第16話 スタンダードMIX

 鎖に繋がれ、軍に先行して歩かされている悪魔たち。

 悪魔は皆ふらつき、表情も衰弱している。


 ピシッ!


「おらぁ! さっさと進まんかぁ! このクソ悪魔どもがァ!」


 黒ばらの刻印の鎧を身にまとった兵士が、馬車の上から悪魔たちに鞭を振るう。


「ぐぁぁ……! もう、頼むからもう殺してくれぇ……!」


 ビシィ!


「調子に乗るなよ、虫けらどもが! 貴様らの魂には、天界第五位階級大天使ミオテルス様の刻印が刻まれているっ! 決して消えない刻印がな! お前らが死ねるのは、敵に立ち向かい殺されたときのみ! 死にたければ速度を上げて、早く人間か魔物どもに襲いかかることだっ!」


「ぐぅぅ……ぐあぁぁぁぁ……っ!」


 想像していたよりもはるかに酷く、醜悪な光景。

 今までオレは、世界を滅ぼそうとしてる『終世しゅうせい千騎せんき』を先入観でろくでもないものだと思っていた。

 だが、これは……。


「カラ狐、ダガー……」


「ハッ」


「ちょっとだけわかりかけてきたぜ……。『終世しゅうせい千騎せんき』が、なんで世界を滅亡させようとしてたのかがな……!」


 あんな連中を村にたどり着かせてはいけない。

 絶対に。


「カラ狐、あの悪魔たちを助けてこちらへ引き入れることは出来るのか?」


「天使の刻印は一度刻まれたら二度とは消えません。あの男の言っていたとおり、死ぬまで奴隷として使われるのです。ですので、残念ですが……」


「そうか……わかった」


 オレは二人に手を出さないよう伝えると、前へと進み出た。


「ん……? なんだ、ありゃあ? ……って、ゲッ! 紫髪じゃねぇか! 大事な大一番を前に縁起がわりぃ! おい、悪魔どもっ! さっさとアレを片付けろ!」


 そう言って男が肉塊を前方に放り投げると、鎖に繋がれた悪魔たちが目の色を変えてそれに食らいつく。


 ムシャムシャガツガツバクバクゴクゴク……!


「ギャハハハ! 景気づけの麻薬入り肉だ! さっさと食って突撃しろぉ!」


 正気を失った悪魔たちが、鼻息荒くこちらに突っ込んでくる。


「魂の刻印だけでなく、薬物まで使って悪魔を従属させているのか……」


 ドドドドドド……!


 デーモン、バフォメット、インプ、サキュバス。

 ザッとオレがわかるだけでもそれらの悪魔の他に、数百、いや数千はいるであろう悪魔たちが、ジャラジャラと鎖を音を鳴らし向かってくる。


(うちにも……いるんだよな、悪魔が)


 根源の悪魔。

 マンゲエターナル。

 もし、あのやかましい悪魔が、こいつらみたいな扱いを受けたら……。

 そうと思うと、全身の血が煮えくり返るような激しい怒りが湧き起こってきた。


(今、オレが楽にしてやるからな……)


 オレは静かに詠唱を始める。


 スタンダードMIX。


 MIXの基本中の基本。


 全てのMIXは、これを元として作られている。


 ゆっくりと息を吐き、今までに何千、何万回も口にしてきたその言葉を声に乗せる。


 響け、オレの声。

 この、異世界に。



『あァァァァー! よっしゃいくぞぉォォォォォ!


 タイガァー! ファイヤー! サイッバァー! ファイバー!


 ダイバァー! バイバー! ジィャー! ジャァー!


 ファイボォォォォッ! 


 ワイッパァァァァァァァァァァっ!』



 一瞬の静寂の後。


 空気が揺れ、天が鳴り、大地が軋み、悪魔たちの足が止まる。

 すると、雲の間から炎を纏った巨大な虎が現れ。


 ズシィィィン……。


 敵陣営の真ん中に降り立った。


「な、な、なんだ、これは……! オイっ、悪魔どもっ! 早くこいつを……」


 ドドドドドドドドドッ──!


「なっ──!」


 地中から一斉に伸びてきた巨大なつたが、悪魔たちの頭を寸分もたがわず貫いていく。


「そんな……あ、悪魔どもが……一撃で……ぐぎゃああああああああああ!」


 地中からは巨大蔦が。

 地上からは巨大炎虎が。

 アクデモール王国の兵士たちを炙り、燃やし、貫き、打ち抜き、食いちぎり、縛り上げ、引きちぎり、踏み潰し──蹂躙していく。


「あぁ、主様……なんと美しい光景なのでしょう……! 人間どもの体がまるで花火のように弾けておりますっ!」


「主様……やはり貴方様こそが、この世界を統べる王にふさわしい。改めて、そう確信いたしました」


 うっとりとした顔で見つめる二人に、オレは釘を刺す。


「カラ狐、ダガー。たしかにオレの力は凄い。圧倒的と言ってもいい。オレは自分の思い描いた現象、またはそれ以上の現象を起こすことが出来る。けどな、あいつらは天使の力を利用して悪魔を使役してたんだ。人間の悪意を甘く見るな。この先、どんな相手が待ち受けてるかわからない。気を抜くなよ」


『ハッ!』


 足元にひざまずく二人から戦場に目を戻すと、空に巨大な天使が浮かんでいた。

 目元を黒い目隠しで覆ったが、杖を一振りする。

 すると、杖の軌道から現れた光の粒子が、アクデモール軍ごと炎虎と蔦を包み込んでいった。

 そして──。

 飲み込んだもの全てを──跡形もなく消滅させた。


「マジかよ……! あいつら、味方ごと……!」


「主様、あれが大天使ミオテルスかと」


「あらあら、焦った敵さんが切り札を切ってきたってとこかしらぁん?」


 ボス出現ってわけか。


「ぎゃぁ~はっはぁ~! これぞ我らが守護天使ミオテルス様のお力っ! さぁ、天界第五位階級大天使ミオテルス様! あの不吉な紫髪どもを消し去ってくださぁ……ぶわぁぁぁぁ!」


 ミオテルスを呼び出したのであろう高位の神官っぽい男も、光に巻き込まれ消滅していく。


「あらあら、間抜けだこと」


「自業自得ですわねぇ」


 一瞬で軍の大半を消滅させたミオテルスが、こちらを向いてゆっくりと両手を前に振る。

 すると、その両脇から無数の天使がワラワラと空に湧いてきた。


「あら、一匹でも面倒な天使が、あ~んなにいっぱい」


「くっくっくっ、カプサイシンとビスマルクが、ここに居たら大喜びであっただろうな」


 ふと、オレの頭を一抹の不安がよぎった。

 オレが死ぬことはない。

 それはほぼ確定してる。

 けど。

 こいつらは?

 オレが連れてきたことによって、この二人が死んだらどうする?

 特にカラ狐は自分で「外交向き」だと言っていた。

 きっと戦闘向きではないのだろう。

 なら、今ここで引き返させたほうがいいのでは?

 オレは二人に問いかける。


「お前らじゃ役者不足か?」


「まさか、私の孤術こじゅつは、あと七尾も残っております。ゆえに、あの程度なら相手にもならぬかと」


「あぁ、主様! 私の忠誠を存分に示せそうで千年ぶりにワクワクしておりますわぁ! ふふふ……天使の血……じゅるりっ……!」


 強がっている様子ではなさそう。

 どうやら問題はなさそうかな。

 ったく……それにしても。

 異世界に来たはいいものの、戦う相手が魔王ではなく天使と人間とはね。

 しかも魔物が仲間ときたもんだ。

 けど、やってやるぜ。

 オレの「推し」と「正義」を守るために。


「カラ狐、ダガー。露払いは任せた。だが、決して無理はするな。危なくなったら迷わずに引け」


『ハッ!』


 ああ、そうさ。

 オレの「推し」を守るためなら、悪魔だろうが天使だろうが魔物だろうが人間だろうが、全員正面から叩き潰してやるよ。

 そこにオレの「正義」はある。

 そして、その「正義」を押し通して、オレは現実世界へと帰るんだ。

 そう決意を固めると。

 オレは一歩、前へと踏み出した。

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