ちなみに私の今日の予定は『2』でぇ~す。はい、ちょっとヤバそうですね今日。今から私も告知かけときますね~」
ハァ~……。
入って来たのは共演者のアイドルだった。
オレたち三人、
「あ、おはようございま~す」
演歌系フォークシンガーソロアイドル『
「おはようございます!」
「おはようございます」
「お、おはよう……ございます……!」
壁にピッタリと張り付いて狭い通用口のスペースを開ける。
「よいしょ……すみません、ギターが大きくて」
「いえいえ!」
そんなやり取りをしてると『とことこジャム太郎』の曲が会場に流れ始めた。
(うおっ、このタイミングで出番っ!?)
まだ壁に張り付いたままの二人にフワッと浮足立ったような雰囲気を感じ取る。
ガッ。
わたわたとおぼつかない足取りでステージに出ようとする二人の手を掴む。
湯楽々は、すでに緊張で目がぐるぐると回っている。
珍しく、野見山にもかすかな焦りの色が見える。
「二人とも聞いて? いい? まず、落ち着いて練習してきたとおりやるように心がけよう。それと笑顔。お客さんが入ってきたら、歌ってない方がレスを飛ばすことを忘れずに。目で会話するイメージで。『練習通り』『笑顔』『お客さんの顔を見る』今日は、この三つだけ気をつけてやろう」
「ふぅ~……わかったわ。さすが私たちの白井くんね。とっさに私たちの心理状況を読み取って的確な指示を与えるだなんて、もうすでに『飛鳥山55』の味本忠を超えてるんじゃないかしら? まったくもってあっぱれとしか言いようがないわね」
「うん、それだけ野見山節が出るようなら大丈夫そうだな!」
「えっと……練習通りにする……笑顔……歌ってない時はお客さんと目で会話……わかりました! やります! できます!」
気のせいかもしれない。
絆、と言うと照れくさいが、それに準ずるものがオレたちの間に生まれたような気がした。
体と口が勝手に動く。
「よし、じゃあ気合い入れをやろう!」
気合い入れ?
そんなこと一度も話題に出したことないのに。
頭ではそう思うものの、なぜだか自然とオレたち三人は互いに手を重ね合っていた。
「なんて言おうか?」
「最初はグループ名じゃないでしょうか?」
「その後は?」
「そりゃあ、決まってるでしょう?」
「ああ」
「決まってますね」
「オレたちの目指すもの」
「歌詞にもある、あの言葉」
「ええ、そうね」
顔を見合わせる。
少しの不安と、ちっぽけな自信。
それから、溢れ出るほどの高揚感。
それらがにじみ出た二人の顔。
いいね。
最高だ。
スゥと息を吸って一気に吐き出す。
「 Jang Color !」
拳にぐっと力を込める。
『ハーフ……ビリオン!』
三人の手のひらが宙に舞う。
さぁ!
オレたち『Jang Color』、最初のステージの幕開けだ!
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