第24話 オタク目線の落とし穴
放課後。
ぽかぽか陽気の気持ちいい川岸。
スマホの中の振り付け動画を確認しながら、制服姿のまま曲の練習をしている野見山と湯楽々。
二人とも覚えが早い。
すでに湯楽々は『シュワ恋ソーダ』の歌を。
野見山は『ドルオタ入門キット』の振り付けを。
大まかにこなせるようになっていた。
(たった一日なのにすごいな二人とも……。家で自主練してきてくれたんだろうか。にしても……なんで女の子って、こんなにダンスや歌が得意なんだろう?)
男のサンプル数が自分ひとりなので断言はできないが、妹のさららもダンス好きで家でよく踊ってる。
あのピックポックで踊ってる満重センパイたちだって、ほとんどが女だ。
っていっても、最終的にダンスの大会なんかで優勝してるのは男ばっかりらしい。
でも、それって結局、筋肉量の違いなだけじゃない?
なんというか、こうして踊ってるだけで楽しそうに見える純粋な「ウキウキ感」みたいなのは女の子特有のものなんじゃないかなぁ。
っと、いかん、いかん……。
現実に戻ってノートパソコンへと目を落とす。
オレは二人の後ろで土手に腰を下ろして曲作りの勉強中。
とりあえず、アプリの基本的な使い方だけは、な~んとなくわかった……気がする、多分。
DTM。
デスクトップミュージックの略称。
要するに「パソコン一台で作曲ができますよ」ってこと。
けど、ちゃんと曲を作ろうと思ったら色んなアプリや素材、機材を繋いだり入れたりしなきゃいけないっぽい。
ムリ~。
そんなに色々六日間で覚えるのはムリ。
ってことで。
今回は基本的なDAWソフトってので、ポチポチとドラムやベースやギターやその他諸々(例えばクラシック風の楽器音だったり、エスニック風の楽器音だったり)を貼り付けていくことにする。
別にCDを出そうってわけじゃないんで、二人がカラオケ出来るオケさえ完成すればいいってわけだ。
(う~ん……)
ポチ……ポチポチポチ……。
『ドンっ、ドンっ、ドンっ、ドンっ』
入力したドラム音が聞こえてくる。
うん、どうやら入力は成功。
で、これが四拍子っていうやつなのかな?
う~ん、よくわからん。
なんせ、こっちは作曲知識なんかまったくないズブの素人。
唯一わかるのは「地下ドルイベントの持ち時間は十五分程度が多いから、三曲
舞台袖からステージに出るのに約三十秒。
MCなどで一分くらい。
残りの時間は約十二分。
そこで三曲歌うんだから、曲の長さは短ければ短いほどいい。
そして、その短さが今の自分にとってはありがたい。
だって……。
こっから先どうしたらいいか、全くわからないんだも~ん!
う~ん、マジでわからん……。
オリジナル曲?
曲調は?
湧き系? 可愛い系? エモロック系? コミカル系? サブカル系? パンク系? ラップ系? ダンス系?
タイトルは?
歌詞は?
テーマは?
どんな衣装でどんな振り付けでどんな照明を浴びてるイメージ?
なにも頭に浮かんでこない。
頭の中真っ白しろすけ。
と、オレが途方に暮れて魂が抜けかけていると。
「白井くん、調子はどう? なにやらゴキゲンな音が聞こえてきているけど」
ダンスで息を弾ませた野見山が声をかけてきた。
「あ、ああ……ま、まぁ順調だよ、あはは……」
ヤ、ヤバい……きっとまた『出来なくても大丈夫』『マニアックなオタクには奇跡なんでしょ?』って煽られるぞ……!
そう思ってギュッと体をこわばらせる。
が、意外にも野見山はオレの横に腰を落としてパソコンの画面を覗き込んできた。
ほのかに漂う甘い汗の香りが鼻を突く。
「へぇ、四分の四拍子なのね」
「の、野見山さんは音楽とか詳しいの?」
「……昔、ピアノを習わされていたわね」
お嬢様なんだ?
そう言おうとした言葉をグッと飲み込む。
野見山は、自分の家族や過去のことを語りたがらない。
事実、今も少し苦虫を噛み潰すような表情をしている。
「はぁ~……これがダウソフト? ってやつですかぁ? ハイテクですね、白井さん! すごいです!」
いつの間にか反対側に座って画面を覗き込む湯楽々。
くしゃくしゃのボブカットが鼻先をくすぐる。
「うん、一応曲の長さまでは決めたんだけど、そっから先がさ……」
「ああ、急にオリジナル曲を作るって言っても難しいですよね~。私も路上で歌うにあたってオリジナルソングを作ろうとしたんですけど、結局作れなくてカバー曲だけで臨みましたもん」
「だよねぇ、色々考えなきゃいけないことが多すぎて一体どれから手をつけたらいいものやら……」
物腰の柔らかい湯楽々につられ、ついつい愚痴を漏らしてしまう。
すると、その時。
反対側に座っていた野見山愛が、まるでシャーペンの芯が押し出されるかのようにカチッと立ち上がった。
「あら、白井くん。私が思うに、あなたが人よりも
野見山はオレの前で腰に手を当て、仁王立ちで演説を続ける。
「この私の隠していた才能を見抜いたあなたの眼。ゆらちゃんの個性を認めてグループへの参加を許可したあなたの眼。その眼が、私達を今こうやって春うららな穏やかな午後、緩やかな川の流れる岸辺でダンスのレッスンをさせているのではなくって?」
最後の方は回りくどい言い方だったが、『観察眼』……か。
たしかに【動員力】や【隠しステータス】が見えるのは観察眼のおかげだと言えるのかもしれない。
「頭で色々考えるよりも、あなたはその自分の観察眼を信じなさい! この私に! あなたについていくことを決意させた、その観察眼を!」
ビシッ! とオレの顔を指を差して、野見山は長い演説の余韻を満喫している。
「さ、ゆらちゃん、練習に戻るわよ」
「ふぇ? は、はいっ……!」
野見山の怒涛の言葉に圧倒されたオレを置いたまま、二人はさらっと曲の練習へと戻っていった。
(自分の観察眼を信じる……か)
なんだか……スルッと憑き物が落ちた気分だ。
たしかに、オレは頭で考えすぎていた。
そしてオレは──自分の犯していた重大な間違いにも気がついた。
それは。
『オタク目線での価値観を、二人に押し付けてしまっていたこと』
パフォーマンスを出来なくてもいい。
ステージで失敗してもそれは『奇跡』として喜ばれる。
そんなの、ただのこじらせまくったオタクのエゴじゃないか。
その結果、二人がどんな思いをするかまで想像できてなかった。
オレに「出来なくてもいい」って言われた二人はどう思った?
馬鹿にされてるように感じたんじゃないか?
ないがしろにされてるような気持ちになったんじゃないか?
期待されてないんだって。
信用されてないんだって。
そう感じたんじゃないか?
屈辱を、悔しさを感じたんじゃないか?
もし、オレが今「一週間後までに曲作ってね~。あ、出来なくても別にいいから(笑) 素人丸出しのダメダメ曲でもそれはそれでマニアックな客にはウケるから(笑)」なんて半笑いで言われたとしてさ。
それで、まともに曲を作ろうと思うか?
なわけない。
ダメだろ。
違う。
絶対に。
こんな時。
オレが言ってほしい言葉は──。
オレが、二人にかけるべき言葉は──。
「野見山さん、湯楽々さん!」
オレは勢いよく立ち上がると、練習を開始しようとしてた二人に声をかける。
「あの、すまなかった! 昨日は『出来なくてもいい』なんて言って!」
頭を下げる。
「オレが間違ってた! 最初から『出来なくてもいい』なんてつもりでやるんじゃなくて、やるからにはベストを尽くそう! その結果、出来なかったりオタクから『奇跡だ』なんて言われたなら仕方がない。でも、最初から『出来なくてもいい』なんて思ってやるのは間違ってる! 野見山さんも湯楽々さんもすごい才能を秘めた人だ! オレは、二人をもっとすごいステージに連れていきたいんだ! そのための手伝いをしたいと思ってる! だから、だから……」
恥ずかしい。
謝るのって、はずかしい。
思ってることを素直に口に出すのって恥ずかしい。
しかも、同級生の女の子相手に。
でも。
これを言わなきゃオレは前へ進めない。
顔を上げる。
二人の顔を見つめる。
「一週間後の初ライブ、いいものになるように一緒に頑張ろう!」
言えた。
オレが言ってほしかった言葉。
二人に言うべきだった言葉。
野見山愛は、なんだか満足げな笑みを浮かべている。
「ええ、こちらこそよろしく。私達の運営さん。ああ、それから……」
くるりと向こうを向きながら、野見山愛はあごを上げて流し目を送る。
「私達のことは『さん』じゃなくて呼び捨てでいいわよ。だってほら、私達はもうクラスメイトや同級生じゃなくて、『運営』と『メンバー』の間柄なのですから」
そう言い残し、野見山と湯楽々は練習に戻っていた。
その際に、湯楽々は親しみを込めた笑顔でぺこりと頭を下げた。
野見山のダンスのキレも心なしか増したような気がする。
オレも黙々と作曲に取り組む。
二人からオレが感じ取ったインスピレーション。
それを全部叩き込む。
この二人の『今』の空気を曲に込められるのは──世界中でオレ一人だけなんだ。
河原の土手で。
帰りの電車の中で。
家に帰ってからの自室で。
猛烈に湧き上がってくる二人のイメージを、まるで取り憑かれたかのように一心不乱にパソコンに、ノートに叩きつけた。
そして、一睡もしないまま朝を迎え──。
オレたち『Jang Color』の初めての曲、『ゼロポジ』が完成した。
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