第20話 初めてのアー写

 放課後。

 東京を縦に縦断する大きな川岸。

 学校から歩いていけるそこへ、オレたちは訪れていた。


「さぁ、白井くん。今から『アー写』を撮るんだったかしら?」


「あのぉ……私なんとなくここまで着いてきちゃったんですけど……今から撮ろうとしてる『アー写』って、なんなんでしたっけ?」


 湯楽々が前髪をぺたりと押さえながら聞いてくる。

 その隣には野見山。

 二人は制服姿のまま並んで立っている。


「ああ、ちゃんと説明してなかったね。アー写ってのは……」


 アー写。

 アーティスト写真。

 プロフィール写真と言い換えてもいい。

 フェスのフライヤーなんかによく載ってるやつ。

 あれのこと。


「あの、私、歌手のYULちゃんが好きなんですけど、YULちゃんのシングル曲のジャケット写真……みたいな感じのやつってことですか?」


「そう、まさにそれだよ! メジャーなアーティストだと新譜をリリースするたびにアー写も変わるね。ジャケット写真をそのまま使ったり、SNSのプロフィール画像に設定したり、つまりそういうものだよ」


「言うなれば、名刺みたいなものね」


 さすが野見山、飲み込みが早い。


「そうだね、アー写は地下アイドルにとってはまさに名刺。アー写を見ただけで大体どんなアイドルなの想像がついてしまうものなんだ」


 たとえば。

 お金がかかってるのか、かかってないのか。

 ロックなのか、可愛い系なのか。

 センスがいいのか、悪いのか。

 ルックスが売りなのか、それともコメディー系なのか。


「まず、そこでオタクに興味を持ってもらえるかどうかの選別が行われてしまうくらい、アー写は大事なものなんだ」


「ふぇ……!? そんな大事なものを今から撮るんですか……!?」


「ねぇ、白井くん? 私を撮るのであれば、それこそ一流カメラマンくらいでなくては素材に写真が負けてしまうのではなくて? そうなってしまってはアー写の効果が果たせないのじゃないかしら?」


 オドオドキョロキョロしてる湯楽々。

 異常なほどに自信過剰な野見山。

 一見関わりにくい二人だが、今のカメラマンモードのオレには……絶好の対比な被写体に見えるぜ!(クワッ!)


「あら、白井くん。スマホで撮るの? 照明とかないのかしら? 衣装はこれでいいの? 学校の制服だけれども。それにメイクは? 私もゆらちゃんもスッピンなのだけれども。それで本当にアー写として……」


「いいっ! そのままで大丈夫だから! 一旦撮らせて!」


「ふぇぇ……」


「ハァ……仕方ないわね。白井くんがそう言うのなら従うわ」


 パシャッ。


 なぁ、数日前までのオレ?

 想像することが出来たか?

 三日前までは話したこともなかった隣の席の女の子。

 そして、昨日までは会ったこともなかった女の子。

 その二人の写真を、今こうして撮っているだなんて!


『運営としてメンバーのアー写を撮る』


 そう、これは仕事の一環にすぎない。

 でも、でも……。

 三日前までは誰とも口をきかず、友達も出来ず、当然女友達や彼女なんて出来るわけもなく、中学時代と同じようにモブとして高校三年間を過ごすだろうと思っていた……そんなオレが──。


 同級生の女の子を撮影してる!


 ぶっちゃけテンション上がってる!

 上がりまくってる!

 手なんかも、もうぷるぷる震えてる!

 でもこれは運営としての業務だから……。

 テンション上がってることを二人に悟られないようにしないと……。

 そう、オレはメンバーに手を出すような『飛鳥山55』のプロデューサー有薗正ありぞのただしなんかとは違うんだ。


 そう思った瞬間。

 スマホのファインダー越しの二人が急にクリアに見えた。


 そして、気づいた、

 オレがこの子たちと一緒にアイドルグループを作りたい理由。


 それは、『もったいない』からだ。


 過去、もしメジャーシーンにいたとしら確実に天下を取っていたであろうという逸材の地下アイドルは数多くいた。

 ビジュアルでも、スキルでも、トークでも。

 彼女たちは、その各々の分野で圧倒的にメジャーアイドルよりも秀でていた。

 でも。

 彼女たちのほぼ全員は、埋もれたまま一度も光を見ずに消えてしまった。


 その理由は。

 地下だったから。

 メジャーじゃなかったから。

 運がなかったから。

 事務所が弱かったから。

 いくらでも理由は思い浮かぶ。


 そんな彼女たちの卒業や解散を見るたびに『もったいない』という想いが少しずつ、少しずつオレの心の中にもっていった。

 あぁ……こんなところで消えていくような人たちじゃないのに。

 あぁ……こんな逸材たちが埋もれたまま終わってしまうだなんて。

 もったいない。

 もったいない。

 そうして少しずつ積もっていった『もったいない』は、応援していたオタクを、アイドル自身を、地下アイドルというシーン全体を、真綿のようにギュウっと締め付け、息苦しさを増していった。

 無駄なんじゃないか、地下で頑張っても?

 意味ないんじゃないか、いくら応援しても?

 オタクも地下アイドルも、徐々にそんな無力感と無気力感にさいなまれていく。


 野見山愛の頭の上でキンキラキンに光る『5億』の数字。

 湯楽々結良の頭の上でつつましやかにたたずむ『2』の数字。


 もし、オレにもっと前から動員力が見えていたら、消えていったアイドルたちに何かしてあげられただろうか。

 何も出来なかったかもしれない。

 でも、今は。

 オレの隣の席で埋もれていた野見山愛。

 シンガーとして埋もれていた湯楽々結良。

 この二人に手を差し伸べられるのは。

 間違いなくオレだけなんだ。



『二人を、このまま埋もれさせたくない』



 彼女たちの可能性を、未来を、このまま潰してしまいたくない。

 せっかく見えた彼女たちの【動員力】と【隠しステータス】。

 そして、オレの『地下アイドル』の知識。

 これらを活かして、彼女たちをもっと光の当たる場所へ──。


「どうしたの? 白井くん、大丈夫?」


 急に黙り込んだオレを心配して、野見山が声をかけてくる。


「ああ……大丈夫だよ」


 オレは顔を上げる。

 頭も視界もスッキリしている。

 手の震えも止まっている。


「それじゃあ撮るよ~! さん、にぃ~、いち!」


 パシャ。


(うん、いいな……)


「どんな感じですかぁ? 見せてくださぁい」


「白井くんが、いったい私達の美貌をどう撮ったのか気になるところね」


 近づいてきた二人が、オレの持つスマホを覗き込む。

 そこに写っていたのは。


「えぇ~!? これですかぁ!?」


「白井くん、本当に……これでいいの……? ハァ……あなた、本当に天才か大馬鹿のどちらかね……」


 川をバックに立った制服姿の二人。

 超遠景。

 二人ともちっちゃくしか写ってない。

 野見山は、馬鹿みたいなメガネをかけて仏頂面で棒のように立っている。

 湯楽々は、わたわたと前髪を押さえて前かがみ気味。

 しかも、背後には犬の散歩をしてるおばあちゃんや、ランニングしてるおじさんも写り込んでいる。

 なんだか間抜けな感じ。


 一言で言えば、変。

 だけど、好きな写真だ。

 にじみ出まくった素人感。

 でも。

 この瞬間にしか出せない空気感。

 今の自分たちのぎこちない雰囲気。

 飾っていない等身大の現状。

 そういったものが、よく出てる気がする。


「ああ、これでいい──いや、これがいいんだ」


 まだ、世界の誰からもアイドルとして認識されていないオレたち。

 そんなオレたちにぴったりな写真だ。

 オレは保存した写真の足元に『Jang Color』と書き込む。

 よし、完成!

 これが。

 オレたちの最初のアー写だ!

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