第21話 カバー曲はセンスの見せどころ

「で、一週間後のライブで歌う曲なんだけど」


 アー写の撮影を終えたオレたち。

 練習に入る前に野見山が疑問を口にする。


「たしかカバー曲……って言ってたわよね? 何を歌うのかはもう決めてるのかしら? というか。一週間で三曲? いくら私が何でも出来るとはいえ、覚えられない可能性もなきにしもあらずなのだけれど?」


「たしかにぃ~、私ダンスとか苦手ですし~」


 湯楽々もアワアワと同意する。

 一週間で三曲を覚える。

 うん、普通だったら不安に思うだろう。

 だが、問題はない。

 なぜなら──。


「まず、大前提として地下アイドルのライブってのは『出来なくてもいい』んだ」


「へぇ? 出来なくてもいい……ですか?」


「どういうことなのかしら? お客さんはお金を払って見に来るのでしょう? ナメた芸を見せたら怒られるのではなくて?」


「野見山、湯楽々。オレたちが一週間後に出るのは、いわゆる『地底イベント』と呼ばれるものだ。その地底イベントにおいて、オタクが一番期待してることは何だと思う?」


「なにって美しい女性による素晴らしいパフォーマンスではないの?」


「歌で感動……とかですかね?」


「うん、普通ならそう思うだろうね。でも、オレたちが出るのは『地底イベント』。しかもオレたちが出るのは『前座』だ。平日夕方の早い時間に秋葉原のライブハウスに来られるような特殊なドルオタ……そんな彼らが求めているのは──『定番』と『奇跡』だ」


 二人はいぶかしげな顔でこちらを見つめている。


「なにそれ、二つあるじゃない?」


「定番と奇跡ってどういうことなんですか?」


「ああ、例えば想像してみてくれ。テレビの歌番組で知らない歌手が知らない歌を歌ってたとしよう。それを見て、どう思う?」


「どう……って『へぇ~』くらいの感じね。この人がこの名前の人なんだ~って思うくらい」


「そもそも……あんまり真剣に見ないかもです、知らない人が歌ってても」


「そう、そうなんだ。今のオレ達はまさにその状態。なにをしようが、誰にも真剣に見てもらえないんだ。でもさ、その知らない歌手が誰でも知っているカバー曲を歌ってたら?」


「……それが私の好きな曲だったら、一応は聞くかしらね」


「私も聴きます! 元の曲と比較できるから『上手いか下手か』『どういうアレンジを加えてるのか』をすぐに判断出来ますよね!」


「そうなんだよ、そこに『カバー曲を歌う』ってことの最大のメリットがある。誰もオレたちを知らなかったとしても、カバー曲を歌えばとりあえず見てもらえる。しかも運がよければMIXやコールも入って盛り上がる。これが『定番』だ」


「あ、MIXって『ジャージャー!』って叫ぶやつですね! テレビで見たことあります!」


 湯楽々が嬉しそうに声を上げる。


「なるほどね。で、『奇跡』ってのは? 私達が踊りを覚えられなくてもいいことと、どう関係があるのかしら?」


「奇跡ってのは言い換えれば『その瞬間にしか見れないもの』だ。それには『失敗』や『拙さ』、『素人感』も含まれる。考えてみてくれ、二人が今後三年、五年アイドルを続けたとして、どんどん歌もダンスも上手くなっていくとしよう。そしたらステージでのライブパフォーマンスも安定してくるよね?」


「そうでしょうね。私くらいの才能があれば、すぐにハイクオリティーで安定させられるでしょうど」


 野見山愛、相変わらずのすごい自信だ。


「で、一週間後のオレたちのライブだ。もしかしたら緊張して振り付けを忘れたりするかもしれない。でも、会場にいるのはアイドルライブを何千、何万回も見てるような濃度の濃いオタクたちなんだよ。そんな彼らにとって、そこでだけ見られる『初々しさ』『不安定感』『レア感』ってものは、何にも代えがたい絶好の好物ってわけなんだ」


「その瞬間しか見れないから『奇跡』……」


「ああ、そこでしか見ることの出来ない奇跡。『おいおい、すげ~もん見ちゃったぞ!』『足繁く地底ライブに通ってたオレだけが見ることの出来た特権だな!』そういう感覚を求めて、彼らは毎日のように地底ライブに早い時間から通ってるんだ」


 オレが、そうだった。

 まだ見ぬ推し。

 まだ見ぬ奇跡的な現場。

 常識から外れた非日常。

 そういったものを求めてアイドルフェスに通っていた部分は、たしかにある。


「なるほどね、言いたいことはわかったわ。要するに『一週間後のライブに来るお客さんはマニアックだから下手でもいい』ってことね」


「まぁ……身も蓋もない言い方をすれば、ね」


「はぇ~……だいぶ気が楽になりました。私、ほんとにダンス下手なので……」


「出来なくてもいいんだよ、得意なメンバーがそれぞれの長所を活かして補い合えるのがグループのいいところなんだから」


「はぁ、そうですか……。じゃあ、私は歌を頑張ります……!」


「あぁ、期待してる」


「で、そのカバー曲とやらは何を歌うか、もう決めてあるの?」


「あぁ、それはもう決めてる。歌うのは──」



 入場SE『とことこジャム太郎』

 有名な子供向けアニメの歌だ。

 オタクが円状にぐるぐると回りながら「オレモー!」というコールを入れる曲で、地上波ニュースにも取り上げられたことのある地下アイドル界の定番ネタ曲。

 ステージ登場用の曲なので、歌ってたりはしない。


 一曲目『シュワ恋ソーダ』

 かつて全盛を誇った大手古参アイドル事務所『アロープロジェクト』、通称『アロプロ』の選抜メンバー三人からなる『Salt!』によるアイドルシーンを代表する有名アンセム曲。

 ほぼすべてのコール、MIX、ヲタ芸を詰め込むことが可能な、時代を超えた奇跡の一曲。

 これだけ生歌で歌って、あとの二曲はエアボーカル。


 二曲目『ドルオタ入門キット』

 今、最も勢いのある地下アイドル事務所『ミノリンズ』の手掛ける「ぴえん系」アイドルグループ『iタイッス!』による去年流行ったMIX全振り曲。


 三曲目『あなたの二番目に好きなところ』

 去年、地下ドルシーンを超えてピックポックを中心に大バズりした超バズソング。

 歌ってるのは、おしゃれ系事務所『エンジョイシステム』が満を持して送り出した正統派美少女アイドルグループ『フルフルワイパー』。

 この曲の総再生数は、なんと十億回超え。

 今年の紅白にも呼ばれるのではと噂されている、今もっとも勢いのあるグループの曲。

 

 以上の三曲。



 熟練の地下アイドルオタクにとっては「カバー曲で何を歌うかで、そこの運営のセンスが全てわかる」と言っても過言ではない。

 この三曲なら完璧だ。

 いにしえからのオタクを『シュワ恋ソーダ』で掴んで、最新のバズ曲へと繋げる。

 全部MIXもコールも入れまくれる沸き曲。

 客層は年代が高くなるだろうことを予想し、ロック寄りの曲も避けた。

 完璧なチョイス。

 オレがオタクだったら「おっ、この運営わかってんじゃ~ん!」となること間違いなし。

 自分のセンスのよさに悦に入りながら、オレは二人に曲の説明をしていく。

 すると、途中で野見山が至極真っ当な質問をしてきた。


「ねぇ、オリジナル曲も一曲くらいあった方がいいんじゃないのかしら?」


「まぁ、オリジナル曲があった方がいいのは確かだね。でも、ライブはもう一週間後だ。自分たちで作るにしても、誰かに頼むにしても時間がなさすぎるよ。そもそも作るにしたって機材もなにもないからね」


「そう……機材があったら曲は出来るのね?」


「ノートパソコンとか、DTMソフトとか、音の有料素材とか色々必要だし、お金も時間もかかるからね。活動が上手く軌道に乗ってきたら、経費でそういった機材も揃えていきたいとは思ってるよ」


「ふ~ん、わかったわ」


 珍しくあっさりと引き下がる野見山。

 その後は、日が暮れるまで三曲の振りと歌詞を動画で確認した。

 そこで練習の初日は終了。

 続きはまた明日ってことで解散した。

 野見山は「ちょっと行くとこがある」と走って帰っていった。


 ふぅ、帰宅。

 一気に気が抜ける。

 ドッと疲れが押し寄せる。

 それもそのはず。

 だって、今日は朝からチラシを貼って。

 満重センパイやギャルたちに絡まれ。

 野見山たちとお弁当を食べて。

 放課後はアー写撮影に、カバー曲のレッスン。

 はぁ……ハードな一日だった……。

 ああ、そうだ。

 今日のうちに、これだけはやっとかなくちゃ……。

 一週間後に出るイベントの主催者に今日撮ったアー写を送る。

 それからオレは今日一日やりきったという充足感に包まれて、ぐっすりと心地のいい眠りについた。



 次の日。


「はい、これ」


 朝、学校に着くと野見山愛が高級そうなノートパソコンを渡してきた。


「は? なにこれ?」


「なにって機材があれば作れるのでしょう? オリジナル曲」


「は?」


「作曲に必要そうなソフトと素材は全部入れておいたから、作りましょう」


「え、ちょっと待って、それって……」


「だから作るのよ、私達の──」


 野見山のかけたクソダサティアドロップ眼鏡がキラリと光る。


「最初の、オリジナル曲を」

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