第3話 厄介度SSS!?

 5億の女、野見山愛とオレの顔──その間およそ五センチメートル。


「あなた……今、なんて言ったの?」


 入学以来ずっと隣の席だった野見山愛。

 これまで一度も話したことはない。

 初めて聞いた彼女の声。

 その声の美しさにオレは打ち震えていた。


(なんて心に染み渡るような素敵な声なんだ!)


 オレのよくする妄想。


『理想のアイドルグループを作る』


 あぁ……もしこんな声の持ち主が、オレのプロデュースするアイドルグループのセンターを務めてくれたら……。

 その妄想が色を帯びて一気に脳内に広がっていく。


「ちょっと? あなた、聞いているのかしら!?」


(……ハッ!)


 野見山愛の刺すような声で、オレは現実へと引き戻される。


「え、あれ? オレ、何言って……」


「アイドルっ! アイドルグループ! あなた、私にそう言ったわよね?」


「え、あ、言った……のかなぁ……。ああ……言った、のかも……? あはは……」


 ダンッ!


 野見山愛は、もう片方の腕でもオレを壁ドンする。

 これで、オレは野見山愛の両腕に挟み込まれる形となった。

 完全に逃げ場なし。

 そして顔もめっちゃ近い。

 彼女の吐く生暖かい息が、オレの顔にかかる。


「言ったのかなぁ、じゃなくて言ったの。この私に。アイドルグループを作らないかって」


「あ、うん、言った、かも……っていうか、言った……。うん……」


「そう、言った。言ったのよ。で、なぜ?」


「はひ? なぜと言いますと?」


「理由を聞いてるの。なぜ私なの? なぜアイドルグループなの?」


 目の前五センチメートルの野見山愛。

 妙に古風な話し方をする彼女の圧に気圧けおされつつも、真っ白になった頭を精一杯稼働させて答える。


「の、野見山さんなら、五億人動員できるスーパースターになれそうだなって……。そのためには世界に羽ばたきやすいグループアイドルっていうフォーマットが一番適してるかなって……あの、そう思ったわけで……」


 五センチ先のメガネの奥、野見山愛の目が真ん丸に見開かれ。


 ニタァ──。


 野見山愛の血色のいい唇が大きく左右に広がった。


「ハッ──! 五億……五億ですって……? この生まれ持った魅力と育ちの良さを完璧に消しきった私に、五億人を動員することの出来る可能性を見出したと? あなたが?」


 魅力と育ちの良さを消しきった?

 言ってることはよくわからないが、とりあえず同意しておく。


「見出したというか、見えたというか……。と、とにかく五億なんだよ、野見山さんは」


 今も野見山愛の頭の上には『5億』の数字がまるでソシャゲの最高レアリティかのようにキンキラキンと輝いている。


「フフフ……! あなたっ……いいっ! いいわよっ! 詐欺師にしてもそこまで大ぼら吹けるのであれば、それはもはや才能っ! あなたが私に声をかけた理由、それはわかったわ。でも、なぜ『グループ』アイドルなの? 私という隠しても隠しきれない魅力溢れる女であれば『ソロ』アイドルで十分じゃないの? そうね、例えば……昨日武道館で八千人を動員した『飛鳥山55』の霧ヶ峰リリのように」


 急に出てきた霧ヶ峰リリの名前に若干驚く。

 ほら、非オタの人からアイドルの話が出るとびっくりするじゃん?

 と、同時にテンションも上がってしまうのがアイドルオタクのさが

 体の中で急にエンジンがかかってきたのを感じる。


「それはね、霧ヶ峰リリは『飛鳥山55』っていう枠の中にいたから、他のメンバーと競い合う中で魅力が磨かれていったんだよ。もし霧ヶ峰リリが最初からソロアイドルとしてデビューしても、一人で武道館を埋めるのは難しかったんじゃないかな」


 うひょ~、こんな状況だけど……。

 相手は非オタの人だけど……。

 アイドル論を語るのって……気持ちいい~!


「なるほど……。つまり、この魅力溢れまくりの若くて美しいこの私の魅力をもっと磨くための引き立て役が必要だと? だからグループアイドルだと?」


「いや、引き立て役じゃないんだよ。あくまでライバルであって、仲間でもある。ビジネスパートナーでもあるし、家族のような決して切れない縁と絆を持った存在でもある。オレはそういうものだと思う、グループアイドルのメンバーっていうのは」


「家族のような……絆……」


 野見山愛が、なにか憑き物でも落ちたかのようなキョトンとした顔を見せる。


「うん、時にわずわしいし、時に喧嘩もする。でも、十代や二十代という人生で一番輝ける瞬間を、同じ目標を持って一緒に駆け抜けることの出来る仲間。運命共同体。そしてお互いが切磋琢磨するライバルでもあり、活動してる期間は本当の家族よりも長い時間を一緒に過ごす『第二の家族』のような存在。それがボクの思うグループアイドルだよ」


「……グループは何人なの?」


 うつむいた野見山愛が、小声で聞いてくる。


「そうだね、七人か五人がベストだけど……今の自分の能力的に考えると、多くても五人が限界かなぁ」


 うつむいたままオレの話をジッと聞いている野見山。


「五人……五人ね……。私の第二の家族が、これからあと四人……」


「まぁ、ちゃんとグループが出来ればそうなるかな?」


「……で、あなたは? プロデュースをするあなたは、私達の家族的な存在になるのかしら?」


 プロデュース。

 プロデューサー。

 オレにはちょっと大げさな言葉だなと思いつつも、せっかく大人しくなった野見山の話の輿こしを折りたくはなかった。

 なので、茶々を入れず答えることにする。


「そうだね、プロデューサーも含めてチーム全体で家族のように一致団結してやっていくよ」


「そう……そうなのね……」


 オレを壁ドンしてる野見山の二本の腕がわなわなと震える。


「いいでしょう……。ええ、いいわ……。やってやろうじゃないの、白井聡太! この野見山愛が! 五億人を動員して! あなたと、まだ見ぬ四人と! 第二の家族を築いてやろうじゃないの! 見てなさい、芸能界! 待ってなさい、世界! すぐに私達が席巻せっけんしてあげようじゃないの!」


 え、なにこのテンション……? ちょっとこわ……。


 そう思った瞬間。


 ぽこんっ。


 頬を紅潮こうちょうさせた野見山愛の横に、漫画みたいな吹き出しが現れた。


(え、なんだこれ……?)


 そこには、こう書いてあった。


『隠しステータス:厄介度SSS』


 ……は?

 隠しステータス?

 厄介度、SSSぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?



──────────

【あとがき】

 三話まで読んでいただいてありがとうございます。

 次から毎日一話ずつ更新していきます。

 ☆☆☆やレビュー、各話ごとの❤などいただけたら大変励みになります。

 この先も「動員力が見える」白井くんと「厄介度SSS」野見山さんの活躍をお楽しみに!

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