第23話 動員力『200』の価値

 昼休み。

 今日も今日とて裏庭のベンチに集まったオレたち。

 お弁当片手に、今後の活動について話し合い。


「はぇ~、それで白井さん、ノートパソコン見てるんですね」


「そうなんだよ。今、必死にDTMソフトの使い方を勉強してるところ」


「あら、白井くん? 別に『出来なくてもいい』んだからね? 不十分でもお客さんは『奇跡』と言って喜んでくれるのでしょう?」


 昆布巻きを箸で掴んだ野見山が、子供のように煽ってくる。


「見ての通りだ湯楽々さん、オレは野見山さんのかんさわってしまったらしい。ってことで、ただただお勉強だよ」


「そうなんですね。でも大変ですね……。残り六日間で衣装も揃えて、曲も作って、振りと歌詞も覚えて……。それから、音源も準備して、チェキ券とかも作らなきゃいけないんでしたっけ?」


 湯楽々は、そう言ってプチトマトをパクリ。


「ああ、音源はこのノートパソコンでCDROMに焼けるかな。衣装は週末に買いに行くとして、チェキ券は最初はノートの切れ端でもいい。だから、結局残りでの平日の間にやるべきことは、『曲作り』と『練習』だね」


「そうなんですね。あっ、そういえばメンバー募集の張り紙ってどうなりました? 誰か応募とかありましたか?」


「ああ、それなんだが……」


 結論から言うと、応募はなかった。

 なぜなら、張り紙は全部剥がされてたから。

 剥がしたのは……。

 ピックポッカーの上級生、満重センパイたち。


「えぇ……。あ、でも、なんで剥がしたのが満重センパイたちってわかったんですか?」


「それはね、ゆらちゃん。あの女どもが今日わざわざ教室にやってきて、私達の目の前で張り紙を踏み潰したからよ」


「えぇっ!? それイジメじゃないですか!? で、どうしたんですか!? 先生には!? うぐぅっ……!」


 びっくりしてご飯を喉につまらせる湯楽々。


「あぁ、それは大丈夫。野見山さんがガツンとメンチ切って追い返してくれたから」


 トントンと背中を叩いてあげる野見山。


「ケホッケホッ……! そ、そうだったんですね……。あ、すみません……」


 湯楽々は、目を白黒させながら水筒のお茶を飲み干す。


「ああ、おかげでクラスのみんなも引いちゃってさ。そっから、もう誰もオレたちを冷やかしてこなくなったよ」


「過ごしやすくなってよかったわ。くだらない好奇の視線を向けられて、うんざりしてたところだし」


 ネットでバズってる話題の二人が、自分のクラスの地味同級生コンビだった。

 そんなことがあったら好奇の視線を向けられるのも当然だと思う。

 もし、オレも逆の立場だったら絶対に見るし。

 とはいえ、今そんなことを野見山に言っても無駄に怒らせるだけだ。

 オレは黙って、タッパーにたぷたぷに詰められたおでんを口に運ぶ。


「そういえば白井くん」


「もぐもぐ……はひ?」


「聞くのを忘れていたのだけれど、あの満重センパイとやらは【いくつ】なのかしら? 登録者数十万人と言っていたようだけれども」


「ああ、それだったら『200』だよ」


「二百……なぁんだ、登録者数十万人のわりにはたいしたことないのね。てっきりもっとすごいのかと思ってたわ」


「あ、その数字って【動員力】ってやつなんですよね? 白井さんが見えるっていう」


 根が素直なのだろう、湯楽々が特に疑う様子もなく聞いてくる。


「ああ、女の人の頭の上に見えるんだ。ただ、これが本当に【動員力】を指してる数字なのか。はたまた、オレがちょっとおかしくなって見えた気になってるだけなのか。そこら辺はまだわかんないんだけど」


 事実、今ベンチでオレの両脇に座ってる二人の頭の上には、ぺかぺかに輝く『5億』と、しょんぼりと質素に佇む『2』の数字が浮かんでいる。


「ちなみに私の数字は……」


 箸を口に咥えて上目遣いでおずおずと聞いてくる湯楽々。


「『2』だね」


「はぁ~……変わりないですね……。満重センパイって人の百分の一ですか……」


「あら、でもすごいじゃない。一昨日までゼロだったのでしょう? それがもう二人なんだから流石としか言いようがないわ」


「そうだね、湯楽々さんの歌声を聴けばファンになる人はきっと多いと思う。だからこれから先、活動を続けていけば着実に増えていくと思うよ」


「そうだといいんですけど……」


 湯楽々結良。

 彼女の隠しステータスは『成長度:S』だ。

 この先、彼女の動員が増えていくだろうことは、オレにだけはわかってる。

 そして、この『隠しステータスが見えること』は、まだ野見山たちにも話していない。

 だってさ、もし……。



 野見山さん、キミの隠しステータスは『厄介度:SSS』だ!



 なんて言った日には、オレたちの仲は決裂必至。

『Jang Color』も、五億人動員も、すべては夢の藻屑もくずへと消え去ってしまうことは確実だからだ。


「にしても、その満重センパイの二百人ってすごいと思います。あ、愛さんの五億……ってのも、もちろんすごいとは思うんですけど……あの、ちょっと想像がつかないっていうか……」


 まぁ、たしかに。

 五億なんて、オレですらまだ想像がついてない。

 湯楽々は一見おっとりとした天然キャラなようで、こういう言いにくいことを案外ズバッと言ってくれる部分があるな。

 あの気難しい野見山も湯楽々には優しいし、これから先も彼女の存在は色々と助かりそうだ。


「もし一週間後のライブに五億人来ちゃったら……」


「フハッ!」


 一週間後に行くライブハウス『秋葉原ウイングフォックス』に五億人が集まってるのを想像して思わず吹き出してしまう。


「さすがにそれはないよ。百人も入れば満員になるような会場だから。っていうか日本の人口が一億人ちょっとだし」


「ですよね……外国人さんが四億人くらい来なきゃ無理ですもんね……」


「うん、だから正確には『野見山には、将来的に五億人くらい動員できるポテンシャルがある』ってことだと思う」


「はぁ。で、私はそのポテンシャルが『2』と……」


「うん、今はね。ちなみにオレが生で見た人の中で一番多かったのが野見山さんの『五億』。次が霧ヶ峰リリの『8000』だ。で、その次に多かったのが──満重センパイの『200』だよ」


「ふぇ……それってやっぱりすごくないですか? あの、じゃあ、その満重センパイって人をメンバーにスカウトするとかってのは……」


「いやいや、それはさすがにムリだと思う……! 湯楽々さんもあの人を見たらわかるよ! マジでお高く止まってて、すっとこっちを小馬鹿にした感じで鼻で笑ってた高慢ちきなセンパイって感じだったから!」


「ほぇ~、そうですか。もったいないですね、せっかく動員力高い人が近くにいるのに」


 のほほんと呟く湯楽々。

 そして、物事をズバリと言い当てる彼女のその言葉は、今後ずっとオレの中に引っかかることになる。



『もったいないですね』



 うん、たしかにもったいない……。

 一人で動員力『200』だなんて、地下アイドルでも最上位クラスだ。

 しかも同じ学校で、年も近い。

 条件的には、これ以上ないというくらいの存在だ。

 もし万が一……いや億がいち、この先どうしても今すぐに動員が必要という状況に陥った場合には、もしかしたら……。

 いやいや、そもそも、あんなタカビーなセンパイが、うちの野見山とソリが合うわけがない。

 五億の女こと野見山愛を中心に行く限り、満重センパイをスカウトだなんて絶対にありえないことだよ、うん。

 そもそも、彼女がこれまでの非礼をオレたちにびてくれるとも思えないしね。


「ま、新メンバーのことはライブが終わってから考えましょう。放課後は、また河原で練習でいいのよね?」


「あ、ああ……そうだね。一曲目の『シュワ恋ソーダ』は湯楽々さん中心で歌詞を、二曲目の『ドルオタ入門キット』は野見山さん中心で振り付けを覚えよう。三曲目の『あなたの二番目にすきなところ』はオリジナル曲に差し替える予定だから一旦保留で」


「わかったわ。じゃ、白井くんは引き続き曲作り頑張ってね。あ、もちろん『出来なくてもいい』んだからね?」


 くぅ~、相変わらず煽ってくれる。

 とはいえ、ここまでノートパソコンやらDTMソフトやらを用意された上で「出来ませんでした」ってのもしゃくだし、今後運営を続けていく上でも沽券こけんに関わる。

 なんとか形だけでも作らねば……!


 不意に心のなかにへばりついた「満重センパイ加入の可能性」。

 それと曲作りへのプレッシャーを胸に抱えたオレは、午後の授業の間ずっとスマホの電源がギリギリになるまで曲作りの基本を検索し続けていた。

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