第14話 「助けて」って言え!

 村の生き残りはわずかだった。

 けが人も含めて老人が八人と、中年が六人。

 それに若者が四人に、子供が三人。

 その数倍の村人たちが、無抵抗で殺されたらしい。


「なんでそんなことが……」


 急遽村長代理になったという老人から事情を聞く。


「我々は、ずっと従ってきたのじゃよ……。誰が来ようと、どこの支配下に入れと言われようと、一度も逆らうことなく、ただ全てを受け入れてきたのじゃ」


 村の中央広場。

 そこに村人たちが、亡くなった村民の死体を集めている。

 夫を亡くしたらしき女性が、亡骸にすがって泣き崩れている。


「なぜだ? なぜあらがわわない?」


「はぁ……。我々が反抗したところで無意味じゃろう。相手は強力な軍隊を抱えた国家じゃぞ? そんなとこを相手にクワやすきを持ってどうしろと? ……すぐに殺されるのが関の山じゃ。我々農民には、全てを受け入れて行きていくしかないのじゃよ……」


「その結果が──これでも?」


 少し言葉尻に力が入る。


「そう……じゃな。これは我らの選択してきたことの結果じゃ。だが……」


 老人の顔が苦渋くじゅうに歪む。


「我々にどうしろとっ!? どうすればこの惨劇を避けられたというのじゃっ!? 無力なワシらに、一体どうやって軍事国家の侵略を妨げろと……!」


「でも、オレたちが来た」


「……助けていただいたことは感謝いたしますじゃ。あなた方は、さぞ高名な賢者様であらせられるのじゃろう。けれど、今の部隊はおそらく先発隊。すぐに本隊が訪れるはずじゃ。賢者様がたも今のうちにここを離れられた方がよかろう」


 何か言いたそうなカラ狐とマダガスカルを、オレは目で制する。


「なんで軍が来てるってわかるんだ?」


「この先で『人魔の大決戦』が起こるのはご存知で?」


 人魔の大決戦?

 きっとあれだよな?

 オレが「イェッタイガー」で潰したやつ。


「ああ、それが?」


「この兵士たちは、その漁夫の利を狙うアクデモール王国の者なのじゃ」


 足元に転がった兵士たち。

 その鎧には黒い薔薇の紋章が刻みつけられている。


「漁夫の利……つまり、ドサクサでこの村の支配権を奪い取ろうと?」


「いえ、彼らにとってはこの村は、おそらくたまたま進路上にあっただけのもの」


「進路上?」


「うむ、彼らの目的は、おそらく大決戦で弱った『敵国の人間の殲滅』と『魔物の調伏』」


「でも、そのアクデモール王国も人類軍に派兵しているのだろう?」


「ああ、そうじゃな……送っておるよ。ただし──死んでも構わぬ者を。この村を襲った連中が、そう笑って話しておりましたわい。……すまぬが、ちょっと座っても?」


「ああ。『指定席』」


 オレが手をかざすと、老人の後ろに座席が現れた。

 コンサートホールに備え付けてあるような手すり付きの赤い椅子だ。


「おお、これはっ!」


 腰を下ろした老人が大げさにはしゃぐ。


「なんという座りごこちのよさっ! このような……まるでどこぞの王族みたいじゃあ……! あぁ、賢者様は本当にすごい力をお持ちで……!」


「いや、大したことはない」


 リフト。東京テレポート駅。それにVIPエリア。

 これらの呪言で目安はついていた。

 多分、唱える呪文自体はそれほど重要じゃない。

 要は、オレのイメージ力。

 それを発現させるためのトリガーが、この呪言──ヲタ芸用語のようだ。


「で、悪魔の調伏ってのは何なんだ?」


「アクデモール王国は……悪魔を従えておるのですじゃ」


「悪魔を? 人間の国なんだよな?」


「ええ、人間が悪魔を従えておるのじゃよ」


「そんなことが……可能なのか?」


の国は元々土地に根付いていた悪魔信仰と、後から伝わってきた正ミオテルス教が混ざり合っておりましてな。天使ミオテルスの力によって、悪魔どもの調伏が可能となったのですじゃ」


「天使が悪魔を調伏……」


 悪魔ってことは、うちの根源の悪魔ことマンゲエターナルも関係してたりする話なんだろうか。


「そうして悪魔を不朽不滅の労働力として使い始めたアクデモール王国は、みるみる国力を伸ばし──」


「人間と魔物。その両方の敵として、いま動き出したってことか」


「その通りですじゃ。ですので、悪いことは申しませぬ。賢者様方もアクデモールの本隊が来る前に、別の土地へ移りなされ」


「う~ん……この村の人達はどうするんだ? 多分、オレなら避難させることも出来ると思うが?」


 テレポートで魔眼城へと運ぶことも出来る。

 そうなれば、彼らは無事だ。

 もちろん、あの久留里りんちゃん似の子も。

 だが、オレの申し出に老人はふるふると首を横に振った。


「よそへ行ける者は大決戦の前に、もうすでに行っておりますじゃ。ここへ残っておるのは、ここでしか生きられぬ者だけ。せっかく助けていただいて申し訳ないのじゃが、ワシらはここで最後の時を迎えるしかないのじゃよ……」


 その土地でしか生きられない。

 気持ちはわかる。

 オレの両親だって、長年暮らした群馬のしいたけ農園から離れられないだろう。

 もうすぐ死ぬとわかっていても、そこに居ると言うかもしれない。

 でも。

 でもだ。


「それは、子どもたちも了承してる話なのか……?」


「え? ええ……了解しておりますじゃ」


「なら……。ならっ! なぜ、あの子は、さっきオレに『助けて』と言ったんだッ!?」


 ハッ──! とした顔で、老人は黒髪の少女を見つめる。


「そ、それは……あの……リンが、あなたに言ったのですか……? 助けて、と……」


 リン。

 久留里りんちゃんと同じ名前。

 だが、そんなことは今はどうだっていい。


「ああ、言った! 言ったさ! だから助けた!」


「そう……ですか……」


「それを、じいさん! あんたは見捨てて逃げろと!? ほんとにあの子どもたちにもそう言えんのか、あんたは!?」


 子どもたちは、涙ぐみながらも必死に怪我人たちの治療のために駆け回り、声をかけ、励ましている。


「それは……」


「言えよ、じいさん! あの子みたいに助けてくれって! 生きたいって! なに一人で勝手に悟ったみたいなこと言って、子どもたちを道連れに死のうとしてんだよ! 言えっ! 生きたいのか、死にたいのか! 言えよっ!」


「……ッゥ──!」


 老人は俯き、逡巡し、何度か頭を振った後、静かに顔を上げた。


「賢者様……お連れの方々……どうか……」


 ヨロヨロと椅子から立ち上がった老人が、頭を土に擦り付ける。


「我らのために、力をお貸しいただけないでしょうか……!」


 オレはゆっくりと腰をかがめ、老人の肩に手をかける。

 老人のまなこは、しとしとと涙に濡れていた。


「じいさん。よく言ってくれた。あとはオレたちに任せとけ。ただし──」


 オレは威勢よく立ち上がる。

 気分はまるで、推しのアイドルグループの登場SEが鳴った時のように高まっている。


「この村が助かった場合、ここは我らワールドカオスの領地とする! そうなった場合には、じいさん! てめぇは村長をクビだ! 新村長は、ここで最も生きる気力のある人間──あの黒髪の子にする!」


 別に推しだからってわけじゃねぇ。

 ただ、勝手に人生諦めて他人を巻き込んでるような奴がトップに立ってるなんて許せなかっただけだ。

 離れたところで「?」な顔を見せてる黒髪の子。

 あぁ、そこで待っててくれ。

 オレが守るから、キミを。

 ってことでぇ……!

 さぁ、悪魔を使役する畜生王国。

 アクデモール王国の本隊とやらを、いっちょ潰しに行くとしますかぁ!

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