第28話 悪魔、ミオ天使ダークネス

「あれぇ!? なんか知ってる顔かもぉ~!」


 地下アイドルグループ『パラダイスはどこにあるっ!?』──通称『パラどこ』

 そこのリーダー兼プロデューサー『ミオ天使ダークネス』

 頭の上に浮かぶ動員力は『30』

 身長百五十センチもなさそうな小柄な寸胴体型。

 前髪ぱっつんの黒髪ボブ。

 甘々系のブラウスにミニスカート姿。

 いつも人懐っこい笑顔を浮かべているスーパーロリロリ天使。

 ただし──年齢は非公開。

 噂では意外と「いってる」らしい。

 そんな彼女の超音波のような甘ったるい声が、狭い階段中に響き渡る。


「ねぇねぇ? 会ったことあるぅ~?」


「あ、えっと……前、何度かステージ見させてもらいました」


「やっぱりぃ~! 見覚えあったんだよね~! あっ、今日はまだライブ始まってないよ、早く来すぎちゃったのかな? ねぇ、どこのオタクなのぉ? もし今日目当てがなかったらさ、私たちの予約で入ってよ! 特別に無料チェキつけちゃうからさっ! ねっ、どう!? どうっ!?」


 怒涛のマシンガン営業トーク。

 さすがは数々のグループを渡り歩いてきた末に、とうとう自分でプロデューサーを務めるようになったアイドルなだけはあるな……。

 ミオ天使ダークネスの勢いに押されて、たじろぐ。

 だがっ……!

 今のオレはただのオタクじゃなくて、アイドルグループの運営なんだ。

 ここは、いっちょ毅然とした態度をとらないと……!


「あの! オレ、新しくアイドルグループを立ち上げた白井って言います! 今日のオープニングアクトを務めさせていただきます! あ、『Jang Color』っていうグループです! よろしくお願いします!」


 そう言ってぺこりと頭を下げる。

 ……ん?

 あれ……なんか……。

 空気が、さぁ~って冷めていくような……。


「……じゃあ、もうオタクじゃないの?」


「は……はい、もうオタクはやめました! これからは運営として頑張っていきます!」



「……あっそ。じゃ、そこどいて。邪魔」



「…………は?」


 ミオ天使ダークネスのあまりの豹変ひょうへんっぷりに、思わず固まる。


「あのさぁ、どけっつってんの。邪魔なんだよ。見りゃわかるでしょ? 頭悪いの? 重たいスーツケース運んでんのが見えない? 頭だけじゃなくて目も悪いわけ?」


 見れば、ミオ天使ダークネスは、たしかにちっちゃな体で大きなスーツケースを引きずって階段を上ってきている。


「あっ、すみません……」


 急いで踊り場部分に避けて道を開ける。

 野見山と湯楽々も、オレに続いて踊り場へと移動する。


「チッ……どうせそんな調子じゃ、半年以内に解散でしょ? これまでもいっぱいいたんだよね~、こういう『半オタ運営』」


(※ 半オタ……半分オタク、半分業界人。オタクマインドを持ったまま業界に入ってきてオイシイ思いを味わってる人物に対する蔑称べっしょう的な意味合いで使われることが多い。『半オタ運営』は、そういう「元オタク」がやっている運営のこと)


 スーツケースを「よいしょ」と持ち上げたミオ天使ダークネスは、オレの前で立ち止まると、悪魔のような表情をこちらに向けた。


「でさ? そういう半オタ運営の連中って、大体やりたい放題やった挙げ句、すぐ飽きていなくなっちゃうじゃん? しかも、いなくなるだけならまだしも、女の子にギャラ払わないとか、パワハラ、セクハラ、なかには楽屋やトイレを盗撮する奴までいたし。……あんた、制服着てるけど高校生? ハッ! どうせ部活動気分でしょ? 悪いけど、あんたらの思い出作りになんて興味ないから、このままさっさと消え……」


 ガンッ!!


(あっちゃ~……)


 ミオ天使ダークネスの目の前に、野見山の白い足が壁に突き立てられる。


(足癖の悪さが出ちゃったかぁ……)


 ミオ天使ダークネスは、ぎろりと野見山を睨む。


「……は? なに、この足? 喧嘩売ってんの?」


 野見山の性格を考えればこうなるのも当然だ。

 オレが、もっと早く気づくべきだった。

 止めなきゃ。


「のみ……」


 声をかけようとして気づく。

 野見山愛が、震えていることに。

 怒り……それか、悔しさか。

 いや、その両方だろう。

 あのプライドが高くてすぐに喧嘩を売る野見山が奇跡的に足を出すだけで済んでるのは、きっとオレと交わした「無意味な喧嘩を売らない」という約束のためだ。

 なら……ここは足を出したことよりも、彼女の頑張りを認めてあげないと……。


「すみません!」


 まずは、オレがシンプルに頭を下げる。

 悔しいが、今はこれが最善だ。


「はぁ? 下げるものが違うんじゃないの? 頭じゃなくて足おろせよ」


「……野見山、足を下ろしてくれ」


 が、野見山は下ろそうとはしない。


「……は? なに? 運営が下ろせって言ってるのに、こいつ下ろさないんだけど? ここの運営って、メンバーにも言うことを聞かせられない無能ってわけぇ?」


 痛いところを突いてくる。

 この手の煽りは野見山にクリティカルにヒットするはずだ。

 ミオ天使ダークネス……だてに長く地下アイドルをやってないな。


「野見山……頼む……」


 頭を下げたまま、そう訴える。


「っ──!」


 野見山がゆっくりと足を下ろす。


「チッ! だから邪魔なんだよっ!」


 バシッ!


 ミオ天使ダークネスは、下ろしかけの野見山の足を乱暴に払い除けると、オレたちの目の前を通り過ぎていった。


「愛さん!」


 よろけた野見山を湯楽々が抱きとめる。

 オレたちの目の前を『パラどこ』のメンバーたちが一瞥もせず通り過ぎていく。

 そんな彼女たちの頭の上をギッと見つめる。


『30』『12』『6』『7』『21』


 今の『パラどこ』メンバーたちの動員力。

 忘れないぞ、その数字を。

 必ず、必ず追い抜いてやる。


 三階から、さっきまでオレたちを罵っていたとは思えないミオ天使ダークネスの嬌声きょうせいが聞こえてくる。


「あっ、中島さぁ~ん! おはようございまぁ~す! 今日も呼んでくれてうれしいでぇ~す! っていうかぁ、ちょっと聞いてくださいよぉ~! さっきぃ~……」


 ぽつんと取り残されたオレたち。

 オレは、うつむき震えてる野見山に声をかける。 


「野見山、湯楽々、ごめんな……。オレがオタクだったばっかりに、お前たちにまで悔しい思いをさせて」


 悔しい。

 屈辱だ。

 だけど、彼女──ミオ天使ダークネスの言っていたことは、悔しいが、ほぼすべて事実だ。

 それほどまでに、この数年のアイドルブームの中で『半オタ運営』というものが残してきた負の実績は大きい。


「野見山も、よく足を出すだけで我慢してくれた。約束を守ってくれたんだね、ありがとう」


「でも……! 私の白井くんがあんな風に言われて……!」


(いや、別に「私の白井くん」じゃないんだけどね)


 頭の片隅でそう思いつつ、今は運営としてあるべき言葉をかける。


「オレたちには、まだ実績がなにもないんだ。そして、オレが『半オタ運営』であることも悔しいけど事実。だから、今オレたちが受けた屈辱を晴らすためには──」


「いいパフォーマンスをして実績を積み上げていくこと、ですね!」


 湯楽々が闘志を燃やしたかのように両手でガッツポーズをしている。


「ああ、そうだ。結果で見返してやろう! そのためにも、今日のライブを最高のものにしよう!」


「はい! わかりました!」


「ふふふ……ええ、そうね……。見てなさい、あのロリっ子ババア……! 必ず近いうちにぎゃふんと言わせてやるわ……! ふふふふ……!」


 いまだ怒りを収めきれず不気味な笑いを浮かべる野見山をうながし、ウィングフォックスの狭い階段を下りていく。

 一段。

 また一段。


(そうだ……今の俺たちは、こうやって一段づつ進んでいくしかないんだ……)


 ぎりぎりと。

 歯を食いしばる音が、階段に響いた。

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