第27話 アキバのフィクサー

「おぉ~! もしかして、キミたちが『Jang Color』!?」


 雑居ビルの階段を上がり、三階『ウイングフォックス』の錆びた扉を開けると、背の高い太った男がニコニコと話しかけてきた。


「は、はい! 今日が初ライブです! あっ、『Jang Color』運営の白井です! 今日はよろしくお願いしますっ!」


「あはは! いいっていいって、そんなに緊張しなくて! あ、今日のイベントやる中島です、よろしくー」


「よろしくお願いします」

「はひ……よ、よろしくお願いします!」


 野見山と湯楽々は対照的な様子で頭を下げる。


「ねぇ、見て見て、花沢さん! バズってた子たちが来てる! 高校生!」


 花沢と呼ばれたスタッフらしき小柄な女の人が、足音も立てずに寄ってくる。

 そして中島さんに差し出されたスマホとオレを見て比べ、無感情に「あ~、ほんとですね~」と相づちを打った。

 にしても……。


 もう「バズっ」扱いなんだな、オレたちは。


 それもそのはず。

 オレたちがバズったのは、もう一週間前。

 トレンドの移り変わりの早いネット上では、もうさほど話題にも上がらなくなっていた。

 ま、でもこうして話のとっかかりになってるだけ、ありがたいっちゃありがたいか……。


「あれ? っていうか、キミ見たことある気がする。もしかして、ボクのイベントとか来てくれてた?」


「あっ、はい、何度か。えと、『アキバ無銭大サーキットフェス』とか行ってました。自分、無銭イベント大好きマンなんで」


 そう、この巨漢の男。

 こんな地底イベントを手掛けてはいるが、まだ地下アイドルというものが今ほど世に広まってなかった時代に、初めて大規模サーキットフェスを手掛けた人物なのだ。

 ちなみに地下ドル界隈では、ちょっとしたフィクサー的存在として知られている。


(※注 サーキットフェス……複数のライブ会場を自由に渡り歩く形式のフェスイベント)


 今回イベントオファーがたくさん来てた中、このイベントに出演を決めたのはこの人物──中島ユーヘイの顔の広さを見込んでの部分もあった。

 それともう一つの理由は……秋葉原はオレたちの家から電車一本で来られるから。

 つまり、交通費が安く済むから。

 これ、わりと切実な問題ね。


「あ~、じゃあオタク……なんだね、キミ。えっと白井くん……だっけ?」


 なにやら言いたげな顔でジロジロと見つめてくる中島さん。


「あ、はい……」


「ん~……オタクで高校生でお友達とアイドルグループね……。うん、まぁ、いいんじゃない? あの霧ヶ峰リリに喧嘩売ってバズってたしね? やってまりましょうよ! こっから始めて『飛鳥山55』をぶちぬいてやりましょう!」


 うっ、なんか……ちょっとバカにされてるような感じ。

 と、背後の野見山が前に出ようとする気配を感じたので、サッと横に動いて背中で行く手を阻む。


「あの、中島さん! これだけは言わせてください! オレ、元々はオタクですけど今日ここへは運営として来てます! それと……オレたちはバズったからアイドルをやってるわけじゃなくて、アイドルをやってる途中でたまたまバズっただけなんです。オレたち、本気で五億人を動員するグループになるつもりなんで! もちろん、このイベントのことも軽くなんて考えてません! この一週間、全力で準備して、曲も作って、告知もしてきました! だから……だから……」


 言いたいこと。

 言わなきゃいけないこと。

 伝えたいことが、一気に溢れ出てきすぎて言葉が喉につまる。


 ポンッ。


 中島さんの大きくて丸い手が、オレの肩に置かれた。


「うん、そうか! よしっ! じゃあ今日は、ばっちりウェルカムアクトを盛り上げてもらおうかな!」


 さっきとは少し違う、どこかおおらかな表情。

 オレたちが「オタクの冷やかし」なんかじゃないって、ちょっとは伝わった……のかな?


「花沢さぁ~ん! この子たち、楽屋に案内してぇ~! あと、この子たち今日が初めてだから! 色々教えてあげて!」


「はぁーい」


 相変わらず抑揚のない返事の花沢さんに連れられて、ステージ裏の楽屋へと移動する。

 楽屋とは言っても、ビルの一室を暗幕で区切っただけの空間。

 壁に向かって長机とパイプ椅子が何脚か並んでいるだけ。

 時間が早いこともあって、まだ誰も来ていない。


「狭いし、後からたくさん他の出演者さんが来るんで、荷物は小さくまとめといてください。ロッカーとかないんで、そこらへん自己責任で管理お願いします。それから、この紙にセトリとBGM、あと照明の要望とかもあったら一緒に書いといてください。で、音源と一緒に渡してください。よろしくお願いします」


 一気にまくしたてられるが、うん、たぶん大丈夫そう。

 音源もバッチリ用意してきたし。


「はい、わかりました!」


 花沢さんから用紙を受けとる。

 ちなみに、この花沢さんの動員力は『8』。

 アイドルの女性運営あるあるなんだけど、女性スタッフにもファンがつく。

 なかにはお金を取ってチェキ撮影に応じる女性スタッフもいたりする。

 実際、この花沢さんも愛想はないけど、カジュアルな服をサラッと着こなしてて普通にモテそうな感じだ。

 ……っと。

 それよりもメンバーだな。

 どうしていいかわからないだろうから、ちゃんとオレが指示を出さないと。


「じゃあ、野見山と湯楽々は中で着替えてきて。オレはこれ書いてるから」


「わかったわ」

「はぁい、わかりましたぁ~」


 それからオレはセトリを書き込み、焼いてきたDR-ROMと一緒に中島さんに手渡した。


「お、りょうかいっ! ジャム太郎で入場ね! じゃあ、最初は客電(※ 客席用の電気)つけたままの方がいいか……。で、『シュワ恋ソーダ』から『ドルオタ入門キット』……。んで、この三曲目の『ゼロポジ』ってのがオリジナル曲かな?」


「はいっ! 一人ずつエモく歌って、サビはみんなで振りコピできる感じの曲なんで、照明もそういうの貰えれば嬉しいです!」


「はいはい、りょ~かいしましったぁっと! ……おやおや、メンバーさんも可愛いじゃなぁい!」


 振り向くと、衣装に着替え終わった二人が楽屋から出てきていた。


「あの、白井くん? これ、ほんとうに大丈夫かしら? 今になって、もしかしたら──いえ、ほんの少しだけよ? あまりにも露出が過多なのではないかと思い始めてきたのだけれど。いえ、本当にほんの少し。塵芥ちりあくたほどそう思っただけなのだけどね」


「ひぃ~、白井さぁ~ん……私、太り過ぎじゃないですかねぇ……?」


 珍しく弱気な野見山。

 湯楽々も太ももとお腹を手で隠して小さく縮こまっている。


「うん、大丈夫。二人ともスタイルいいし、きれいに着こなせてると思うよ」


 予算がない中で選んだ二人の衣装。

 ピンクのデニムのショートパンツ。

 お腹が出る短い丈の白色タンクトップ。

 その下に白のレギンスとチューブトップ(いわゆる「見せパン」と「見せブラ」ってやつ。あ、言っとくけど、あくまで万が一見えちゃった時のためね! 積極的に見せるためのものじゃないよ!)。

 で、白のソックスに白のスニーカー。

 太もももお腹もバンバン出てる。

 手を上げたら脇だって見えちゃう。


 まぁ、たしかに露出過多。

 二人が恥ずかしがるのもわかる。

 けど──。

 それだけに、初見の客を一発で掴むことの出来るインパクトもある。

 これは予算とプロデュース、そしてオタク視点を絡み合わせて導き出された複合的な判断だ。

 それに……。

 今の時代って、ダンススクールでもみんなこれくらいの衣装は着てるもんね。

 正直、まだファンを一人も掴んでいないオレたちとしては、こういった衣装で二人の原石感をゴリゴリと押し出していきたいところだ。

 色々と装飾を加えていくってのは、活動が軌道に乗ってからも十分にできる。

 今はこれで──いや、これがいい。

 ベストだ、絶対に。


「いい~じゃなぁ~い! バッチシだよ、バッチシ! バッチグー! ね、花沢さんもそう思うでしょ!?」


「ええ、可愛いですね。あ、写真撮ってもいいですか? ポイッターに載せるので」


「え? ええ……はい!」


 カシャッ。


 ポーズの取り方がわからず、棒立ちで写ってしまう二人。

 うん……こういう時のポージングとかも今後覚えていかなきゃだな……。


「じゃ、もうすぐ開場だからさ! 練習とかしたかったら向かいの駐車場とか使っていいよ! で、出番の五分前までに戻ってきてくれたらいいから!」


「あっ……じゃあ練習……しよっか?」


 こくんと二人がうなずく。


「はい、練習してきます!」


「うん! じゃあ、また後でね~!」


 そうして出番まで最後の練習をすべく、ウイングフォックスの狭い階段を降りていく。


 すると──。


 途中で階段を上ってきてる女の子の集団とかち合った。


「あっ……」


 見たことがある。

 メンバー自らがプロデュースを務めるセルフアイドルグループ『パラダイスはどこにあるっ!?』。

 通称『パラどこ』。

 そのリーダー兼プロデューサー『ミオ天使ダークネス』が、オレを見てロリロリボイスを響かせた。


「あれぇ!? なんか知ってる顔かもぉ~!」

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