第2話 5億の女、野見山愛
オレの隣の席の女、野見山愛。
黒髪ロングでモサッとしてる。
化粧っ気もなく、かけてるメガネもおしゃれさは皆無……というかむしろ変。
昭和の刑事が着けてそうな感じ。
背はオレより少し高く、痩せてる。
授業中はずっとピンと背筋を張ったまま。
彼女が誰かと話してるのを一度も見たことはない。
いつもどこかムッとしたような不機嫌そうな顔をしている、とっつきにくそうな女。
そんな彼女の頭の上に。
『5億』
の数字が、テッカテカのピッカピカの虹色レインボーに輝きまくっている。
(えぇ~……? これ、ほんとに動員力……? 5億って5億人ってことでしょ……? え、この子がぁ……? ほんとにぃ……?)
思わず
けど、彼女はピクリとも反応しない。
ただいつものようにピンと背筋を張ったまま、まだホームルームすら始まってない真っ黒な黒板をまっすぐ見つめている。
「なに?」とかの反応すらない。
ただ、ジッと│
(オレに凝視されてるの気づいてるだろうに……普通じゃないな)
そうだ、思い出した。
普通じゃないといえば。
この高校に入学して三日目のこと。
廊下の向かいからメガネを頭に乗せたままキビキビと人波をかき分けて歩いてくる野見山愛を見かけたことがあった。
「あれ? 野見山さんってメガネなくても見えるんだ?」
その時は素直にそう思っただけだった。
でも、今にして思えばあれもわりと普通じゃない。
だって、見えるんだったら普段かけてるメガネはなに?
しかもわざわざあんなダサいのを。
謎だ。
あ、いや……。
よくよく考えてみれば、この野見山さん……他にも意味不明なところが思い浮かぶ。
たとえば。
席が一番後ろなのをいいことに、授業中にそっと立って誰にも気づかれないように華麗なターンを決めて座ったりとか。
たとえば。
先生に質問されても片手を上げて先生を威圧して無言で断ったりとか。
なんか……野見山さんって、誰にも気づかれないように変なことをしてる……?
っていうか、変人……?
思い返せば返すほど意味が不明すぎる。
ちょっとした恐怖すら覚える。
そこで。
オレはこの日一日、この五億の女こと野見山愛を観察して過ごすことにした。
キーンコーンカーンコーン。
放課後。
(な……なんの成果もないまま一日が終わってしまった……!)
野見山愛を一日観察した結果。
特になにもわからなかった。
なにもなし。
ただ姿勢を正してジッと前を見てただけ。
そもそもさぁ……。
オレは彼女を観察してどうするつもりだったんだ?
観察する目的はなに?
ただ五億の女がどんな奴なのか気になった?
それとも──。
カタッ。
野見山愛が、まるでシャーペンの芯が押し出されでもするかのようにカチっとした感じで席から立ち上がった。
そして、そのままバレリーナのように
(あっ……)
気がつくと。
なぜかオレも後を追うように席を立っていた。
(え? おいおいおい……なんだ……? なんでオレは……?)
ツカツカツカ。
オレと野見山愛は一定の距離を保ったまま廊下を突き進んでいく。
(おいおい、これじゃまるで尾行してるみたいじゃないか)
それにしても。
野見山愛の歩くスピードは早い。
ついていくのも必死だ。
早足で階段を駆け下りると下駄箱に到着。
上履きを脱ぎ、靴に履き替える。
野見山愛は、その動きにすら無駄がない。
まるで靴を履き替えるための最善手を完璧にトレースしているかのような。
そんな洗練された動き。
(えっ、靴履くのはや……!)
野見山愛の予想外の靴履き技術に動揺したオレは、自分の靴を落っことす。
その間にも、すでに靴を履き終えた野見山愛はズンズンズンと校庭を突っ切っていっている。
(ヤバ……)
靴にもたついてる間に、野見山愛との距離がどんどん離されていく。
ああ、ダメだ……。
駄目だ駄目だ……。
このまま離されたらオレは……。
(「オレは」? オレはなんだってんだ?)
気がつくと。
オレは靴も履ききらないまま校庭に飛び出し。
野見山愛の腕を掴んでいた。
野見山愛は驚いた顔でこちらを見ている。
「の、野見山さんっ! オレと……アイドルグループを作らないかっ!?」
え? あれ? オレ、なに言って……。
グイッ!
「うわっ──!」
オレは野見山愛にすごい力で引っ張られ──。
ドンッ!
引きずられ。
校舎の裏で。
オレは。
野見山愛に。
壁ドンされた。
(え……か、顔近い……!)
眼鏡の奥でギラリと光る野見山愛の切れ長な瞳。
「あなた……今、なんて?」
この学校に入学して二週間。
初めて聞いた野見山愛の声は。
可憐で──美しかった。
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