「今宵の月」


やいのやいのと大騒ぎしたのは、つい昨日のことだ。


久しぶりに親戚一同が集まるというから、この1か月のあいだ、気が休まらなかった。

もてなす側である私は、飲料を買いそろえ、出前を予約して。念入りに掃除をし、気になるところは修繕にまわり、備品を新調したりなどした。ああ、大変だったなあ。

うちにみんなが集まった理由は、我が家に娘が生まれた祝いということであるが、なにかと理由をつけて宴会を開きたいのだろうな、あのお祭り好きたちは。酒を多めに買っておいて、本当に良かった。


祝いの席であるから、会話の内容もなんてことはなかった。

「最近肩が痛くてなあ、年は取りたくないね」

「あのチェーン店が近くにできてな。早速行ってみたけどあれはいいなあ」

とりとめのない話で、宴会は夜まで続いた。バルコニーの夜風に当たって、酒を機嫌よくあおる客人たち。ほろ酔い気味で、誰ともなしにこう口にした。


「ああ、今宵の月は格別だなあ。今日はなんていい日だろう」


どっと歓声が起きる。




――月が突如爆発した現象が起こってから、もうすぐ50年。

人工の月が導入されてから、まだ日も浅いし、仕方ないことだけれども。


あの、満ちては欠けるように姿を変える、あの月はもうないのである。あるのはどの角度からでも同じまあるい球体だけだ(人工月は自発光するため、常に満月なのだ)。



私は独り言ちる。

「ああ、しかし。『今宵の月』の見え方なんてのは、気の持ちようなのかもしれないな」


昨日の月は、確かに見事だった。……かもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る