「苦い春巻き」
「うえっ……なんだこれ」
箸で一口サイズに割って口に運んだその料理を、僕は即座に吐き出した。
今食べているのは春巻き定食。春巻き、キャベツ、みそ汁、ご飯、漬物のランチだ。500円。社員食堂だから安いのだ。
午前の仕事を終えて、好物の春巻きを半分に割って、口に入れたのがたった今の出来事だ。
なにこれ、変な味がする。売り物の味じゃないぞ……。
忙しいプロジェクトチームに配属されて、連続徹夜の日々で僕の体力はすっかりカラだ。でもこれはクレームをいれなけりゃならない、返してくれ僕の500円。食えたもんじゃない。
僕はため息をつきながら重たい腰をあげ、厨房に歩いて行った。
「あの、すみません。この春巻きなんですけど、変な味がして……」
イライラする気持ちを抑えながらも、僕はいたって冷静にクレームを入れる。すると、厨房が妙にざわつきだす。最初に話しかけた調理員のおばちゃんなんか、口をパクパクさせながらこっちを見てくる。なんだってんだ。
食堂のおばちゃんは「あのう、アイザワさん、あのう……」と僕の社員証をみながら僕におどおどど話しかけてくる。「なんです?」僕のイライラは止まらない、ああ、態度に出してしまいそうだ。
「病院に今すぐいかれたほうがいいと思います……」
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疲れた体に、意味不明な言葉を投げかけられ、僕はどっと疲労感が増した気がした。はあ?そっちのミスで味がおかしいっていってるだけだろうが、なんなんだよ。
すると、厨房の奥から料理長がやってきて、僕に手近な席に座るように促した。そうして話をきくと、僕は体の力が今度こそ抜けた。……まさか、そんなことって。
――料理長の話はこうだ。
人事課から、「社員の労働環境を整える一貫」として社員食堂の揚げ物に「特殊なレモン汁」をかけることにしたのだそうだ。レモンは通常の人間にはただ酸っぱく感じるだけだが、疲労が蓄積している者にとっては、土のような苦みが生じるのだと。そこで、社員の疲労度をはかり、クレームを入れてくる社員は休ませるように指導するのだと。
……つまり、その特殊なレモンがかかった春巻きをたべて、苦く感じた僕の体は……たいそう疲労しているということだ。
部署に早速連絡がいき、僕は病院を受診後自宅でしばし静養することとなった。
ああ、大好きな春巻き、悪かったよ。お前のこと、嫌いになんてならないからな。
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