デビューライブ

第19話 決定、初ライブ!

「はぇ~、そんなことがあったんですね~」


 ほっぺたにハンバーグを詰め込んだ湯楽々結良はそう言って、ただでさえ丸い瞳をさらにくりんと丸くした。

 ぽかぽか陽気の昼休み。

 学校の裏庭にぽつんと置いてある人気のないベンチ。

 オレと野見山、湯楽々の三人は、そこに集合して作戦会議を開いている。

 もちろん、お弁当がてら。


「そうなのよ、ゆらちゃん! 見せてあげたかったわっ! 白井くんの勇ましい姿をっ!」


 胸を張って自慢気に鼻を鳴らす野見山。


「あのなぁ……そもそも、野見山さんがあんな喧嘩売るようなこと言わなければ、あそこまでモメることはなかったんだよ」


「あらそう? でも結果的にはオーライだったんじゃないの?」


 質素なアルミ箱の弁当からヒジキをヒョイと口に運びながら、野見山は悪びれた様子もなく言う。


「ハァ……野見山さんさぁ、今回は相手が女の子三人だけだったからよかったものの、もっと怖い人とかがいっぱいいたら危なかったんだよ!」


「あら? でも、その時は白井くんが助けてくれるんでしょう?」


 あっけらかんとした口調。


「あぁ、そりゃ助けるさ……助けるけどっ! それ以前の問題として……野見山さんに危険な目に遭ってほしくないんだ。運営としてメンバーを守るのは当然だけど、それ以前に守らなきゃいけないような事態に陥るリスクを減らす。それがオレの仕事なんだよ」


「おぉ~、いわゆる『マネージメント』ってやつですね! なんだかプロっぽいです!」


 感心したように湯楽々が声を上げる。


「うん、対外的なトラブルやもめ事は運営が対処して、メンバーにはパフォーマンスに集中してもらえるような環境を作りたいんだ。だから、あんまり無意味に波風立てるような行動は今後つつしんでもらえると嬉しい」


 そもそも! オレは野見山と初めて話して以来三日連続でトラブルに巻き込まれてるんだ!

 このままじゃオレ、『Jang Color』を始動させる前に死んじゃうよ……。

 ってなことで。


 この何を考えてるのか全く読めない『厄介度:SSS』の超危険人物──野見山の引き起こすトラブルを未然に防止する。


 それが、オレの運営としての当面の最優先事項だ。


「わかったわ。私たちの運営さんが言うのであれば従うしかないわね。じゃ、今後は意味のある波風だけ立てることにするわ」


「なんだよ、意味のある波風って……。結局、波風は立てるのかよ……」


 とはいえ、言いたかったことはひとまず通じたようだ。

 オレは胸をなでおろすと、タッパーの中で固くなってる豚肉をつまんでポイっと口内に放り込んだ。


「あの~……私、昨日から気になってたんですけど……」


「なにかしら、ゆらちゃん?」



「お二人って、その……付き合ってるんですか?」



 ブッーーーーーーーーーー!


 豚肉逆噴射。


「つつつつつつつ、付き……!? 湯楽々さん、何言って……!」


「だってほら、二人とっても仲良さそうですし。野見山さんもよく白井さんのことを『カッコいい』とか言うじゃないですか?」


「ななななな……!」


 言う……!

 たしかに野見山は時折オレのことを褒めるようなことをサラッと言う。

 それはオレも気にはなっていた。

 でも、だからって付き合うだなんて……。


「昨日私を助けてくれた時も、お二人でデートしてたんじゃ……」


「ちが~う! あれはスカウト! メンバーを増やすためにスカウトしてたの!」


「そうね、昨日のはスカウトね、残念ながら。私としてはデートでも全然構わなかったのだけれど」


「だから野見山さん! 紛らわしいことを言わない!」


「あら、私は私の思ったことをそのまま言っているだけなのだけれど?」


「みんなが思ったことをそのまま言ってたら世の中はとんでもないことになっちゃうの! っていうか! 野見山さんの場合は言ってることが冗談なのか本気なのか区別がつきにくいんだよ!」


「う~ん、でもぉ……」


 野見山は、指をあごに当ててニコリと魅惑の笑みを投げかけてくる。


「ほら、とんでもないことになった方が面白そうじゃない?」


「後始末しない人ならそうだろうね! 野見山さんがとんでもないことをするたびに、そのケツを拭くのは決まってオレなの!」


「あらやだ白井くん。食事中に『ケツ』だなんてマナー違反よ」


 鼻を押さえておどける野見山。


「そりゃあ女子の前でどうもすみませんでしたね! でもさ、ほんとに……」


 向こうのペースに巻き込まれないよう、声のトーンを落とす。


「オレたちはこれから一緒にチームとして活動していくんだ。お互い理解し合って、歩み寄っていかなきゃいけない部分もある。もちろんオレにだっていたらない点は、この先たくさん出てくると思う。でも、その度にモメるんじゃなくて、みんなで力を合わせて乗り越えていきたいんだ。だって、それが──」


 そうだ、思い出した。

 オレは最初、この言葉で野見山愛を口説き落としたんだった。


「第二の家族ってもんだろ?」


「はわ~! 第二の家族ですかぁ! たしかに、これから何年も一緒に活動するとなったら、第二の家族みたいなものですよね! なるほど、うん! さすが運営さん! いい例えですね!」


 心底感心した風な湯楽々に対し、野見山愛はキョトンとした顔で固まってる。


「……そ、そうね……家族、だものね……。わ、わかったわ……善処してあげてもいいわね……」


 野見山は小さくそう呟いた後、プイとそっぽを向いてしまった。

 うん、どうやら野見山に言うことを聞かせるには「家族」というワードが効果的なようだ。

 実際、本当に地下アイドル運営とメンバーは家族みたいなものだってよく聞くしね。

 ただ、この「家族」というワード。

 おそらく……地雷にもなりかねない。

 野見山がうちに来た時に家族のことを聞いたら怒ってたもんなぁ。

 ということで、今後はこの「家族」というキーワードは慎重に扱うことにしよう。


 その後は借りてきた猫のように大人しくなった野見山と、相変わらず天然感満載の湯楽々と、先々の打ち合わせを軽くして昼休みを終えた。

 ポイッターにたくさん届いていた地底イベントの出演オファー。

 その中からオレたちが選んだイベントは──。

 秋葉原での平日対バン。

 ちょうど今から一週間後。

 そこのトップバッター。


『動員ゼロでもいい代わりに「前座」という形で少しでも賑わせてくれたらオッケー』


 という内容のものだった。

 気楽に出られそうだってことで、満場一致でこれに決定。

 それに従って今後のスケジュールも決まった。


 月曜(今日)ライブで披露するカバー曲練習、アー写撮影

 火曜 練習(放課後)

 水曜 練習(放課後)

 木曜 練習(放課後)

 金曜 練習(放課後)

 土曜 ライブ用衣装買い出し

 日曜 衣装合わせ、最終練習

 月曜 対バンフェス当日(初ライブ!)


 さぁ、出演するイベントも決まった!

 あとは一直線に駆け抜けるだけだ!

 待ってろ、アイドル界!

 将来的に五億人を動員する(はずの)『Jang Color』が殴り込みをかけてやるぜ!

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