「カプセルトラベル」
「私たち、しばらくの間離れたほうがいいかもしれないわ」
妻がそういって、家を出て行った。以前から何やら身支度をしているなとは思っていたものの、まさか突然家出してしまうとは。忙しさにかまけて妻と話し合う時間を持たなかった自分を責めながら、僕はひとまず出社した。それは今朝のこと。
「ただいまー……って、だれもいないか……」
定時退社で帰宅した、夜6時半。僕はドアを開けて帰宅すると、真っ暗な廊下を目の当たりにして今朝のことに思い至った。そうだ、妻は出て行ったんだった。
ふうとため息をついて、廊下とリビングの灯りをつける。冷蔵庫から缶ビールを一つ取り出して、僕がスーツを脱ぎながらそれを飲む。横着なことをしても怒られないのは一人空間のいいところだな……なんて、へいきなふりをしながら、じつのところ僕は相当参っていた。
妻からの連絡はあれきりないし、いったいいつ戻ってくるんだろう?いや、どこにいったんだ?妻の実家に連絡をしてみてもいいかもしれないが、向こうにいらぬ心配をかけるのもよくないだろう。第一なんと報告するのだ。だって、わからない。なぜ、妻が家出をしたのか?まったく喧嘩などしていなかったはずなのに。僕はショックを引きずりながらも、家出の理由をあれこれ考えていた。アルコールを体内に取り込んで、心を落ち着かせながら。
部屋着に着替え、リビングで三本目のビールを飲んでいると、インターホンのベルが鳴った。まさか、とおもいドアモニターをみると、何と妻の姿だ。
「ただいま!うーん、いい気分!元気にしてた?あ、またこんなにお酒飲んでるのね」
リフレッシュしたとばかりに晴れやかな表情の妻が帰宅した。あれ?おこっていない?家出したんじゃなかったのか?疑問符ばかりが浮かぶ僕の表情をみて、妻が笑顔で答えた。
「だから、しばらく一人の時間がほしいって言ったのよ。あなたが出社する前から帰宅前までの約9時間、最近公民館に設置されたばかりの簡易時間旅行カプセルに入ってみたのよ。一度やってみたくてね。実際の9時間が、カプセルの中では900時間になるって本当ね。長期バカンス気分が味わえたわ。少し狭いけど、ぐうたらするにはちょうどいいわね」
なるほど、妻は少し一人でリフレッシュしたかったらしい。まさしく精神と時の部屋……僕は使ったことなかったけど、いいなあそれ。今度行こうっと。
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