「楽園にひとり」


ここは、夢の国だった。

空腹を感じれば、目の前に食べ物がただちに現れる。退屈を感じれば、ありとあらゆる娯楽が現れ、望むままに堪能することができる。

体を動かすことなく、遠くのものも思念で近くに寄せることができ、これまた念じるだけで使用することが可能である。皆が笑って生きる世の中とはまさにこのことだ。


もはや時代は変わった。

誰かが踏みにじられること、血を流すこと。悲劇を繰り返した我々人類の哀れな歴史は、この私の懸命な尽力によって全く社会構造を変えることに成功した。


新たに生まれ変わったこの新生・日本。誰かが不本意な悲しみにさらされることなどは、もうけっしてない。この世界はさしずめ地上の楽園といったところか。そう、まさしく。


「すごいわ、アキラさん。私、あなたと結婚して良かった。だって、あなたの『天国をつくる』っていう無茶苦茶でめちゃくちゃな革命を、一番近くで見れるんだもの」


嬉しそうに弾んだ妻の声。空耳だ。

なぜならば、彼女はとうにこの世を去っている。ああ、ミカ。なぜ君はああもあっけなく死んでしまったのだ。君に会いたい。


―――ミカの死によって、半ばヤケになって私は計画をさらに推し進めた。

私の築き上げた、地上の楽園。

それは、民衆の自殺をも察知し、私の組んだプログラム通りにありとあらゆる方法でそれを阻止する。

高い医学技術は人類の寿命を遥かに延ばし、私はとうに200年間を生きている。


地上の楽園。

馬鹿なことをした。どんなに素晴らしい夢のような場所であっても私には響かない。豊かな自然と高層ビルの調和の取れた景色を無機質に眺めながら私はただ立ち尽くす。



どうして天国なもんか。君がいないのに。

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