「VR立場交換会」
これはなんだろう。鳥にも見えるし、葉っぱにも見える。
ぐにゃぐにゃとあいまいな図形をが点滅したりスライドしたり、先ほどからほぼ画面が変わらない。
「いかがでしょう、I様。こちらのビジョンは、二万八千円でございます。総合時間120分の大容量の幻覚でございまして、大変お得になっておりますよ」
しばらくして、VRお試し体験が終了した。
俺は、VR技術の発表会に、会社から言われて参加した代表である。今、無名のメーカーから開発中の「幻覚くん」の試遊を行っていた。
Iと呼ばれた俺は、ヘルメット装置を取り外したあと、ゆっくりと店員に体を向ける。
「ああ、……その、なんだ、いいにくいんだが、これは、なんだ?
ただ意味不明な図形が同じように繰り返し表示されるだけで、ちっとも意味なんかありゃしない。これで金をとるっていうのは、商品としてあんまりじゃないのか?」
店員はなおも変わらず笑みを浮かべながら、こう続けた。
「ええ、I様。これは、健康体な人間に「幻覚」を見せるVRでございます。人間、どうしたって他者の立場にはなれないものです。思いやりで推し量るのみ。想像力と理性で、民主主義はなりたっているのですな。しかし、これならば……」
「これならば?」
「幻覚や幻聴に悩まされる人間の体験ができるのでございます。健康体の人間にとっては、心の病はやはり、腫物のように扱ってしまうところがございますからね。これで、「体験」できるのですよ」
細い目に薄い唇で、不気味な笑みをたたえる店員は、歌うように、さらに言葉をつづけた。
「そうして、次は、嗅覚、視覚、そうした欠損の幻覚をVRで作れないかと弊社は考えております。この商品は、この最初の一歩。この何の変哲のない図形を見続けることで、自律神経を一時的に崩す幻覚となっております。」
愕然とした俺は、気づけば汗だくになり、ただ立ち尽くしていた。
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