第9話 千年前の主様の正体

 フォン──。


 禁書殿きんしょでんは英国風のおごそかな図書館って感じのとこだった。

 高い天井にめ込まれた窓からはキラキラと陽の光が射し込んでいて、なんだか神々しく感じる。


「まぁ、主様」


 声をかけてきたのはクイーンメデューサのディスティネーション。

 足元まで覆った黒のドレスに、頭から被った黒のベール。

 そのベールの隙間からは小さな蛇がうねうねとうごめいている。

 そんな彼女が片手に本を持ったまま、ツツツと足音も建てずにオレの元へと駆け寄ってきた。


「うむ、ここはディスティネーションの管理階層か?」


 しかしなんだな。

 自分で名付けておいてなんだけど長いな、この名前。


「はい。こちらで司書として貴重な文献などを管理しております」


 落ち着いた雰囲気で頭を下げるディスティネーション。

 お~、いいね~! こういう落ち着いた雰囲気!

 ついさっきまで、オレは躁鬱ホスト、喧嘩っ早いエロお姉さん、ぶりっ子ボクっ娘ドMロリババアに振り回されてたわけで。

 このディスティネーションのしずしずとした大和撫子具合!

 なんと最高なことよ~!

 言うなれば、地獄に咲いた一輪の花!

 見られたら石になるって点と、髪の毛が蛇って点を除けば、十将の中では猫ちゃんの次に推せるかもしれん!

 おっと、それより本題に取り掛からなくちゃだな。

 オレはここに、千年前の主様とやらの文献を探しにきたんだ。


「うむ、ではここに千年前の主様……じゃなくて! ええと……私について記述してあるものはあるか?」


 ぱぁ……!


 ベールの上からでもわかる。

 ディスティネーションの顔が輝いたのが。

 

「はい、こちらに!」


 そう言って部屋の中心にそびえる一番大きな本棚を指す。


「うむ、で、この中のどれなのだ?」


「はい、全部ですっ!」


「ぜ、ぜんぶぅっ!?」


「はいっ! 全部でございます! 総計十一万九千九百八十七冊! それら全てが主様に関するものでございますっ!」


「あ……」


 アホだろ!

 そう言いかけた言葉を飲み込む。


「それで、オレに関する……そうだな、例えば容姿に関するものはどれだ?」


「はい、主様の美しいご容姿に関する書物は二万七千五十四冊。なかでも一番詳細に記してあるのが……」


 レースの手袋を着けた美しい指が、棚から一冊の本をトッ──と取り出す。


「こちらかと」


「うむ」

 

『我々愚鈍な十将の前に初めてお姿を顕現なされた時の主様の素晴らしいお姿完全解剖全書』


 な、なんだこのアホなタイトルは……。

 しかも、日本語?

 なんだか頭がクラクラしてきた。


 ぺらり。


 とりあえずページをめくってみる。

 いきなり図解。

 しかも。


(……は?)


 今のオレと全く同じ姿格好。


 ぺらぺらぺらり。


 うん「MIX」という呪言を操り、魔眼城を作り上げ、千体の当時最強の魔物達を束ね、世界を滅ぼさんとするも突如姿を消してしまった主様「ムラサキ・イエトラ」について事細かに書いてある。


 うん、オレだわこれ。

 わかった。

 わかっちゃった。

 ぴ~んと来た。

 これ、あれだ。


『この先、オレが過去にタイムスリップして、この魔眼城とかを作り上げて、こいつらを従えて、それでなんか知らんけど世界を滅ぼそうとして、その途中でまた別の時間軸に移動するやつ』だ。


 うん、間違いない。

 オレはアニメとかに詳しいんだ。

 ってことは。

 ってことは、だ!


(オレ、それまでは確実に生き残れるってことじゃ~~~~~~~ん!)


 やった~!

 勝ち確定!

 少なくとも過去にタイムスリップするまでは、オレがなにかに巻き込まれて死ぬなんてことはありえないってことだ!

 イェイっ! やったぜ!

 約束された生存フラグ!

 うっひょ~、これで安心して主様ライフ送れるぜぇ~!

 だって過去の主様はオレ本人なんだから!

 嬉しさのあまりニタニタしながら振り向くと。


 カッチィィィ~ン!


 カラ狐とマンゲがカチンコチンの石になっていた。


「……は? ディスティネーション……?」


「はいっ、主様! 主様の読書のお邪魔にならぬよう、うるさいゴミムシ共を石にしておきました!」


「えぇ……?」


 全く悪びれた様子もないディスティネーションは、ベールの上からでもわかるキラキラとした無邪気な笑顔を向けてくる。


「えっとさ……じゃあこれ、解除してあげて? 本、もう読み終わったからさ」


「不可能です!」


「は?」


「お忘れになったのですか? 私一人の力では石化の解除は出来ません。主様のお力でないと」


「オ、オレの……?」


「はいっ! 私の名前の入った呪言を主様が使わねば解除できませんっ!」


「ディスティネーションの入った呪言……?」


 思い当たるのは一個しかない。

 はぁ……仕方ないか。

 いくら面倒でやかましい部下たちとはいえ、このまま石にしておくのも気が引ける。

 ってことで、オレは発動させることにした。


 ──幻キャリMIXを。


「すぅ~……ディスティネーション! スローモーション! コンビネーション! グラジュエーション! インビテーション! テンプテーション! レボリューション! つらがりっ! キャリブレーショォォォォォン!!」


 ピカァとマンゲとカラ狐の体が内から光る。

 と同時に、二人の表面を覆っていた石がパラパラと崩れだした。

 うん、やっぱりこのMIXで正解!

 そう思っていると、ディスティネーションが内股でもだえだした。


「あぁ……! ゴミどもの中から主様の魔力が溢れ出してきます……! んっ……なんという暖かさと悲しみを帯びた魔力……! あっ……んっんん……!」


 あっ……こいつ、あれだな。

 ムッツリさんだな。

 しかも、解除も出来ないくせに勝手に他人を石化する、後先考えないヤバい奴。

 要するに、こいつは──。

 ヤンデレむっつりスケベ娘。


(う~ん、それはもしかして……メンヘラ?)


 頭の中で、ターバン姿のランプの魔人がそう問いかけてくる。

 オレの答えは「たぶんそう」。

 下手に関わったら火傷やけどするタイプのやつだ。

 案の定ディスティネーションは、石化の解けたカラ狐&マンゲとさっそく臨戦態勢になっている。

 しかもさぁ……。

 裾の長いドレスをまくり上げたディスティネーションの足の裏には……。

 みっちりと生えたちっちゃな蛇の群れ!

 その蛇たちの蠕動ぜんどうによって、ディスティネーションはギュルギュルと動いている。

 オエッ、不気味!


「殺してあげるわ、蛇女ッ!」

「ディスティネーション……どうやら痛い目を見ないとわからないみたいですねぇ」

「主様のお耳をけがす汚物どもめが。また石にされたいのか?」


 ドドドドドドドォ!


 ディスティネーションの手足から無数に伸びる大小様々な蛇の群れ。

 それが、禁書殿の床を一面に覆い尽くしていく。

 その様子を見たオレは──。


 スタスタスタ。


 と、古代文字のところに一人で歩いていく。


(あ、うん、もういいや)


 もう、この十将同士でいがみ合うパターンは見飽きた。

 ってことで。


「あぁ、主様! どちらへ!?」

「あぁん! 主様ぁ! 置いて行かないでくださいましぃ!」

「主様……これはとんだお恥ずかしい姿をお目にかけてしまいました。反省として、この二人はきっちりとここで息の根を止めておきます」


 オレにすがるマンゲ&カラ狐と、いまだ殺意の高いディスティネーションをその場に残し──。


「リフト」


 そう呟くと。


 フォン──。


 オレは第八階層、禁書殿を離れた。

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